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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
三章
58/82

11 魔道具


 魔術対抗戦二日目。

 朝のパンケーキをいつもより一枚多く食べ、試合の準備万全なリンクスは、リラックスした様子で教室にある椅子の背もたれに身体を預けていた。

 あくびを噛み殺し、横に座っていた女子生徒をちらりと見る。


「エレナちゃん、カチンコチンって感じだね〜」

「だってこういうのって緊張するものじゃない!? リンちゃんが特殊なんだよ!」


 エレナの緊張の理由――それは、これから始まる校内放送だ。


 ――第一学年二日目、第二試合<戦場:森を超え、城を越えたその先で>

 ――侵略者、イアト・セルペンス教室


「う〜ん、ハズレ引いたね」


 校内アナウンスにより伝達された今日の舞台。学園の森も利用して行われるそれは――片方がとんでもなく分が悪くなる戦場だった。

 この試合は侵略軍と防衛軍となり、擬似的な攻城戦を行う種目だ。

 攻城戦自体のルールはシンプルで、侵略側は森を抜けて城壁を突破し君主を確保または負かせば勝ち。防衛側は君主役を最後まで守れれば勝ち。

 言ってしまえばそれだけだが、この戦場は既存の土地をそのまま使っている。つまり先のオリエンテーションで使用した広大な森が、そのまま舞台として使われているのだ。


「侵攻する側ってキツイんだよね〜明らかにスタート地点とかの距離設定間違ってるもん。飛行魔術や身体強化に近い芸当が出来る子が増えてくる三年ならともかくね」

「森を抜けた後は、君主がいるであろう城周りの攻略だね。例の作戦が失敗すれば、城主の元へ辿り着くのは長丁場になるかもしれない」

「最悪私が全員倒せば良いと思ってるけど、魔力温存したいし時間制限もあるしで最終手段って感じ。とりあえず作戦成功を祈るよ」


 エレナとは反対の隣席に座って待機していたエアと、真面目に対抗戦について語らう。

 続く放送から防衛側の代表である君主が発表される。


「……君主役はアルゴ・ケトゥスか」


 リンクスは昨日の試合の光景と、放送から聞こえた名前を照らし合わせる。

 昨日の試合では、特に目立つところは無かった生徒だ。だがその名に聞き覚えがある。


「ケトゥスくんって、前線で戦うタイプではないよね? たしか魔道具の子」


 魔道具とは魔術式を刻印した道具のこと。自分では扱えない魔術すら使えるようにする便利な道具であり、取り扱いの難しい代物だ。


「そうだね、魔術士と言うより魔道具士と称するのが正しいかな。彼個人が強いと言うよりも、彼がいることで全体が底上げされるところが強力だよね。学園の魔術対抗戦では魔道具に制限がかかるとはいえ、油断できない相手だ」


 それならばそこそこ楽しめそうだ、とリンクスは機嫌良く口笛を吹いた。


「ヒュ〜歯応えのない相手じゃ倒し甲斐なくてつまんないからね。楽しみ〜」


 最近の戦闘不足を補うような戦いを期待して、リンクスは実に楽しそうに笑う。

 師団でも武闘派の魔法士は、戦闘に飢えていたようだ。


「それからノエ・キーオンくんも注意した方がいいね。個人技なら……このクラスで対抗できるのは、君とヘルクレスくんくらいだろうさ」


 忠告を受けたリンクスは、前日の魔術対抗戦を思い出す。

 昨日のノエはあまり全力とは言えない、魔力を温存しているのを感じさせる戦いだった。

 だが、彼が器用に魔術を使うことは分かっている。攻撃も補助も熟す彼は、クラスの支柱と言っても過言ではない。


「魔力の回復速度を平均値で推測しても、彼は存分に魔術を行使できるほど魔力を余らせている。油断せず挑まないとね」


 魔法薬で魔力を回復するという手段もあるが、大会中は使用可能な魔力回復薬に制限がある為、最後の手段だ。

 とはいえ接戦や敗北の可能性がない限り、誰だって一日目から魔力を空にしないだろう。リンクスだって暴れ足りないレベルで魔力は消費していない。


「まぁ、誰が相手でも勝つよ」

「ふふっ本当にたくましいね」


 エアはそう言って立ち上がると、クラス全員を視界に収める位置につき全体会議を開始した。


「――さてみんな、今日は昨日のようには簡単に勝てそうにない。午前の時間を名一杯使って、勝利への最善策を模索しようじゃないか」




 なんだかんだと時が経つのは早く、もうすぐリンクス達の試合が始まろうとしていた。


「みんな〜杖はちゃんと持ったかな〜?」

「そういう貴女は持っていないじゃないの。短杖を隠し持ってるわけでも、忘れてきたわけでもないわよね?」

「あぁ〜今は別に要らないかなって。狙い通りに当てやすいってぐらいだし、ぶっちゃけ邪魔」


 シンシアの問いに呆気らかんと言い放つ。

 杖を持たないなんて挑発してると捉えられてもおかしくないのだが、今回に関しては逆だ。ほんの少しでも軽量化したい為杖を出すことはない。

 ……そもそも日頃から杖を持つことは少ないが。


「よーし、じゃあ行こっか。勝利を納めに」




 * * *




 駆ける。ただひたすらに。

 この戦いは、時間との勝負だ。だが、少しでも気を抜けば単調に駆け抜ける様はこの森に潜んでいるかもしれない敵の、恰好の餌食となる。

 先鋒の部隊として成すべきことを成す。

 それが、スピサ・ヘルクレスに課せられた使命だ。


「……止まれ」


 仲間に合図をし、足を止めさせる。

 森をあと少しで抜け、城壁はすぐそこまでというところまで来て、薄々感じていた違和感が膨れ上がった。

 

(あまりにも順調過ぎる)


 索敵魔術にも反応が無く、城壁の外に敵の姿は見当たらない。


「――まさか、全員中に」

『お見事。その通りです』


 スピサの予測に、肯定を示したのは仲間ではなかった。この声に聞き馴染みはあまりない。


『そして自分達は、貴殿らの居場所、話し声、すべて把握しています』

「最新の伝達魔道具と傍受の魔道具を合わせたか」

『流石は辺境伯御子息。早々に見抜かれてしまいましたか』


 慇懃無礼な台詞でどこからかスピサに声をかけてきた。

 声の言う通り、彼らがまだ城壁の中ならそこそこの距離があるはず。

 感知出来る範囲には見当たらないが、何らかの仕掛けがこの城壁の周辺に施されているのだろう。ここまでの高性能な魔道具を持ち込める存在は――


「アルゴ・ケトゥス」

『正解です』


 アルゴ・ケトゥス。アルカディア王国四大侯爵家の一つケトゥス家の子息。

 大の魔道具好きとして知られる彼は、幼少期から同世代の中でも突出した存在だ。

 最年少で魔道具製造の認可を得た彼の発明した魔道具は、生活に欠かせないものから戦闘用まで幅広く、天才と称されることは自然のことだった。

 今だって集音器や拡声器の効果のある魔道具を自前で用意したのだろう。他にも機能二割り増しの魔道具を隠し持っているのは間違いない。


『想定よりも早くこちらまで来られたので焦りましたよ』

「魔道具造りの名手に時間を与えれば与えるだけ、こちらは不利になる」


 ルール上五つまで持ち込み可能な魔道具だが、彼の手にかかれば五つの魔道具で倍以上の数の役割をこなせるものが作れるだろう。

 個人の実力の穴埋めすら可能だ。ある意味一番予想のつかないクラスと言える。

 外部との隔絶がある学園で魔道具を調達するのは対抗戦時に教師へ貸し出し申請するか、自分で作るのみだ。

 だからこそ――この試合の勝ち負けは、いかに相手に魔道具の起動、設置をさせないかが重要だった。


『まぁこちらの戦術は理解(わか)られてますよね。自分と言えば魔道具みたいなとこありますし。だからご期待に応えて、この数週間時々授業をサボりつつ愛しの魔道具作り(お宝作り)に精を出していたのですがね」

「ケトゥスの魔道具狂いの名は本物だった……!」


 スピサの左隣にいた生徒が思わず口を挟んだ。そして、魔道具をお宝という独特な呼び方をすることに若干引いている。


『それ、割と不名誉なあだ名なんですよね。自分はお宝ちゃん達を愛しているだけなのに……』


 彼を表す有名な呼称に、アルゴは「心底不可解です」という声色を隠さない。

 そんな会話の間にも魔道具が起動され、大量の水がスピサ達を押し流そうと襲ってくる。スピサは水を凍り付かせ一時的な盾を作ると、冷静に指示を飛ばした。


「お前達は下がれ」


 スピサの言葉に残りの全員が速やかに従って、来た道を戻り森の中へと姿を隠した。


『ふむ? 流石の貴殿も単独では負けると思いま……いや、なにかの時間稼ぎか』


 この行動に裏があることが見破られたが、動揺することもなくスピサはいつも通り魔力を放出し始めた。

 スピサは二属性に高い適性を持つが、基本的に氷の属性ばかりを使う。

 溢れ出た魔力もひんやりとしており、彼が生み出す冷気によって、周囲の温度が著しく下がる。

 これが、彼の戦闘の合図だ。


「あぁ、だから……俺一人で充分だろう?」


 双方が臨戦態勢に入り、隠れていた相手方の生徒が城壁から顔を出した。そしてスピサを見下ろしたまま彼に向かって魔術を放つ。

 スピサは威嚇程度の下級魔術を避けてから氷の礫を勢いよく飛ばす。一直線に放たれた三つの礫のうち一本が命中すると、相手の身体は氷に覆われていく。

 その対処に他の生徒が仲間へと意識を向けた瞬間、追い討ちのように再度氷の礫を飛ばした。不意打ちの攻撃は相手へと直撃し、氷漬けがまた一つ増える。

 もちろん特殊結界が貼ってある為、結界は凍結状態にあるが実際に人間が凍ったわけではない。

 だが、氷属性の魔術は停滞の特性を持つ。何よりも閉じ込めることに向いているのだ。

 スピサの高い魔力で作られた檻は、相性が悪いはずの炎の魔術であっても簡単には溶かせない。

 そのままじわじわと結界の耐久値を減らし、二つの影は場外へと退出した。どうやら、彼の氷を溶かせるほどの魔術士はいなかったようだ。


「どうした? 魔道具頼りで他はこんなものか?」


 スピサは珍しく相手を挑発し、嘲笑うかのような表情をした。

 挑発に乗せられるように出て来た第二陣も合流し、さらに激しく魔術を撃ち合う。

 その合間に一般の生徒では使えないであろうレベルの攻撃が挟まれ、スピサは防御に一手を割いた。

 恐らくこれは魔道具による攻撃だ。

 魔術の同時展開が出来るスピサでなければ、この時点で魔術戦の結界が発動することになっていただろう。


(魔道具は風系統と水系統、炎系統の攻撃特化が三つ、最初の集音と拡声器のものが一つだとするとまだ隠している可能性があるな)


 スピサを囲うように魔術は展開されている。死角からの攻撃で、彼の特殊結界の耐久値が僅かながらもすり減った。

 煽られた防衛側からの容赦のない攻撃と、一対多の不利な状況が少しずつスピサを追い詰めていく。

 そのことに気付いた生徒たちは気を緩めた。

 ――かの辺境伯の息子も数には勝てない、と。

 少し離れたところで上がった小さな花火に気づかないほど油断をした。

 彼らはここで、スピサに息つく暇を与えてしまってはいけなかったのに。

 ――この試合の勝ち負けは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――なのだから。


「……起動せよ」


 スピサは今まで懐に隠していた魔道具を取り出すと、城壁の扉へと放り投げた。

 起動した魔道具は、あたり一面を光で覆った。

 だがそれだけで、物理的に城門を壊すことも相手へ攻撃することもない。

 起動に失敗したのかと怪訝な顔で静止する相手生徒の中、アルゴは魔道具が起こした事象に気が付いた。


「……っな! 魔道具の機能が停止している!?」




 * * *




 青く澄み渡った空に一つの魔術が撃ち上がった。赤い魔素を撒き散らして散った魔術は、リンクス達が事前に決めていたサインである。


「……うん、合図の花火が上がったね。みんな、配置について」


 スピサを除く先鋒隊から来た作戦通りの連絡に、リンクスはほくそ笑む。

 機動力の高い数名によって組まれたこの少数部隊は、偵察要員であり囮でもあり同時にこの後の作戦の布石でもあった。

 スピサの放った「下がれ」と言う言葉は、自分が引き付けておくからその間に魔道具を設置しろ、という意味の合図であったのだ。


「ここまで上手くいくとはね」


 エアは各クラスへの対策を練る会議を行なった時のことを思い出した。




 * * *




 情報収集を担当していた面々が集めた情報のメモが黒板に貼られている。


「ペーレ教室の双璧は、共に魔道具分野に詳しい人物。相手が魔道具を最大限活用してくることは予測できる。だからこそ弱点も分かりやすい」

「魔道具は生活を便利にするものであって、魔術対抗戦での使用には向かない代物なんだよね〜まぁ治癒魔術も物理的な怪我が起こらないから向いてない側なんだけどっ」


 どちらも実戦的な魔獣などを相手にする方が活かしやすいが、どちらかと言えば精神的な魔術の解除が出来る治癒魔術の方がまだ使える。

 それに加えて魔道具は、魔術対抗戦で事前に魔力を補充することが禁止されている。この点が戦闘に影響を及ぼすのだ。


「魔道具って誰でも使おうと思えば使えるんだけど、それは下準備が全て終わってたらの話」


 試合が始まってから準備をするのは不利でしかない。


「使用前に魔力の補充を満タンにしないといけないのは、自身の残存魔力に注意しないといけない魔術戦とは相性が最悪。しかも魔道具に内蔵された魔術を使うのって、実は普通に魔術を行使するよりも魔力消費の燃費が悪いんだ」

「定期的に魔力の補充を求められるところを魔石で補っているのが現代魔道具の実態だ。今回の試合では魔石の持ち込みは禁止だけどね」

「そんな魔道具を魔術対抗戦の主軸にするなんて無謀。たとえものすごい魔道具であったとしても、結局道具じゃ魔術士に勝てないんだから」


 冷たく吐き捨てるように言い放った。

 リンクスは、魔道具に頼った戦い方が好きではない。

 殺し合いの場でならなんでもありだとは思うが、魔術対抗戦などの自身の実力を発揮する場で道具に頼るのは邪道だと思っているからだ。

 だが今回は、相手が魔道具で勝負を仕掛けるという。それならこちらも同じ土俵に立とうと思ったまで――。




 * * *




「スピサくんに持たせた魔道具は、魔道具内の魔力を吸収するもの。少なくとも城壁の周りに設置された魔道具はしばらく使い物にならない。彼らが魔道具に魔力を補充しようとする場合、そこそこの数の魔術士が使い物にならなくなっている」


  不服そうな顔から一転、リンクスはニヤッとした笑みをこぼす。


「つまり、今が絶好の襲撃チャンス」

「悪役の顔ね……」


 聞こえてきたシンシアのツッコミなんてなんのその。

 リンクスが今回の作戦の発起人な為、自画自賛するほど上手くいったことに愉悦が止まらないのだ。

 そんななか、スピサの持つ魔道具が起動したのが遠見の魔術で見えた。

 目元に展開していた魔術陣を消し去り、背後にいた仲間達を振り返る。


「さぁみんな! 準備はいい!?」


 それぞれ魔術を発動間近まで準備した仲間に尋ねてから、リンクスは用意していた魔道具を起動させる。


「転移魔術、発動!」


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