10 魔術士は何処?
学園が最も殺伐とする期間が始まった。魔術対抗戦の開幕である。
開会式は風船や煙幕によって彩られてはいたが、収穫祭に比べると随分空気が違う。生徒達の顔を見渡してみると、皆真剣な顔で口を固く結んでいた。
リンクスがいる控え室も緊張した顔が多く見受けられ、張り詰めた空気が漂っていた。
この学期末に行われる魔術対抗戦は、当日の朝に校内放送を用いて各々の戦闘エリアや試合時間が発表される。
ドキドキの対戦発表が終わり、自分達の出番まで僅かとなった今、リンクスは控室に揃った仲間達に快活に話し始めた。
「みんな〜! 昨日までの試験はどうだった? 赤点は免れそうかな〜?」
「最初の試験で赤点の心配があるような生徒は貴女くらいよ」
「うっ……姫様に急所を突かれた」
シンシアの鋭利なツッコミに、待機所に集まったクラスメイト達は笑顔に包まれる。
(うんうん、余計な肩の力が抜けたね。さすが姫様〜私の意図が分かってる〜)
この対抗戦へ向けた練習期間で、リンクスとシンシアの仲は縮まった――いや、それは少し違う。
日頃の接触は控えめにそれぞれ別に過ごしていた為、皆知らなかったのだ。リンクス達がここまで気安く会話をすることに。
初めのうちは和気藹々とした二人に、周囲の人間は目を見開くほど驚いたものだ。
今となっては、その痛快なやり取りは日常の光景として認識されているが。
「まぁまぁその話は置いといて、っと。え〜改めて……皆、今日は魔術対抗戦初日だね」
リンクスは部屋にあった椅子に足をかけ立ち上がると、全員の顔を見渡した。
やる気満々の顔、少し不安げな顔と様々だ。
「もう午前の部は終わってるから会場の雰囲気は掴めてると思う。しかも相手は飛び抜けて強い選手がいるわけじゃないクラス。今日の私達は、追い風の中にいる」
一日目の今日は全学年全クラスが出場するが、同時刻に各学年一試合の合計三試合までしか行われない。午前に六試合、午後に六試合行われ、今日のうちに半分のクラスが脱落する。
リンクス達のクラスは午後の第二部、本日最後の試合だ。集合時間までは全員ばらけて、明日以降の為の情報収集していた。
「最初はどうなることかと思ったけど、知り合って数ヶ月の私達がここまで団結出来たのは全員の協力があってこそ……みんな、ありがとね」
リンクスはここに集った全員の顔をゆっくりと見回す。
「もうこれ以上のおしゃべりは蛇足ってやつだね。じゃあ最後に一言……みんな、絶対勝とう」
リンクスからの言葉に、「はい!」やら「おう!」やらと言葉はバラバラであっても息のあった返事がきて、リンクスは満面の笑みを見せた。
――そんな気合いの入った鼓舞で始まった初戦は、リンクスがから回ったかのように呆気なく終わった。
練習の成果が想像以上に輝いた結果だろう。
一回戦終了後、リンクスは試合の味気なさに開いた口が塞がらなかったが、だんだんと周りの喜びように釣られていき最後には万歳しながら歓喜の声を上げた。
「うぇ〜いっ初戦圧勝じゃ〜い! これ普通に優勝出来ちゃいそうじゃない!? マジで!」
「言葉遣い!」
* * *
対抗戦一日目を終え、疲労や明日への備えで生徒の姿が残っていない深夜の学園。
リンクスはそんな静まり返った校舎を一人で歩いていた。その歩みは、窓から見える月光ぐらいしか灯のない暗闇でも迷いはない。
真っ直ぐに向かった先は学園長室。リンクスは一切の躊躇なくその部屋のドアを開ける。
「ロティ、お疲れ〜」
「そっちもな……それと、誰かに見つかるようなヘマはしてないな?」
「魔術使ったし平気平気〜私を誰だと思ってるのっ」
秘密の集合部屋と化した学園長室に居たのは、この部屋の主ではなかった。
無愛想気味な返事を寄越したのは――ロティオン・ループス。
久方ぶりの密会に遅刻することなく辿り着けたリンクスは、早速話を切り出した。
「クロエちゃんはまだ来ないけどもう始めちゃお。はい、一年生で手紙の魔術士の可能性がある子のリスト。そっちは?」
「こっちが二年の分。これはクロエさんがまとめた三年と教師陣の調査書だ」
リンクスの手元に封筒が渡される。中身を覗けばリンクスの作ったリストよりも情報量の多い資料が出てきた。
――そう、現在リンクス達は学園内で出来ることの範疇で、精力的に魔術士の捜査をしているのだ。
ソファに腰掛けながら、二人はここ数週間で調べた生徒たちの情報を読む。
「相変わらず几帳面〜報告書の原型なんて私とクロエちゃんぐらいしか読まないんだから、メモ程度でいいのに」
「幼児の感想文みたいなリンクスに言われたくはない。最初に適当に書き過ぎて、あとで後悔するのは自分だぞ」
ロティオンは、素早い流し読みでリンクスの書いた文のダメ出しをしてくる。
互いの文章にケチを付け合いながら、リンクスはそもそものきっかけについて触れ出す。
「え〜でもさ、『例の魔術士と同等の魔術が扱えそうな力量の生徒を、私の勘と魔力識別能力で見極めろ』……なんて、感想文みたいになるのは致し方ないと思うんだけどな〜」
「俺はもうお前の雑な報告書の校正は手伝わない。絶対にだ。今決めた」
なんだかんだと手を貸してくれるだろうが……わざわざ余計なことを言って雷を落とされる必要はない。ここは大人しくしておこうと、リンクスは素直に頭を下げた。
「そういえば、ロティはどっちにする?」
「捜査のことか? 俺は非公表派だ。どうせ公表したところでたいした情報は集まらないし、大きく動くことで相手を追い詰めすぎても良くないと俺は思う」
事情を知る師団上層部や八法士内でも、留守の間に起きた今回の不名誉な事件を巡り、意見が割れている。
――このまま秘密裏に調査を続けるか、公開調査に切り替えるか。
恐らく次の会議で結論が出るだろう。だが、非公表の立場にいる団長と、公開調査で早期解決を望む副団長のおかげでどちらに転ぶか分からない。
「……たぶん陛下は、姫様に手紙のことを知られたくないって思ってるんだよ。危険なものを本人が知らないうちに周りが遠ざけてしまうのって過保護かもだけど、なんか分かるなぁ……親心ってやつ? だから、私も非公表派かな」
王の考えを全て読み解くことなど不可能だが、今回ばかりは王の想いを推測できる。
一人の父親として娘を心配していながら、王としての判断による言葉しか口に出せない人。
――だから応える。出来る限り主人の本当の要望に沿う行動をすることこそリンクス流の臣下の務めだ。
「……結局俺達が出来ることは、王女を狙う魔術士の所在を確かることだけだ」
「あっ、思い出した! それにも書いたけどさ、やっぱりあの手紙の魔術士おかしいと思うんだよね。手紙の主が姫様の制服姿が見れる範囲に居るなら、やっぱり教師や生徒に扮して身近にいる可能性が高いじゃん? でも姫様へのキモい視線は感じない」
文面からは怨念の如き熱量を感じたという消失した手紙。
師団関係者であれば端末で連絡を取れるリンクスからすると、微塵も思いつかなかった魔術だ。実に興味深い。
魔術開発の第七が既にこの魔術を再現し実用化している為、帰ったら教えてもらおうとリンクスは目論んでいる。
「手紙には迎えに行ける日うんぬん……とも書かれていたよね。つまり、犯人はこの街の外から魔術を使って姫様を覗き見しつつ誘拐のチャンスを狙ってるんじゃ……!?」
ロティオンはリンクスの「閃いた!」と言わんばかりの顔に呆れた顔を向ける。
「まだ街の方に潜伏している可能性は捨てきれないだろう。禁書が見つかったことで、学園都市全体が安全地帯とは言えなくなったんだからな」
街に入れてしまっただけでなく、学園にも侵入を許している。前代未聞の事態だ。
二つの件に関連性は見出せていないが、シンシアの身近で起きている以上無関係と決めつけるのはまだ早い。
「でも隠れられるようなところあるかな? 力のある魔術士なら学園で教師をするのが普通だし、研究所の魔術士になるとしても、あそこは魔術馬鹿の引きこもりばっかだよ。どんなに上手く隠れても絶対浮く」
「木を隠すなら森の中だが、その裏をかいて魔術士であることを隠している可能性は? 非魔術士の一般市民には調査範囲を広げていなかったはずだ」
魔術士が街中に潜伏している可能性に懐疑的なリンクスは、さらに言葉を重ねる。
「でもでも、この街で暮らすってなると色々審査が要るんじゃなかった? 魔術士かどうかも調べるよね?」
「身元が定かではない者や外国人は居住が許されていなし、他にも厳しい条件がある。この街には余分な住居は殆ど無く潜伏出来るような空き家がない」
「少しの間なら野宿出来なくはないけど、食料の買い出しで街を歩いた瞬間すぐお縄だね。住民の大半はこの町で働く魔術士の家族で顔見知りばっかだもん」
「可能性は低そうだが、一応宿泊施設を調べておく」
リンクスはこの五里霧中状態に眉間に皺を寄せた。
いつもこのような仕事を行なっているのか……と、リンクスはネオ及び第六の隊員達に心の中で拍手を送る。
「う〜ん捜査って難しいね。犯人は中か外か……まっったく分からないっ」
「王女の周りで怪しい奴はいないのか?」
「まだまだ人の心については勉強不足だけど、少なくとも例の手紙みたいなねっとりしたものは感じないよ。誰からもね」
エアを怪しんでいた時期もあったが杞憂な気がする。
彼がシンシアに向けるのは同情ではないか、とリンクスは近頃の交流で思ったからだ。
「ねぇねぇ〜あんなキモい手紙を書く人が近くに居たらって想像したら、背筋ゾッとして鳥肌たったんだけど。ロティ最悪〜」
ロティオンに理不尽な文句を垂れるリンクスであった。