2 早速接触したんだが!?
やっとお姫様が出てきました。
今更だが、今回の任務におけるリンクスの設定を説明しよう。
真実のような嘘をつくときは、その嘘に少しの真実を混ぜることが鉄則だ。
――少女の名前はリン・メルクーリ。
魔術師団の第四師団の隊員で、学園長にスカウトされ入学することになった平民の少女だ。魔法属性の中でも希少属性とされる光の属性を持っている。
少女は戦争の影響で無くなってしまった村の娘で、天涯孤独の身になってしまったところを第四師団に拾われたという設定だ。
実際に第四師団では、災害孤児に対し魔術の素質がありそうなら師団への道を示し、無ければ王立の孤児院に住まわせたり王都での職を斡旋している。
幼い子や新しい身分が必要な子には拾った団員が名を付けてやる決まりがあるので、名字であれ名前であれ自分の名前から一部を取ったり、もじったりして名付けることが多い。
そんな事情もあり、彼女の名前は隊長自身が拾ったか、あるいは光属性であることから名付けられたものだろうと推察するだろう。
全然違う名前だと、リンクスが咄嗟に反応できない可能性があるのでこの名前になった。
これが、嘘を吐くのが得意ではないリンクスの精一杯の設定だ。
身バレ防止に髪のメッシュも染め直し、制服も周りの貴族のように改造して装飾を足すようなことはなく私服だって平民の少女がよく身につけるような物を選んだ徹底ぶり。
見た目は完璧に一般市民に偽装しているというのに、なぜ王女は声を掛けてきたのか。
(私の何処にわざわざ声を掛ける要素があるの!?)
「そんなに緊張しないで。貴女が気になって声を掛けただけよ。名前を聞いていいかしら」
「リンと申します……」
リンクスの警戒する素振りを緊張していると受け取ったのか、シンシアは気遣う様に優しく返答してきた。
「私はシンシアよ。貴女、講堂に最後に入ってきたでしょ? しかも、着席してからも一人だけ眠そうにしていたから私の位置からはとても目立っていたわ。だから気になってしまったの」
どうやら正体はバレていないようだ。そもそも<華燭>は表に顔を出さないことで有名なのだから、一目でわかるわけがない。
「……ごめんなさい。前泊しなかったので、街が気になって見て回っていたんです。それで学園の施設に夢中になっていたら少し遅れてしまいまして。決してわざとではないです……」
「あら、事前に学園に入る人がほとんどだと聞いていたのだけど。私も昨日まで忙しくて朝から来たのよ、貴女と一緒ね? これも何かの縁だわ、共に教室のある練まで行きましょう?」
「は、はい……」
リンクスは、今までにないほどか細い声で発言する。
そんな彼女の様子に気付いているのかいないのか。シンシアは、リンクスに対し饒舌に話しかけていて、とても目立っている。
王女の隣にいるあの女は誰だと言いたげな顔がいくつも見えた。
何故か共に歩いているがこの状況はあまりよくない。彼女に着いて歩くような役割なら、最初からリンクス・アーストロとして入学した方がやりやすいのだから。
まだ教室へ向かっていなかった者達が、リンクス達を凝視している。こんな予定ではなかった。
この状況に耐えきれなくなる前に教室へと着いてくれ、と祈るリンクスは無駄に長い廊下を気持ち早く進む。教室に入ったら更なる注目を浴びることを想像し、胃が痛くなった。
「貴女はどこのクラスに?」
「イアト先生、という方のクラスでした」
「あら、そこも一緒ね。すごい偶然だわ」
もちろん偶然ではない。
ようやく教室へとたどり着くと、やはり一斉にこちらへ視線が向けられた。
教室も中々広く綺麗だ。好きな座席に座れるらしく、二人して周りには会釈のみで済ませて空いていた席に着く。
(……あ、普通に王女の隣座っちゃった! どうしよ!)
さりげなく違う席に座れば良かったと後悔するが、どうしようもできない。
こういう時どうすべきか分からないリンクスは、諜報活動が得意な友人や社交的な友人を思い出し、脳内で彼らに助けを求めだす。
リンクスはシンシアのような生粋の箱入りお嬢様タイプと話すのが得意ではないのだ。結局諦めて相槌を打つことに集中した。
教室に喧騒が戻ってきた頃、シンシアが扇子を顔に寄せながらこっそりとリンクスに尋ねてくる。
「ねぇリンさん、貴女はこのクラスにお知り合いはいるかしら?」
「いえ……誰も」
嘘は言っていない。リンクスは、興味のない人間はあやふやに覚えているので会っていたとしても顔や名前が一致せず分からないので。
シンシアは扇子で目元だけを見せながらリンクスに怪しげな助言をする。
「そう、それなら先生が来て自己紹介の時間になると思うけどしっかり聞いておいた方がいいわ……貴女のこれからの為にもね」
(それはどういう意味ですか? なんて聞けないっ)
何故かリンクスはこれ以上聞かない方が身のためな気がすると思った。魔法士の勘というのは侮れないものだ。
それからすぐ、クラスの担任である教師が入室してきた。
「……みんな席についてるな。席に着いていなかったら誰かを見せしめにしようと思っていたのに残念だ。早速自己紹介の時間とする」
(((見せしめってなんだよ……)))
生徒たちの心の中は一致したことだろう。
この学校では基礎科目以外は自分で自由に授業を決められる単位制になっている。そのため基本的にクラスメイトも担任も変わらない。
ヤバいタイプの教師に当たってしまったことを悟った生徒達は、自分の運の無さを呪った。
「私は、イアト・セルペンス。三年間お前達の担任になる。担当科目は実践魔術だから私の授業を本格的に受けるのは来年からだ。楽しみだな……フッ」
「ひぃっ!!」
怖い物語に出てくる悪役のような微かな笑みに、どこからか悲鳴が上がった。
この教師は、顔は良いのにヤバめの香りがするのが残念なところだ。しかし、セルペンス家なんて四大侯爵家の一つ……実力もあるのだろう。
(王女の担任は普通の貴族には荷が重かったのかな……)
なるべくしてなったのだろう采配に文句は言えない。
「名前と属性、あとは……趣味とか特技? なんでもいいから始めろ」
リンクスが教師について想像をしていると、自己紹介の時間が始まってしまったらしい。一人づつ前に出て話し始めた。
(王女の助言通りしっかり聞いておくか。めんどいけど)
リンクスは基本的に人の名前と顔を覚えるのが苦手だった。興味のないものに対し頭の容量を割くのが好きではないからだ。
そのため、八法士が強制参加の式典も粗相をする前に貴族の相手は他のみんなに任せ、同じく華やかな場にいたくなかった友人と抜け出していた。
(隣の女の子は同じく平民枠の子っぽいな……あとで話しかけてみよう)
シンシアとは反対側に座っていた少女が自己紹介を終えこちらに戻ってくる。
もう来てしまった自分の順番に、リンクスは顔には出していないがげんなりしながら立ち上がった。何を言おうか全く考えていなかったからだ。
前の生徒達の反応から察するに、やはり貴族の多いこの学園では平民の生徒は不利だろう。貴族の生徒と平民の生徒だと自己紹介後の反応が露骨に違った。
どちらにも反応を示していない者もいるが、彼は恐らく上位貴族だろう。平民側の味方とは言えない。
それも仕方ないところではある。一般的に尊い血筋の方が魔術士としての力が強いとされているからだ。
イアトの側に立ち、教室の生徒達に顔を向けた。
「リン・メルクーリです。魔術属性は光で、……光の魔術は得意だと思います。よろしくお願いします」
実に雑過ぎる自己紹介ではあったが、それを忘れさせるリンクスの発言内容に教室が少しどよめく。――珍しい光の魔術属性持ちが入学していたからだ。
全く居ないわけではないが、希少属性である光や闇を平民が持っているというのは羨望の対象になるほど稀なこと。
そもそも魔術属性とは、その人間に一番適応している属性を特殊な魔道具にて八つの型に分類して可視化したものだ。
人間は基本的に一つの属性に大きく適性が出る。が、それ以外に適性がないわけではない。
例えば、水属性型の魔術士であっても火属性や氷属性の魔術は問題なく使える。ただ扱いやすさは自身の属性魔術の方が飛び抜けて良いので、基本的に自分の魔術属性を伸ばすのだ。
だが、光属性魔術の代名詞とも呼べる治癒魔術は、他の魔術とは違い適性が少しある程度では扱えない。
光属性型に分類された高適性者しか治癒魔術は発動させられないことで、希少価値は八属性随一である。
「ほぅ……補助系は既に? 治癒系は?」
「補助系統は一通り学びました。治癒も少々」
「あぁ、思い出した。お前が今年の学園長スカウト枠の生徒か……また面白いのに目をつけて引き入れたな、あの人」
「えっ、今年のスカウト枠は平民だったんですか?」
イアトの発言を聞いて、いかにも貴族という感じの男が思わず呟いた。
「あぁ、そうだ。俺も詳しくは知らん。さっさと次に行くぞ」
長引きそうな気配を察した教師が軌道修正を図ったおかげで、無事席に戻れた。
まだいくつか視線が向けられているのを感じるが、すぐに関心は移りやり過ごせるだろう。
何故なら次の自己紹介は――この国の姫君の番だからだ。
「シンシア・アルカディアと申します。魔術属性は地、趣味はリラの演奏です。これからよろしくお願いしますね」
最低限の簡潔な自己紹介ではあったが、最後の微笑は絶妙で一瞬で空気を塗り替えた。
(陛下が家臣に偶にやるやつだ。最後の微笑みで騙されてホイホイ返事しちゃったりするんだよね〜)
男女問わずほとんどの生徒を、笑顔一つで魅了したところに王の面影を見たリンクスは感心する。
リンクスは一度も引っかかったことはないが、ラーヴァ辺りはよく引っかかっていた伝家の宝刀に、場の雰囲気は完全に持っていかれたのだった。