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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
三章
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13 薫風


 試合も終わり、現地解散となった後。リンクスは一人、屋上のある校舎に向かった。

 ここの屋上は建物の配置の影響か、緩やかな風と心地よい日当たりに包まれる日向ぼっこに最適の場所なのだ。試合の熱を冷ますため訪れたそこには、先客が居た。


「ペトラちゃ〜ん何してるの〜?」

「……っ!」


 後ろから抱きつかれたペトラは、ギリギリで悲鳴を堪える。

 ペトラは獣人の特性からか気配に敏感な方であるが、いまいちリンクスの気配は把握しづらく毎度驚かされていた。


「えっと……風を、感じていました」

「あぁ分かるよ。今日の風はこの時期の割に暖かくて魔素が濃いから、ペトラちゃんみたいな獣人さんにはいい日和だね」


 この世全ての物に、魔素は含まれている。

 ペトラのような獣人はただの人間よりも五感が敏感な為、魔素を感じる力も強い。

 風属性が主属性であるペトラは、特に風の魔素を感じ取れるのだろう。

 言葉少なくとも理解されたことが嬉しいのか、その短な尻尾がゆらゆらと左右に動いてしまっている。あいも変わらず愛らしい。


「そうだペトラちゃん。私と恋バナ、しない?」


 急な角度から爆弾が落とされた。その突拍子もない提案に、ペトラはあたふたとする。


「こっ、恋バナですかっ!? ……リンさんは、その……したことがあるのですか?」

「勿論あるよ〜」

「わぁ……!」


 恋バナ未経験者がここにも居た。

 シンシアと同じくペトラも真に友人と呼べる存在が居なかった為、ある意味心をさらけだすこの行為は出来なかったのだろう。

 ペトラは瞳を輝かせながらも、恐れ慄くような声を発した。


「わっ、わたし、したことないです……! リンさんは、ご経験があるのですか!?」


 まるでイケナイことかのように話すが、もちろんただの恋バナである。

 リンクスは内緒話をするように耳元へ囁く。


「姫様と何回か、ね」

「ふわぁぁ……!」


 もう一度言う。ただの恋バナである。

 リンクスは「ではさっそく〜」と言って、ペトラの背後から前面へと回り、無邪気に尋ねた。


「姫様が言ってたから合ってるとは思うけど……ペトラちゃんって、恋愛的な意味でロギアくんが好きなんだよね?」

「……っっ!?」

「そもそも、なんでロギアくんを好きになったの? 姫様がね、『二人の婚約は表向きお互いの家の利害の一致で成立した政略結婚だけど、本当は当人の意向が反映された婚約なのよ』……って言ってるんだけど、本当?」

「……っっ!!!」


 あまりの衝撃にペトラがむせ込み、元凶であるリンクスが優しくその背を摩る。

 ペトラは正常な呼吸を取り戻した頃、顔を苺のように赤くしながらリンクスに尋ねた。


「なっなな、なぜっ王女殿下が、それを知って……!?」


 まだ落ち着けていなかったようだ。うまく言葉が出ない様子である。

 リンクスの突飛な発言はいつものことだが、今までで一番の動揺を誘ったことは間違いない。


「姫様は恋愛マスターだから。見ただけで分かっちゃうんだって」

「そう、なのです……?」


 でまかせである。そして自国の王女の特技? を暴露され、反応に困るペトラ。


「お、王女殿下の推測通り。私達の婚約は、本人達の意思で締結したもの、と言えます」

「ほぉ……それでそれで〜馴・れ・初・め、は?」


 シンシアのこの分野に対する情報収集と考察は的確である。リンクスは此処には居ない少女へと称賛を送りつつ、ペトラに続きを促した。


「こっ恋バナ、ですし、そこは話すべきですよね。では、わたし達が出会った時の話を――」


 ペトラは自身の過去を語り始めた。

 愛しい彼との最初の思い出を。




 * * *




 初夏の季節。社交界もまだまだ賑わいを見せている頃のこと。

 二人の出会いは、とある伯爵家で開かれた子息の誕生日会であった。

 嫡男となるであろう子息の顔見せも兼ねたその会は、日頃から親交のある家だけでなく、同世代の子供を持つ家も招待され華々しく開かれていた。

 ペトラの家もその一つだ。だが、招待された本人は微塵も嬉しそうにはしていなかった。

 幼いペトラは、今よりも引っ込み思案で自分の殻に閉じこもりがちな少女だったのだ。

 そして自身の魔法を持つ優位性よりも、容姿の特異性を気にする普通の少女だった。


(せめて、お外でのパーティーだったら良かったのに……)


 アルカディア王国の貴族の間では、室内で帽子を被れるのは魔術士のみという決まりがあった。

 ペトラはまだ幼い為、正式な魔術士とは認められていない。たとえ生来の魔法が備わっていたとしてもだ。


(もう帰りたい)


 外出時は耳を隠せる帽子と、尻尾穴が開いてないドレスで獣人の特徴を隠していたペトラには苦行の時間だった。

 幼いペトラには、普通ではない自分の姿を他人に見られることが、最大の苦痛だったからだ。

 到着早々雲隠れし、嫌々ついてきた会場の隅で両親が挨拶をするのを待つ間……さらなる試練がペトラを襲う。


「あっ、あいつおかしいぜ! 頭の上に獣の耳が生えてる!」

「ほんとだっ!」

「……っ!」


 ペトラは、周りとは違うその容姿から度々貴族の集まりで虐められていた。主にペトラの家よりも権力を持つ家の子供達に。

 彼らの言葉や行動には、特に意味があった訳ではないかもしれない。

 考えなしに見たままを告げただけ。そこに珍しいものがあったから構っただけ。一番気弱そうだから選んだだけ。

 だが、相手の気持ちを考えないその無邪気な幼さは凶器だった。凶器を振り回した先に偶然居あわせた人間には、たまったものではない。


「人間じゃなくて鹿から生まれたんじゃないか?」


 自身を取り囲んで笑い声を上げる子供達に、ペトラは下を向くことしか出来なかった。

 ドレスをぎゅっと握りしめ、涙がこぼれ落ちないように必死に耐える。

 獣人を理解していない子供だからこその言葉の数々に、少女は蝕まれていた。

 

(こんな耳もしっぽも要らないっ……みんなと一緒がいい!)


 耳を手で覆い強く押さえつけて、極力周囲の音を遮断する。反論する勇気のないペトラには、それしか出来なかった。

 ――するとそこへ、一人の少年が現れた。


「おいっお前達、何をやっている! 囲んで令嬢をしいたげるなど紳士にあるまじき行いだ! 恥を知れ!!」


 勇ましい説教がペトラを取り囲んでいる少年達の後ろから聞こえた。よく通る幼い声だ。

 隙間から覗いてみると、身なりの良い白金の髪を持つ少年が腕を組んで仁王立ちしている。


「「っ! ご、ごめんなさーい!」」


 彼らはその少年が誰なのか瞬時に理解したのだろう。子悪党のような台詞とともに一目散に逃げ出した。

 ペトラも少し遅れて少年の正体に気づく。


(ロギア・モノケロス様……)


 特徴的な白金の髪と赤色の瞳を持つ、名門伯爵家の跡取り息子。この会の主役である子供。

 会場の中心にいたはずの人物の登場と、呆気ない責苦の終わりに、未だ耳を塞いだまま固まっているペトラへロギアが話しかける。


「大丈夫か?」

「…………?」

「大丈夫かと聞いているんだが? 口がきけないわけじゃないだろう――ペトラ・エラフィ嬢」


 声変わり前の幼子にチグハグな威風堂々とした態度。ある意味上位貴族らしさに溢れている。

 ペトラには絶対に持ち合わせていない強さがあった。


「…………」


 何も、言えなかった。

 ――なんでわたしを知ってるの?

 ――どうして助けたの?

 疑問が脳裏を埋めるのに、ペトラの口は装飾のようになって喋れなくなってしまった。


「口もきけないほど具合が悪くなったのか? 休憩室……いや、庭園で風に当たる方がいいか?」

「……も、もうしわけ、ありませんっ、おっお気遣いありがとうございます! ……あの、なんで、わたしのこと……ご存知なのですか?」

「その特徴的な容姿を見れば一目瞭然だろう。同年代の獣人はロティオン・ループス侯爵子息とペトラ・エラフィ子爵令嬢の二名だ。分からないわけがない」


 たしかに少年の言う通りではある。

 少年はまだ腹の虫が治らないのか、ムスッとした顔で嘆いた。


「まったく……あの者達の親は子息にどんな教育をしているのだ。魔術の国である我が国で、獣人を知らないなどけしからん」


 どうやら少年は、獣人の価値を分からない愚鈍さを嘆いているようだった。目の前の人物は幼いながらも獣人への理解があるらしい、とペトラは悟る。


「……っ」


 それが逆に、ペトラの警戒心を駆り立てた。

 獣人の特殊性と優れた魔術士の素養は、高い利用価値がある。ましてや遺伝魔法持ち。

 この少年も、ペトラを懐柔し利用する為に助けたのではないか、と疑念が生まれたのだ。


「……なんで、わたしを……助けてくれたの、ですか?」

「貴族ならば弱い者を助けるのが務めだ。下位の貴族が理不尽に晒されているのを守ることは、上位貴族として当然のこと」


 さも当然のように腕を組み胸を張って答えた。

 その言葉に嘘はないのだろう。まっすぐな受け答えをする姿は、ペトラには少し眩しく感じる。


「変な人……わたしみたいな、人間もどきに」


 貴族なんて冷たい人ばかりだ。表面でいくら紳士淑女の皮を被っても、狡猾で野蛮で邪悪な恐ろしい存在だと、ペトラは常々思っている。

 だが、彼にはあまり恐怖を感じない。好ましい匂いがするからだろうか。


「なぜそのような言い方を……っまさか! 誰かに言われたことが!? 誰だそんな発言をしたものは!」


 少年の沸点は大分低いようだ。ぼそっと溢したペトラの声を拾うと、問い詰める為か急に顔を近づけてきた。

 ペトラは大きく仰け反り距離をあけるが、すぐさま距離を縮めてきた。当のロギアは怒りで体勢に気付いていないが。

 

「さっきのやつらか!? 本当に大丈夫なのか? なにかされてないか?」

「ほっ、ほんとうに、大丈夫ですっ。きょ今日は、なにも「今日は!?」」


 ロギアが急に声を張り上げる。


「いつ、どこで、何があったんだ……!」

「えっ、だだ大丈夫です! ちょっと不気味だとか、耳が変だ、とか言われただけ、ですっ。私、慣れてるので平気です。自分でもそう思うのでっ」

「……っ! そんな暴言を吐かれて納得するな! 今すぐ見つけ出して抗議してくる!」


 そんなことをされたら目立ってしまうではないか、とペトラは慄く。


「ひぃぃ……本当に大丈夫ですぅ」


 ペトラは咄嗟に目の前の人物の腕を掴み弱々しく抗議した。

 その暴走を止めようとする必死な姿を、ロギアは思案げに見つめる。やがて、気まずさや照れを全面に出しながら話し始めた。


「貴女は不気味ではないし、変でもない。……その、だな……私は少し前に、エラフィ嬢を見かけたことがある」

「……?」


 唐突な過去語りにペトラは首を傾げる中、ロギアはなおも訥々と喋る。


「王都の、精霊教会の中庭で、ヴァイオリンを弾いていただろう」

「……それが、何か?」


 たしかに、精霊教会でついこの間も演奏をした。

 エラフィ家は皆敬虔深い精霊信徒で、定期的に供物を捧げている。精霊への供物は多岐にわたり、音楽も奉納の一つ。特段珍しいことではない。


「教養として私も嗜んでいたのだが、貴女ほどの域までは到達出来そうにもないと思わされる良い演奏だった。どこか悲しげにも聞こえる優しい音に惹きつけられた。教会の精霊樹の下で奏でるエラフィ嬢の神秘的な姿が、今も脳裏に焼きついている」

「……っ」


 近頃習得し始めた楽器とは違い、ヴァイオリンは数年前から好んで弾いていたものだ。

 ペトラは、唯一と言ってもいい自身の長所をいきなり褒められ静止してしまう。


「純粋に話してみたいと思った。あんなにも美しい音色を奏でる人と」


 彼にとって、ペトラが獣人であるかどうかは関係ない、と言われた気がした。

 ペトラは心臓をギュッと掴まれたような感覚に陥る。もぞもぞと落ち着かない気分になった。

 どうにか口を動かし礼を言う。


「あり、ありが……とう、ございます。ヴァイオリンのことも、助けてくれたことも」

「礼には及ばない……そろそろ会場に戻るぞ。エラフィ子爵達は今頃、大事な娘の姿が見えずに心配しているだろうからな」

「……はいっ」


 ペトラは、頬を赤くしそっぽを向いてしまったロギアを見つめる。

 ――何故だか、心がぽかぽかしてきた。


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