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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
三章
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8 愚者に魔術は扱えない


「はい、注目〜これよりクラス会議を始めまっす! ではまずは私から先に戦闘の秘訣を教えるよ。まずひと〜つ! 圧倒的な実力差がない限り、魔術対決は数がものを言うことが多いよ! 一般的に魔術士が同時に維持できる魔術の数には限りがあるからね」


 練習を見学した日から三日後、全員が放課後に予定が無いこの日にクラス一同は対抗戦に向けて会議を行なっていた。

 今日のリンクスはやる気に満ちているが、それはクラスメイト達もだ。注目を集める魔術対抗戦で恥をかくのは避けたい為か、皆真剣な顔で傾聴している。


「それからふた〜つ! 先手を取れると圧倒的に有利なので、魔術式は出来る限り短縮して早く撃て!」


 戦場での魔術の勝負において先行を取ることは、勝率を飛躍的に上げる。これは魔術対抗戦においても変わらない。


「戦闘の極意はこの辺で置いといて……昨日予告したとおり、今日は対抗戦の殲滅系統と防衛系統時の役割や決まりごとを決めたいと思いま〜す」

「どういうふうに振り分けるんだ?」

「得意な魔術を参考にバランス良く配置したいね。あとできれば偵察部隊的なのも作れると文句ない」

「こういった戦闘ではどのような魔術が強いんですの?」

「う〜ん」


 リンクスは過去の魔術戦を振り返る。

 混戦で特に避けたいのは――雷の魔術だ。

 雷属性には派生する性質があり、大人数の中一人にでも当たればその流れる雷の連鎖に巻き込まれて甚大な被害をもたらす。最小限で最大限の成果が得られる魔術属性。


「強いて言うなら雷が団体戦だと一番有利かな」


 すぐさま、リンクスの脳裏に一人の男の姿が思い浮かんだ。

 ――<雷帝>ヴロンディ・サザンクロス。

 雷の魔法士として名を馳せる魔術師団長の圧倒的な殲滅力の高さは、アルカディア王国の師団長の座に相応しい。


「そうあれは師団での訓練で――」


 リンクスは教室を凍りつかせてしまった昨日の反省を経て、実戦的な血生臭い話は持ち出さず師団での訓練の内容を主軸に対抗戦の定石を伝えていく。

 体験談を兼ねた説得力のある語りが響いたのか、わざわざメモまで取って熱心に話を聞くクラスメイト達に、リンクスは感心する。


 そう――ここまでは、この時までは順調だった。

 リンクスの言葉に素直に耳を貸す者ばかり、順調に今日の日程は進んでいき、全てうまくいっていたのだ。

 彼女はまだ気付いていなかった。自身がとある大事なことをすっかり忘れていることに。



 

「うん、今できる範囲では振り分けられたね」


  エアに班分けを黒板に書かせながら、リンクスは満足そうに頷いた。

 

「今日決めた約束ごとは次回の練習日までに覚えておいてね〜じゃあ、明後日からの実戦練習頑張っていこ〜! 解散!」

「「はーい」」


 全体会議は解散となり、残ったのはリンクスとエア――それからシンシアとスピサだった。

 エアはリンクスをリーダーに仕立て上げた為リンクスに手伝わされているが、他の二人は何故残っているのか。ましてやリンクス達の話し合いに積極的に入ってくるわけでもない。

 全体練習の予定表を組みながら、リンクスは首を傾げていた。

 そんな中、エアがまったく予想外のことを聞いてくる。


「そう言えば、メルクーリ嬢は期末試験の勉強はしているのかい?」


「………………きまつ、しけん?」


 宇宙を背負った猫のような顔をし、新出単語を知ったときのようにたどたどしく繰り返すリンクスに、シンシアが目を剥く。


「貴女……まさか、まったく勉強していないの?」

「え? どういうこと?」

「学期末ごとに試験をするのよ。その成績が悪いと単位を取れなかったり、休み期間に再試験をするのよ」

「えっ……ええぇぇぇぇっっ!」


 そう。リンクスがすっかり忘れていたこと。それは期末試験だった。

 休みに再試験なんてとてつもなく面倒だ。新事実に愕然としたリンクスは、思わず椅子から立ち上がってしまう。


「さては頭の中から抜けていたわね? 待って。嫌な予感がしてきたわ。リンさん、ノートと今日返された基礎科目の小テストを見せなさい」

「……はぁい」


 リンクスはしぶしぶと言った態度で、鞄から授業ノートを取り出した。それをシンシアが恐る恐る手に取り開く。

 リンクス以外の三人がノートを覗き込むとそこには――


「…………なにこれ」

「えへっ」


 そこには学園の教師達の似顔絵が描かれていた。絵の隣には教師達の魔力への感想が添えられている。

 シンシアがさらに頁をめくると、クラスメイトの似顔絵やクラブのメンバーの似顔絵が数ページに渡り描かれていた。

 デフォルメが効いたリンクスの可愛らしい絵を見たところで、シンシアの心情は癒されるどころか荒れてしまうが。


「あっ、貴女ねぇ〜〜!! お絵描きは、美術の時間だけにしなさいよっ……もうっ、このお馬鹿さんっ!」

「その次の頁あたりからは、結構授業のこと書いてるよ! お願い、私を信じてっ!」


 シンシアは訴えを無視した。世界で一番信じられないから。

 リンクスへの信用は、今は地に落ちている。

 次に、返却されたリンクスの小テストの結果を見る。するとシンシアは、眉間にしわを寄せ額に手を当てて動かなくなった。

 笑みが抑えられていないエアが、授業ノートをめくる役を変わる。それはもうノリノリだ。


「……ふふっ……ふっ、ダメだ!」

「…………」


 どの頁を見てだか堪えきれずに吹き出したエアは、リンクスから顔を思いっきり背ける。

 だがリンクスとしては、スピサのノーコメントの方が心をチクチクと刺激した。黙られる方がきつい。

 その目はまるで、「こりゃあ他国の皇子が分からないわけだ」と納得してるようにすら感じる。

 シンシアがすわった目をリンクスに向け言い放つ。


「――決めたわ。放課後、対抗戦の練習がない日は全部勉強よ。いえ……練習があっても、だわ!」

「え〜そんな〜〜」

「貴女、絶対にこのままだと試験で最下位よ! しかも大差をつけての、ねっ」

「実戦は一位で筆記最下位ってこと? なにそれ笑える」


 シンシアはリンクスの発言に「笑い事どころではないわ!」と叱咤し、威嚇しているような険しい顔になる。


「……貴女の魔術に対する自信は心底羨ましいわ。学力は羨ましくないけれど」

「そもそもさ〜育った環境が違うんだから、私に文学とか数学分野を期待するのが間違ってるよ。しかも順位を争うのはお貴族様達ばかりで、さらに国でも名門の学園だから魔術以外の授業も一流でしょ? 無理無理、これでも入学前に詰め込んだほう」


 リンクスの言葉通り、金を掛けて高度な教育が幼少期から施されてきた者達とそれ以外では開きがある。

 一応の試験はあるとはいえ、魔術部門による適正で入学した平民の生徒は苦労することが多い。学園長によるスカウト枠など特に、だ。

 座席の背もたれに体重を預け開き直るように語るリンクスに、エアが口を出す。


「だがそもそも――ただの愚者に魔術は扱えない。魔術はそんな簡単な学問ではないのだから」


 魔術とは精霊によって人間にもたらされた人外の知識。

 全てのものに魔力が宿ることはこの世の(ことわり)。その魔力を操ることで奇跡を起こす。

 精霊がこの世から去った今――魔術は精霊の遺産とも呼ばれている。それが魔術。


「戦闘知識は豊富なようだし、今は苦手意識があっても磨けば花開くかもしれないよ。君は魔術以外を勉強したいとは思わなかったのかい?」

「そこは適材適所かなって。私は魔術に専念して戦場で活躍する。机の上や他の分野でどれだけ優秀でも、戦場では役立たずなやつもいるし」

「まぁ蛇の道は蛇、とも言うけれど……猿も木から落ちるとも言うよ」


 探るような問いかけにリンクスが答えると、意味深な言葉が返ってきた。

 ニコリと笑うエアの心情は読み取れない。リンクスは嘘を見抜けても、こういった態度から真意を読み解くことはできなかった。

 喧嘩を売られたのなら買うか……と思ったが、エアの煽りに乗せられるのは癪に触る。

 リンクスが返す言葉を自身の頭から捻り出す前に、シンシアがリンクスを悟すように話し出す。


「この学園にいるうちは、他のことも身につけなさい。魔術師団では使わないような知識だって、思わぬところで貴女の人生をより豊かにしてくれるはずよ」

「姫様……」


 リンクスを想うシンシアの言葉に、エアのことはすっかり頭から抜けた。

 「その為にも」と前置きしたシンシアは、人形のように完璧に整った王族スマイルでリンクスに圧をかけた。


「筆記試験で赤点など、我が国の魔術師団の名折れです。この私がみっちり扱くと致しましょう」


 王族モードに切り替えたシンシアが、リンクスを青ざめさせるような宣言をした。じわじわと距離を詰めてくるシンシアにリンクスは仰反る。


「リンさん、お覚悟を」

「……はぁい」


 ――こうして、リンクスの勉学に励む日々が始まったのだった。


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