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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
三章
59/82

12 天才の上


 城門の手前で起動した魔道具は、閃光を放ちアルゴ達の視界を塞ぐ。

 そして大量の魔力の気配を漂わせた……と思えば、生徒数十名が一斉に現れた。二つの魔道具の起動が、相手の動揺を誘う。


「転移魔術が搭載された魔道具なんて、魔道具の中でも最高級品ではないですか! 王都に一軒家が買えるレベルで取引される上、消耗が激しくて三回使えば確実に壊れると云われる品を用意するなんて……!」

「あぁ、申請も難しくてね。これを通す代わりに他の魔道具はほとんど使用出来なくなってしまったぐらいさ。使い道が出来て本当に良かったよ」


 魔術を起動し、あとは撃ち込むだけの状態になっているエアは丁寧にアルゴに説明した。慈悲深く、最後の情けと言うように。


「とりあえずその門、開かせてもらうね」


 エアの合図で一斉に扉へ魔術を叩き込んだ。

 炎、水、風……様々な魔術が混ざり合い爆発する。複合魔術のように綺麗に混ざり合った強力な攻撃は、立っていられないほどの爆風と魔力の残滓を撒き散らす。

 襲撃の結果を確認する為、扉付近の煙を風の魔術で取っ払うと、見事に穴の空いた扉が現れたのだった。


『……開くと言うより、穴を開けるでは?』


 どうやら声を届けるこの魔道具は機能を停止していなかったらしい。混沌とする場に、アルゴの呆気に取られた声が届く。

 エアは動揺する相手クラスへ向けて高らかに宣戦布告をする。


「そうとも言うね。――では、ここからは単なる力比べといこうじゃないか」

『ですが……その単なる力比べの方が、貴殿には不利ではないですか?』


 アルゴの尋ねる声が聞こえた瞬間。一人の魔術士が雷と共に落ちてきた。

 躱しきれなかった数名が膝をつき、その強烈な衝撃に必死に耐える。

 だが、その弱った姿を前に攻撃の手を緩めるほど敵は優しくはない。


「紫電一閃」


 紫の粒子を纏った雷光は鋭く、瞬きのような早さで間合いの中に居た者たちを貫いた。

 短縮詠唱による迅速な追撃は、速度も威力も充分。

 さらなる雷の追撃が流され、一人また一人と結界の耐久値が大幅に減らされ脱落していく。対複数戦での雷魔術の恐ろしさを否が応でも実感させられた。

 そのまま三回目の攻撃へと転じようとするノエの前に、水の壁が突如出現し追撃を止めた。


「やっとお出ましかな。ノエ・キーオン」

「……お久しぶりです。エア・アプスーさん」


 オリエンテーションで組んでいた二人だが、実際のところ関わりはほぼない。学園で初めて会い、一度ペアを組んだだけの他人である。

 前の魔術対抗戦は、リンクス達のようにペアを申請して組んだ者もいれば、希望がなく合同でくじ引きをして決めた者達もいるからだ。

 彼らはそんな寄せ集めのペアの一組だった。それでも、お互いの実力はおおよそ把握している。

 一対一の純粋な魔術勝負であれば……ノエの方に軍牌が挙がる、と。

 だがエアの側には、ノエ・キーオンに対抗しうる魔術士が居る。


「――凍てつけ」


 大きな輪の形になって現れた氷がノエを囲む。キラキラと輝く氷の輪は、その内側に囚われた彼を蝕もうと距離を詰めた。

 自身を襲う氷の魔術に炎の魔術を当て解かそうとするノエを、お見通しとばかりに水の魔術が妨害する。エアによる援護は絶妙なタイミングだった。

 そうしてノエを抑えこみ、他の生徒達を城門へと急がせる。

 あちらの魔道具が使用できない今、有利なのはこちら側だ。


「ノエ殿、魔道具の復旧まで数分は掛かります。それまでお願いできますか?」

「はい」


 ノエはアルゴからの要請に短く返事をし肘から指先ほどの長さの杖を構えた。杖の先は真っ直ぐスピサに向いている。

 スピサも自身の白く美しい杖を再度握りしめて相手へと向けた。

 目が合った数秒の後、戦況を動かさんと魔術を撃ち合う。


「我が雷よ――須く、飛雷せよ」

「氷剣よ――舞え」


 飛び散るように落ち続ける雷を、スピサの周りに浮遊する氷の剣が自動で打ち払い続ける。スピサはそれだけでなく、氷の剣のうち一本を自分の手の中に収め、自身へと向かってくる雷を斬った。

 当然のように短縮詠唱を用いて戦う二人。その光景は、いつかの練習試合で見た高速戦闘のようなスピード感だ。

 一定の距離を取りつつ攻撃をするノエと、攻撃をいなしながら追いかけるスピサ……と、それを見つめるエア。


「このレベルの戦闘だと少し足手まといかな。僕の戦闘スタイルだと、中長距離型のノエくんとは相性悪いんだよね……得意な魔術系統も大体封じられるし」


 少し離れた位置で傍観の姿勢をとったエアは、ひとりごちた。


「まぁ僕の役割は、()()()が間に合うまでの時間稼ぎ。二人に除け者にされてしまっても拗ねずにいこう」



 * * *



「雷鳴、轟け」

「氷塊」


 スピサ達の戦闘はとどまるところを知らず。

 捌き切れなかった雷を氷剣で叩き落としているせいか、粉々になった氷が拡散されて吹雪の中にいるかのように視界が悪くなりつつあった。

 力は均衡しているが、少しでも気を抜けば氷像となるだろう。相手に背を向けないよう、視線を外さないようにし、時折攻撃を仕掛けてくるエアへの警戒も緩めない。


(胸騒ぎがする。何か大事なことを忘れている?)


 違和感の正体はなにか。ノエは風の魔術で視界を確保しながら考える。

 だが、突然鼓膜を揺るがすような大きな音が鳴ったことで意識が持っていかれた。

 周りの騒音の種類が変わる。戦闘音から悲鳴が主に。

 もくもくと煙が立ち昇っている為、ここからでは様子が分からない。

 考えられる原因は――


『ノエ殿、全魔道具の再起動完了しました。一旦前線から離れて下さい』

「……了解です」


 魔道具が修復したようだ。指示通りに行動しようとするノエの前に影が落ちる。

 いきなり前方に出現した水の塊に嫌な予感を感じ、ノエは大きく後方へと回避する。

 魔術士の直感はやはり侮れない。

 水はノエが回避してすぐに増幅し、人を飲み込むほどの大きさになっていた。横をすり抜けようとしていたら、間違いなく囚われていただろう。


「簡単に行かせるとでも?」

「くっ!」


 硬直状態となった場。

 ――そこに響く、女の声。


「私のこと、忘れてなぁい?」


 転移時に一人だけ確認できなかった者の声。要注意人物。

 予想外の奇策に翻弄されているうちに、リンクスの存在を意識の外に追いやってしまっていたようだ。

 彼らがリンクスを認識した時には既に、ノエの懐へと飛び込んでいた。


『リン・メルクーリ……!!』


 リンクスは、流行小説の面だけで注目を浴びていたわけではない。彼女の実力はどれほどか。この点にも高い関心が寄せられていた。

 魔術師団第四部隊は、構成員の名前、容姿、実力……殆どが不明。自国民からしても謎に包まれた戦闘部隊。

 その秘匿の一つが公開されたのだ。注目されるのも無理はない。

 初めてその実力を見れるはずだったオリエンテーションにおいて、「飛行魔術を習得している」や「奇襲をかけて倒すことが多かった」以外ろくに情報が集まらず、力量が測れなかった。

 そして今回も、彼女の力をこの目で把握できないのだろう。


(間に合わっ――)


 少女は勢いを殺すことなく身体を回転させ、強烈な回し蹴りをノエに叩き込んだ。

 結界を張って攻撃を防ごうとするも、あと一歩遅い。

 バキッと盛大に壊れる音。

 中途半端に構築されていた魔術は粉々に破壊され、攻撃はそのまま魔術対抗戦の特殊結界へと届く。


「…………っっ!!」


 もろに喰らうしかなかったノエには耐えきれず、その身は宙へと投げ出された。



 * * *



「――そのえげつない回し蹴りはなんだい?」


「足に集中して強固な結界を張ったの。硬さは通常の結界の四倍くらいかな? 加えて飛行魔術で助走つけたから、まぁ威力上がるよね〜」


 魔術ではなく物理攻撃みたいなものである。

 聞いているだけで痛そうな攻撃を喰らったノエは、吹っ飛んだ先にあった城壁に身体を打ちつけた衝撃で動けなくなったようだ。

 特殊結界がある為怪我はしていないだろうが、衝撃は完全に防げるわけではない。

 いっそ結界の耐久値が無くなってしまえば良かったが、彼の魔力の多さが仇となり退場するまではいかなかったようだ。しばらくはまともに動けないだろう。

 リンクスは一仕事終えた後のように大きく伸びをした。


「全力で飛んだからちょっと疲れたよ〜五分以内は流石に厳しい〜」

「お疲れ、メルクーリ嬢」


 転移魔術の魔道具は、起動地点に魔術士を置いておく必要があるため一人は残らざるを得なかった。

 そこでリンクスがその役を担い、自身は飛行魔術で地道に飛んできた、というわけだ。


「よ〜しっこのまま決着つけてくるよ〜スピサくんは外で待機、ここまでお疲れ様。アプスーくんはもう中に入ってるみんなの援護を」

「「了解」」 


 リンクスは指示を出してすぐに駆け始めた。その走りは空を飛ぶカモメのように、海で泳ぐイルカのように軽やかで疲れを感じさせない。

 アプスー達が開けた穴を潜り抜け、索敵の魔術を発動する。


(中央に三人、それから左右の練に二人ずつ……こっちは見張り塔を使って外を攻撃する隊か。なら中央で確定かな)


 俊敏に動きながらも、複雑な城内を的確に感知しながらリンクスは思う。


(相変わらずクロエちゃんの魔法は凝ってるね〜才能の無駄遣いは王家一だよ)


 人の手で築城するなら年単位で掛かる城を、道楽を兼ねてポンポン生み出しているのだから手に負えない。

 リンクスは前方の長い階段を駆け上がりながら、この試合を観戦しているだろう彼女にやれやれとため息をつく。

 ふと魔力の気配がして右を向くと、リンクスに気づいた相手が遠くから攻撃を仕掛けようとしていた。


「まぁ私に近づかないだけお利口さんだよ」


 リンクスは警戒して不用意に近づかない相手を褒めながら、右手を向けて短く詠唱した。


「うわぁぁぁ!」


 相手の断末魔を聞きながら、敵将のいる部屋へと急ぐ。

 リンクスはひたすらに目的地への最短距離を突き進んだ。


「はい、到着」


 ドアを壊しながら呑気に侵入してきたリンクスに警戒する生徒達。

 入室してから急にゆったりとした足取りになったことが、逆に彼らの恐怖心を煽る。

 アルゴを背に庇っている生徒達が先に攻撃を仕掛け、複数の魔術がリンクスを襲う。リンクスは結界を盾とし全て凌ぎきると、お返しとばかりに上位の火炎魔術を盛大に放ち呆気なく押し勝った。

 二つの炎の柱は、燃やす対象がいなくなってもなお燃え続けている。その間を、いつも通りの表情で少しも怯む様子もなく通り抜ける姿は、どこか恐ろしい。

 断末魔と共に退場する仲間達を直視したアルゴは、納得した顔で負けを認め「心臓に悪い魔術で退場させられるのは勘弁願います」と、リンクスに慈悲を乞う。

 言葉通りの意味もあるのだろうが、一番はすぐそばに設置された魔道具を壊されたくないのだろう。


「自慢の魔道具で戦わないの?」

「あいにく攻撃用の魔道具は外にばかりありまして、ここには通信用のものしかないんですよ」


 やれやれと両手を顔の位置まで上げ、戦場の様子を魔術で見ているだろう外部の人間にも分かるように降参の意を示す。


「あはは〜潔い子は好きだよ」

「一つ、聞きたい。貴殿は魔道具を用いた戦術に詳しいので?」

「う〜ん……まぁ、気分がいいから教えてあげる。第四の魔術士相手に、魔道具で優位に立とうなんて無謀だよ。君が魔道具を作る天才であっても、第八の魔道具製作に協力してきた私達に勝てるわけないんだから。実戦あるのみ」


 ――何度第八の実験に付き合わされたことか。

 上位魔術が施された魔道具の威力確認だとか、長時間の起動による人体への影響だとか……。時には通信魔道具の効果範囲の検証として山を登ったり海に潜ったりまで。

 散々な目にあったおかげで、無駄に魔道具について随分詳しくなった。ボロボロになるほど協力した為、魔道具を使った戦いへの熟知はリンクスに分がある。

 リンクスは得意げに、息をふんっと吹いた。


「なるほど、ありがとうございます。次への教訓としましょう」

「頑張ってね〜それじゃあ、そろそろ終わりにしよっか」


 リンクスはあっさりと、だが丁重にアルゴの結界を壊した。大人しく降伏した相手を痛ぶるようなことは、魔術士の道理に反するからだ。

 随分と寂しくなってしまった空間を軽い足取りで進む。そして傍にあった魔道具を勝手に使い、拡声器として用いる。

 

「大将首、討ち取ったり〜……なんちゃって」


 タイミングよく魔術対抗戦の終了を告げる鐘が盛大に鳴り響いた。


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