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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
三章
61/82

14 魔法使いに

あけましておめでとうございます。

遅筆ですが、今年もよろしくお願いします。



「――その後両親の元に戻ったときも、わたしが叱られないように『自分が連れ出したのだ』と、庇ってくれて……出会った時からずっと、ロギア様は優しいのです」


 ペトラは辿々しく、婚約者との初めての会合を語り終えた。

 懐かしい記憶を振り返った高揚からか、精霊に祈るときのポーズで恋した者へ賛辞を送る。


「……色々と思い悩んでいたわたしを、ロギア様が救って下さったのです。言葉をかけ、手を取ってくれたんです」


 リンクスは少し前にペトラから聞いた話を思い出した。迷走した結果、多くの楽器をものにしたという話を。

 ペトラの心をほぐしたのがロギアだったというならば、彼に恋をしたのも不思議ではない。


「恋に落ちるのも必然でした。ロギア様の優しさに触れて、好きにならない人なんていないと思いますっ」

「優しさに落ちた、ってわけか。ペトラちゃんにはいつも紳士だもんね〜」

「ロギア様が、わたしに親切にしてくれた、初めての男の子だったのです」


 リンクスは頬を薄紅に染めるペトラを興味深げに見つめた。


「同じパーティに出たときは、必ずそばにいて守ってくれて、示し合わせて教会で会ったりしました」

「婚約したのって割とすぐ?」

「はい……半年後ぐらいに、モノケロス家からお手紙がきて、とんとん拍子に……ロギア様の、こっ婚約者になりました。その、そもそもエラフィ家がお誕生日会に呼ばれたのは、ロギア様の意向が、強かったと……」


 ペトラの頬がより赤くなった。これが恋する乙女の顔か、と珍しいものを見る子供のように観察する。


(姫様の持ってる本でこういう展開の話あったな〜確かこのパターンって……そっか、ロギアくんの一目惚れってわけだね)


 少し前に読んだロマンス小説の「ヒロインに一目惚れしたヒーロー」と同じ匂いがする。一目惚れをするたちだったとは、ロギアの意外な一面だ。

 直接聞いても絶対に、この件をリンクスには語らないだろう。恥ずかしがって。


「わたしがうまく話せなくても、言いたいことを理解してくれます。お外を歩くのも、ロギア様と一緒なら怖くないのです。出会った時からずっと、素敵な婚約者のまま」

「婚約者にそこまで想われるなんて、ロギアくんってばなかなかやりますな〜」

「はいっロギア様は、すごい方なのです!」


 心底嬉しそうに笑うペトラは、実に愛くるしい。リンクスは照れつつも一生懸命話すペトラの可愛さに、先程からにやにや顔した顔を隠せていないほどだ。


「……ロギア様が居ない世界なんて、今のわたしには、想像することも出来ません。わたしの半分は、ロギア様の為にあるのです」

「熱烈だね」


 ――魔法使いの半分は、全部と同意だ。

 譲渡が物理的に出来ない魔法以外、全てを捧げるという意思表示に他ならない。


「リンさん。一つ、わたしのお願いを聞いて下さいませんか?」

「うん、いいよ。楽しいお話を聞けたしね」

「ありがとうございます……ロギア様の目標の一つは、魔法を得ることなのです。魔法の習得には、『壁を乗り越えること』が必要だと言われてますよね。ロギア様は自身が乗り越えるべき壁は、リンさんであると考えています」

「えぇ〜? 私?」


 確かにロギアはクラブでの対戦時、チーム戦となるとリンクスとは別のチームに立候補することが多い。

 張り合ってくるその理由が、ここにきてようやく分かった。だが――


(選ばれたものにしか魔法は()()()()()()。私との戦いで、関心を得ることぐらいはできるかもしれないけど……それだけじゃ足りない)


 ペトラは生まれつき魔法を持っていたため、世間で囁かれている習得条件しか知らないのだろう。


「わたしはロギア様の願いを叶えたい。だから決勝戦で全力を出して戦う……というのは、わたし達にとっても望むことなのです。どうか明日は、手を抜かずお相手を」


 リンクスとしては、たとえ徒労に終わったとしても、彼らの壁として立ちはだかることはやぶさかではない。


「それで私の案に乗り気だったんだね。いいよいいよ〜前に約束したもんね」

「ありがとうございますっ……わたし、勇気って魔法のようだと思っていて……だからもう、わたしに勇気をくれたロギア様はわたしにとって魔法使いなんです。でも、」


 ペトラは一息ついてから、リンクスに宣戦布告する。


「ロギア様の望みは、本当の魔法使いになること。わたしは彼の望みを叶えたい。だから、全力で貴女に足掻きます」


 リンクスはペトラのその言葉に、笑い出してしまう。

 侮ってなどいない。

 ただただ、喜びが溢れているのだ。


「うん、そのロギアくんがくれた勇気で私に立ち向かうこと、楽しみにしてるね」




 * * *




「ふぅ……流石にもう寝なくてはね」


 明日の予習をしていたシンシアは、開いていた魔術書やノートを閉じてベッドへと向かおうとする。

 そんなシンシアの目の前に、一匹の蝶が飛んでくる。指を差し出せば、蝶は迷いなくその傷一つない美しい指先に止まった。

 魔力で編まれた蝶は、瞬く間にシンシアへのメッセージへと姿を変えていく。


『窓を開けて』


 こんな芸当が出来る存在は彼女ぐらいだろう。

 シンシアは呆れつつも嬉しさを隠しきれない顔で窓へと駆け寄る。開け放ったそこには、想像通りの少女がいた。


「こんばんは、お姫様。私と少し、楽しい夜更かしでもしませんか?」


 ――やはりリンクスだ。

 全身を覆う黒い外套のフードを外し、現れたのは不敵な笑み。


「明日は大事な決勝戦なのに?」

「大事な日の前だからこそだよ〜それに明日は、新聞の件だけじゃなく、私達の活動についても重大な日になるよ」

「……?」

「内緒話は屋根の上とかで、どう?」


 そう言ってリンクスは手を差し出した。

 片目を瞑り愛嬌を含んでいても、その提案は完全に寮の規則に背いているため許されないだろう。


「寒さ……は、貴女なら魔術でどうとでもできるわね。でも、このような時間に外に出るなんて規則違反よ。先生方に見つかったら怒られるわ」


「そこは見つからないように上手くやるから。だから――私を信じて」


 ――本当にずるい。

 いつものヘラヘラした態度が鳴りを顰め、静かに、真摯に見つめてくるリンクスは。

 微笑みを浮かべたシンシアは、その差し出された手のひらにゆっくりと己の手を重ねた。


「えぇ、連れて行って」


 こうして不良娘は、麗しの姫君の許しを得たのだった。






 リンクスは、シンシアを抱えたまま寮の屋根部分まで飛ぶと、悠々と場所のセッティングをし始めた。

 まず、シンシアが風邪をひかぬよう魔術で周囲を温める。リンクスはそこに風よけの魔術を重ねた。

 次に陸屋根になっている部分に敷物を被せ、クッションや紅茶の入ったポットを設置していく。

 転移魔術で次々と現れた防寒グッズたちに、シンシアはくすぐったい気持ちになった。


「ありがとう、リンさん。とても暖かくて……ここまで厚手の上着にしなくてもよかったぐらい」

「魔術だけで暖かく出来るけど、見た目的にもあったかそうな方がいいよ。野営の時もそう」


 敷物の上にブランケットを重ねたそこに、シンシアを座らせたリンクスは満足げだ。


「それで、急にどうしたの?」

「今日ペトラちゃんと話して、思いついたことがあってね。姫様に、明日どんな戦場が選ばれてもやって欲しいことが出来たんだ。その打ち合わせと――姫様への最終確認」


 シンシアは訳が分からず首を傾げる。


「姫様の願いを叶えるには、いつまでもこっそりと行うんじゃダメだと思うんだ。だから魔術対抗戦の場を利用して、姫様の活動を大々的に行えるようにしよう」

「できる限りひっそりと行うこと、貴女も賛成してなかったかしら?」

「私気分屋だから」

「……そうね」


 その一言で片付けてしまえるのがリンクスだ。近頃のリンクスは大人しかったが、振り回され気味だったことを思い出す。

 ここ数ヶ月を回想していたシンシアを、一気に現実に引き戻すような言葉が聞こえた。


「姫様は常に、私に重点を置いて考えてる。自身が表舞台に出て活動しようとはしないよね。そして、姫様は他の人間の目があるとき……ひっそりと呼吸をして気配を潜めてる。常に誰かに遠慮してる。それはどうして?」

「……っ!」


 確信を突かれた。

 逆に返されてしまった問いに唖然とする。


「……いつから気付いていたの?」

「割と最初の方」

「…………」


 シンシアは少しの間口篭ったが、弱々しく話し出した。


「私、人前に立つ自信がないの。お兄様達と比べれば突出したところのない、誇れるところのない人間。王族に生まれながら、王の器ではない者だから」


 成長するにつれ、何も持たない自分が浮き彫りになっていった。その恐怖がシンシアを縛っている。


「……? 姫様の他の人よりすごいところあるじゃん。私を相棒に選んだことだよ」


「……え?」


「姫様みたいな立場の人間で、私をたった一人の相棒として選んだ人は、姫様が初めてだもん」


 笑顔で話すリンクスの顔に、嘘はないように見える。


「姫様はさ、自分たちの果たすべき義務を自覚してもらいつつ、この国の人に幸せな結婚をして欲しい。政略結婚でありながら仲睦まじく……そんな道があるはずだっていう理想を掲げている。そしてその理想を遂行しようとしてる」


 いきなりシンシアの理想を語り始めたリンクスに、シンシアは訳がわからず首を傾げた。

 いつも考えの分かりやすいリンクスが何を言いたいのか……今は全く理解できない。


「姫様は、他人の幸せを願える人だ。一等優しい心を持ってる。それって充分王の器だと思うよ」


「……そんな、こと……当たり前では? ……王族なら当然のことよ」


「当たり前じゃないんだよ。家族や友人ならまだしも、見知らぬ誰かの幸せまで願えて、行動にまで移せることは、とっても難しいことなの」


 リンクスは柔らかく微笑み、優しく語りかける。

 

「他にも良いところあるよ。授業のテンポに遅れてる子がいたら助言したり、私の試験勉強もほぼ付きっきりで見てくれた。寮でも困ってる人にさりげなく手を差し伸べてる。みんなも絶対思ってるよ――シンシアは、我が国自慢のお姫様だって」


 リンクスの言葉で涙腺が決壊したように、涙が流れ出る。シンシアは心の中にずっとあった不安を口に出した。


「わたくし、……ちゃんと心からこの理想を望めてる? 自分のために事を成そうとしていない?」


 自分が生まれた価値を求め続けている。承認欲求が、シンシアの中に有り続ける以上、疑ってしまうのだ。

 ――本当に自分は、民の幸せを願っているのか。


「大丈夫。姫様が心から望んでるって、私は知ってる。だから、大丈夫だよ」


「本当に、ずるい人ね。でも――貴女の言葉なら、信じられるわ」


 役に立ちたいと思っても、シンシアに求められるのはただそこに在ることなのだと。

 リンクスは、そう諦観していたシンシアの前に現れた「光」そのものなのだ。


 叔母であるクロエが見つけてきた、物語の登場人物みたいな経歴の少女。

 入学前にクロエから少しだけ話を聞いたシンシアは、少女の姿をさりげなく探したが、会うことは叶わなかった。そして学園で――


(貴女を見つけた瞬間に思ったの。暗闇を照らす一番星みたいだと)


 リンクスといるとなんでも出来るような気がしてしまう。勇気が湧いてくる。

 魔法そのもののような少女に、願う。


「貴女が隣に居てくれれば、暗闇も怖くないって思えたの。リン・メルクーリ様――私の魔法使いになってくださいませ」


「その願い、リン・メルクーリの名に誓って叶えましょう」


 リンクスは、シンシアの手を取って指先に口付けた。







「――では! 姫様も表舞台に立つ時が来た、というわけで〜姫様には恋愛相談所を設立してもらいます!」


「………………え?」


 静謐な雰囲気に包まれた空間が、一気に霧散した。吹き飛ばされてしまった。


「姫様の計画の全容は隠してさ、王女の慈善事業として、学園で生徒達の恋愛相談を行うの。発表は表彰台でしよう。ふっふっふ、みんな驚くだろうな〜」

「……恋愛相談所、なんてどこからそんな発想を」

「昼間に恋バナしてね。ちょっと誰かに話聞いてもらいたいなって人、多いんじゃないかって思ったの」

「恋、ばな……」

「姫様にも利点はあるよ。前回のヴィオレット先輩みたいなヤバめな案件の解決もしていくけど、比較的解決が容易な案件なら、姫様にこそこそ調べてターゲットを見つけてもらうより、あっちから来てもらった方が楽で早いじゃん?」

「……たしかに、そうかもだけど」


 切り替えが早すぎてついていけないシンシアに、リンクスは畳み掛ける。


「例えば婚約者と上手くいってない、そんな話おいそれと他家の人間には出来ない。でも姫様なら信頼ある王家の人間だ、弱点を悪用はされないだろうと判断する……って思うわけ。王女の提案なら安心だし需要あると思う」


 リンクスの案に不安はあるが、納得するところもある。


「需要あるかしら? とりあえずリンさんの考えは分かったわ。それで、貴女も相談役をするの?」

「私は護衛兼助手だよ。相談は人目のない場所で行うもの、護衛は必要でしょ。姫様とは別の視点での助言ぐらいはするけど」

「えぇ、そうね。では貴女を私の助手として任命します」

「明日もそんな感じでよろしく。もし非難の声が上がっても、暴動が起きても、観衆に見せつけて。姫様の隣に私を選ぶところを」

「……っ! えぇ!」


 シンシアはこくこくと何度も頷く。恥ずかしい台詞を躊躇なく言えるところもずるい、とシンシアは思った。

 そして、リンクスは改めて宣言をする。


「姫様と私の一石二鳥作戦、第二章の開幕だよ!」

「作戦名また変わってますし! 先週は仲人作戦で、先月は恋はハプニング大作戦だったでしょ!」

「よく覚えてるね〜」


 感心感心、と呑気に褒める。のほほんとした空気が二人を包む。

 そしてまたそこに、爆弾を落とすのがリンクスである。


「そうそう、もう一つの話。ロギアくん達との決戦、私一人の力で勝つよりも、姫様と力を合わせて勝ったがいいかなって思ったんだ」




「だから姫様――私を呪って」


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