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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
三章
56/82

9 忙しない日々の中で


 練習室の貸し出し時間を待つリンクスとシンシア、そしてエレナは、校舎の壁沿いに集いお喋りに花を咲かせていた。

 この時期の練習室のある練は人通りが多い。彼女達がいる場所も、練習室の出入りの生徒達で賑わっていた。


「あら、あの髪色と瞳の色……」

「彼女よね? 例の新聞の好色女」


 悪口と敵意を秘めきれない視線が、リンクスにビシビシと突き刺さった。近頃毎日と言っていいほどの光景に、口から失笑が漏れてしまう。

 隣に王女であるシンシアがいるにも関わらず、人目を奪うのはリンクスばかりというありさま。

 ここまで話題を集めるなんて、今月の新聞は大人気だったようだ。発行者は今頃ウハウハだろう。


「――よね?」

「そう――だわ。――――!」


 彼女達は、ギリギリ聞こえるくらいの絶妙な声で散々悪態をついてから去っていった。


「か、感じ悪ぅ! リンちゃん、あんなの無視していいよ!」

「ありがと〜大丈夫だよ気にしてないから。それにしても婚活事情舐めてたな〜。新聞が出てから二週間、まったく警戒が解かれないや」


 ここまで行くと嫌われ過ぎててシンシアの手助けが上手く出来なさそうだ。そこに関しては、リンクスも正直困っていた。


「ようやく現状の恐ろしさが理解できたかしら? 恐らくこのままでは、貴女が学園にいる間ずっとこの状態よ。この年頃の貴族生徒たちは、結婚やら恋人やらに敏感なの。今後の人生が変わると言っても過言ではないのだから」


 リンクスを見るシンシアのジト目は「前にも言ったわよね?」と責めたてているようだ。

 確かに似たようなことをいつかの読書感想会で言ってたかもしれない。リンクスの記憶の中からは抜け落ちていたようだが。


「クラスの中が平和過ぎて忘れてたよ。ごめんごめん」

「もう……」

「それにしても……新聞の件で批判の的にされているのはリンちゃんだけですね。男性陣には非難の声は向かないんですか?」


 エレナがリンクスの軽い謝罪に苦笑いしながら新聞の件について尋ねた。


「男尊女卑……とまではいかないけれど、こういった場合女性側が身持ちが悪いと言われやすいわ」

「なんだかなぁ……」




 そんな話をしているうちに貸し出し時間となった。広い練習室を贅沢に使い、各々今日のメニューに沿って分かれて鍛錬に励みだす。

 飛行魔術や魔術の命中精度を上げる練習、結界の魔術に励む者達と様々だ。少年少女たちは互いに助言をし高め合う。

 まさに青春そのものの光景があった。

 だがそこに、練習に勤しむ同級生達の姿を盗み見ている者がいる。

 ――リンクスだ。彼女はこの場で一人、魔法薬学の勉強をしていた。

 背もたれのないベンチを跨ぐように座り、空中にぷかぷかと浮かべた参考書と手元の問題集を交互に見ては顔を顰めている。


「私もそっちに行きた〜い! 乱入しよっかな〜」

「メルクーリ嬢、君はその問題集を解くまで参加禁止だろう? 姫君を怒らせるようなことはやめておいた方が健全さ」


 耐えきれなくなってきたリンクスが喚きだす。

 隣のベンチで参考記録をつけていたエアが、笑みを浮かべながらリンクスに苦言を呈した。


「それ、やり損ねた宿題だったらしいね」

「うぅ」


 リンクスの非を的確に突いた発言にうめき声で答える。

 そもそも二人は今日の練習には参加せずに、試合での作戦を練ることになっている。つまり、リンクスはエアを待たせているようなものだ。

 エアはどちらかというとシンシアの方に協力的なため、リンクスが問題集を投げ出さないように見張り役となっている。

 観念して問題集に再度向き合おうとするリンクスに、なぜかエアの方がちょっかいをかけてきた。


「そうそう、彼女があそこまで感情を露わにするのは君に関することばかり。君には素の部分を見せている……いや、君といると自分を曝け出されてしまう、かな? 君には魔術以外にも才能があるみたいだ」

「うわぁ〜嫌味ですか〜? 人を誑かす才能なんて持ち合わせてないから」


 エアのきちんと手入れされたブルーブラックの髪に、トマトでもぶつけてやりたいほどリンクスはムカついた。

 シンシアがリンクスに対し素の表情を見せるのは、リンクスがそう望んだからだ。だが、わざわざそんなことを言う必要はない。

 リンクスは声や表情で盛大に不機嫌アピールをする。


「おや、顰蹙を買ってしまったかな? 僕は断じて、君を貶そうとは思っていない。純粋に、一人の王族の外面という仮面を、簡単に壊してしまったことに驚いているのさ――君はいったい何者なんだろうか」


 臍を曲げたリンクスに、エアは臆すことなく切り込んでくる。

 そんなエアに、今まで感じていた既視感のようなムズムズとした感情の理由が判明した。


(うわぁ……)


 本当に似ているのだ。第四部隊の腹黒枠に。

 まだこちらを信用してなかった頃の胡散臭い部下(ラウート)に。

 八法士にも近い者はいるが、彼とは系統が微妙に違う為、リンクスの周りにはあまり居なかったタイプと言っていい。


「――私はただの魔術師団の一員だよ、ただそれだけ。そんなことよりさ、その姫様の仮面を私が取り払っちゃったことは、良くないことなの?」

「どうだろうね。まぁ生来の身分はあれど、彼女もここでは一生徒でしかない。最後のモラトリアムぐらい自由にしても良いのでは……と、僕は思うよ」


 そう答えたエアは意外にも穏やかな表情で、離れたところで魔術の練習をするシンシアを一瞥する。


「へぇ……じゃあアプスーくんもモラトリアム中?」

「ふふっそうだね。この学園に入学して正解だったと心底思うくらい謳歌しているよ」

「それは良かった。でもなんでこの学園に留学したの? 確かカルデアだったよね、故郷」


 カルデアは魔術の発展が殊更遅れているわけではない。それなのに馬車で数日はかかる遠い場所から来る理由はなにか。


「この学園に入学するということは、メルクーリ嬢が思っているよりも名誉なことなんだよ? 大陸一といっても過言ではないここを目指すのは、魔術士なら普通さ」

「昔から目指してたってこと? じゃあ、学園入学前にアルカディアに来たこともある?」

「いや、入学試験はカルデアでも行われるから、訪れたのは入学する時が初めてさ。どうしてそんなことを?」


 エアが手紙の魔術士である可能性を探ろうとしたが、踏み込みすぎて逆に怪しまれたようだ。

 その証拠に、男の笑顔がいつもより薄っぺらい。

 聞き返されたリンクスは、「なんとなく気になっただけ〜私外国に詳しくないし」と出来るだけ自然に誤魔化した。


「君は冬季休みは師団の方へ帰るのかい?」

「そうだよ。仕事もあるだろうし、私の帰るべき家はあそこだから」


 リンクスは、犯罪予告をした手紙の魔術士と、亡国の本を紛れさせた何者かの存在を忘れてはいない。

 ……この学園の中にいるかもしれないということも。

 現在、手がかりの少ない罪人探しは難航していた。

 アルカディア王国は大陸の中でも国土が広い国である為、国中を捜索するのも骨が折れる。手がかりがほとんど残ってないことも、捜査が進まない原因だ。


(ほんとにアレが姫様のつきまといだったら……姫様が危ない。冬で魔獣も少ないから第四の閑散期だし、休みの間は私も調査を手伝う)


 学園生活という日常は、リンクスの想像の何倍も楽しいものではあった。

 シンシアに勧められて始めた読書。

 ペトラに教わる楽器演奏。

 他にも師団から離れたからこそ、識れたことは多い。

 ――だが、リンクスの在るべき場所(日常)は、やはりここではないのだろうということも理解してしまった。

 リンクスは勢いよく立ち上がると、やる気満々の顔を隣に座るエアへと向けた。


「よっし、とりあえず姫様に言われたところは解いたから勉強は終わり! さぁアプスーくん、防衛戦の二案目について話し合お」

「あら、問題集は終わったの? 早かったわね」


 声のした方を振り向くと、運動着を少し汚したシンシアがこちらへと向かって来ていた。ポニーテールにしてきっちり結われていた髪が、少しほつれている。

 リンクスの様子を見に来たシンシアは、口元に手をやり息を呑んだ。

 猛勉強を開始した頃のリンクスを思い出して、感傷に浸っている。


「子供の成長を喜ぶ母親みたいなリアクションはやめて欲しいな!?」


 生暖かい眼差しに背筋がむず痒くなる。

 リンクスは、問題集でシンシアの鬱陶しい視線を遮ってから話しかけた。


「今から第二案の構想を練るところだったんだけど、姫様も参加する?」

「いいの? ぜひ参加させてもらいたいわ」


 問題集からひょっこりと顔を出したシンシアは、エアの方へと顔を向け同意があるか確認する。そんな彼女の視線を受けたエアはにこりと笑って許可を出した。


「これが昨日考えたやつなんだけど、ヘレネちゃんを中心に――」


 リンクスはポケットから作戦案を書いた紙を取り出して、意気揚々と二人にも見やすいように広げたのだった。




 青と橙の混じり合う空の下、少しばかり早く練習を終えクラス全員で和気藹々と談笑しながら寮に戻る途中。

 大人数の最後尾にいるリンクスとシンシアは、差し迫っている期末試験について話し合っていた。


「いい? 貴女が最も苦手とする数学は、全クラス共通テストだから難易度は優しいはずよ。クラスで進行状況が違うから出題範囲が狭いの」

「あ〜だから優勝特典の加点は、他の赤点の可能性がある科目にしろって言ってたのか」

「そうよ。でも来年以降、数学分野は細分化され専門性が増して難しくなるからちゃんと勉強は続けるのよ?」

「はーい」


 シンシアはリンクスにあれやこれやと話しかけ、世話を焼くことが増えていた。

 原因は明白。例の新聞記事から噂が噂を呼び、生徒たちの過剰反応が続いている状態だからだ。

 最近では、教室を出ればバッシングに遭うと言っても過言ではないリンクスを心配し、表立って庇おうとする始末だ。

 もちろんそれは止めている。護衛対象に守られるなど、笑い話にもならない。


「はぁぁ……ほんとにお貴族さま達はスキャンダルとか相手を叩く材料が大好きだよね〜くだらな〜い」

「情報に敏感なことは悪いことでは無いけれど、信憑性がどれほどかしっかりと下調べしてから発言して欲しいわ」

「情報と言えば、姫様のターゲットになりそうな子は新しく見つかった?」

「いえ……」


 こちらも上手くは行っていないようだった。

 手紙の魔術士や侵入者の捜索、政略結婚への印象緩和作戦……全てが順調に進んでいない。

 二人はもどかしさに包まれる。

 ふと目線をシンシアから外し前方を見ると、一組の男女が映った。数年前から婚約関係になったという二人のクラスメイトだ。

 完全な政略結婚のわりに元から関係は悪くなかったが、シンシアがこっそりと二人をお膳立てしたのもあり、入学以前より距離が縮まったようだ。

 見つめ合い、笑い合う二人。

 醸し出す雰囲気は確かに友情とは違う。

 そんなを光景を見てリンクスはふと、思い出した。シンシアに聞いていなかったことを。

 リンクスはわざわざ立ち止まってから問いかける。


「そういえば聞き忘れてたんだけどさ〜」

「なにかしら?」


 風がタイミングよく止み、リンクスの声ははっきりと鮮明に伝わった。

 リンクスより数歩分前に出てしまったシンシアは、不思議そうに背後を振り返る。

 その視線の先にいた亜麻色髪の少女の口から、まさかの質問が繰り出された。


「姫様にとっての恋ってなに?」


 元から大きかった瑠璃色の瞳をさらに大きくして、時が止まったかのように動かなくなる。

 不意打ちの質問に、様々な文句がシンシアの脳裏をよぎる。だが、まずは目の前の少女の口から出た質問に答えるべきだ、とゆっくりと口を開いた。


「私にとっての恋は――罪」


「夢見ることしか許されない業」


 シンシアの瞳は、夕焼けのように物悲しげであった。


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