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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
三章
54/82

7 リンクスによる解説講座

 

 リンクスは渋々教壇に立つ。


「え〜、このクラスのリーダーになりましたリン・メルクーリで〜す。今回限りですがよろしくお願いしま〜す」

「リンさんもっとシャキッと頑張って」


 間延びした気だるげな声を、前に座る女子生徒にやれやれとした顔で指摘された。


「だってめんどぉ〜てか何すればいいの? 作戦立てるとか? ちょっといきなりは無理だよ〜」


 リンクスはパラパラと冊子を捲る。

 魔術師団の形式に似た魔術戦ならばそれを参考にすぐ組み立てられるだろうが、初見のものは無理だ。


「そういうと思ったさ。だからこの後、実際に戦う様を見に行く」

「先生それ早く言ってよ〜!」

「見学可能時間まで後少しあるんだ。それまで場を繋げ」

「いきなり無茶振りするじゃん……あ〜編成考えるのに使うから、みんなの得意な魔術を私に教えて。あと、この中で飛行魔術をほうき補助とか無しでそこそこ継続して使える人は手を挙げて〜」


 かつての自己紹介など覚えていないリンクスは、自身の冊子をメモがわりにして生徒達に回していく。そして質問に手を挙げたのはわずか数人。


「う〜ん、風属性の子は習得しやすいから絶対覚えといたほうがいいよ。センスに依存するけど使えると楽だし。それに実戦で飛行魔術使えないと人間なんて的だよ、ま・と」


 いつものおしゃべりの延長のような感覚で戦場を語ったリンクスに、教室は静まり返った。

 場の空気が凍る中、リンクスは呑気に次の言葉を口にする。


「あとは防御結界の習得状況を知りたいかな!」

「結界は最初に覚える魔術の代表みたいなもんだし、皆使えるだろう?」


 男子生徒が不思議そうにリンクスに尋ねる。


「結界はね、幅広いの。よく知らない人の為に説明すると――基本的な結界は、魔術士が一番最初に習得させられる魔術なのはそう。でも逆に、そっから先の発展には無頓着な人が多いんだ」


 逆に専門分野の人間になると、研究者同士による争いがはじまるほど奥の深い魔術だ。

 男子生徒の疑問に、リンクスは結界の魔術について詳しく解説していく。


「結界の魔術が創られる前のこと――座標に向かって放つだけだった当時の魔術では、動くものには当然避けられてしまいなかなか魔術を当てられなかった。でも、そんな不安定な時代は追尾術式の登場で変わる」


 人類は魔術の発展に身をやつした結果、魔術の終着地点となるものを追尾することが可能となり魔術の命中率は格段に上がった。

 だがそれは、魔術の着地するであろう場所から外れるだけで回避できたことがそれだけで済まなくなったということ。

 こちらに当たるまで追いかけてくる魔術なんて厄介極まりない。

 人々は考えた。これを防ぐにはどうすれば良いのかを。

 ――そして人間が考えたついたのは、身を守る盾だった。


「そこで作られたのが、結界の魔術でした〜。追尾術式は対象の身体じゃなくて魔力を追うから、結界に当たれば当たった判定が出るんだよね」


 リンクスの言葉に「追尾術式の弱点だな」と、イアトも肯定を示す。


「結界魔術は大雑把に分類するならば、反射と吸収の二種類の性質があるの。ちなみに反射より吸収の方が取り扱いは簡単なんだ。なんででしょう?」

「事故の起こしやすさからでは?」

「せいか〜い! 反射させた後の当たりどころまで計算するのっていきなりは難しいんだよね。それに反射させて意図せず何か壊して弁償請求がくるのは馬鹿らしいから、吸収型を私はお勧めしとくよ」

「リンさん……さてはやらかしたのですね?」


 女子生徒の言葉にリンクスの肩が明らかギクっと震え、教室は笑いに包まれた。

 誤魔化すようにリンクスは下手くそな咳払いをして、話しを元に戻す。


「え〜こっほん、実は吸収型はね! 属性別に作れるから尚更扱いやすいの! 例えば、姫様が適性のある土属性の結界を張るのと風属性の結界を張るのでは、かかる時間や消費魔力が変わってくるわけ。それからどの属性による攻撃を受けるかによって耐久性も変わるよ」

「同じ属性が良いんだっけ?」

「そうそう〜相殺するわけじゃないなら、攻撃と同じ属性の結界で防ぐのが良いの。まぁ今回は気にしないで。作りやすさ、スピード重視でいこう」


 リンクスはここで話を区切ると生徒達に背を向けた。チョークを持ち黒板に書き出していく。


「性質の話はここまでで、次は形の話をしよっか」


 リンクスは黒板に、説明を分かりやすくする為の図を書きあげた。さらさらと手際良く完成させた図を指差しながら説明する。


「一般的にまず最初に習得するのは、皆も使ってる一面だけを覆うタイプだね。この通称盾型は魔力消費の効率がいいし魔術式も短い。でも防御範囲が狭いから、広範囲攻撃に対しては役に立たないの。次に半球型、これは地面側以外が覆えて効率はそこそこ。まあ地上にいる時に使うことが多いよ。最後の球体型は完全な丸で足元もバッチリ覆ってる。ただし、この中だと魔力消費量やら魔術式の長さがネック」


 スラスラと魔術の説明をし切ったリンクスは「詠唱に時間を取られるのが魔術士の最大の弱点」と黒板に追記した。

 これこそ一長一短がありつつも、結局盾型のみ習得する者が多い由縁である。

 また、この結界の魔術の登場に対抗し魔術はより威力や規模の部分を伸ばす傾向になった。

 そこに戦争形態の変化。主流となった魔術対抗戦に掛けられる特殊な結界の登場により、影を薄くしていたのだ。


「まぁ他にも特殊な結界はあるけど今はいいや。命のやり取りがなくなった魔術対抗戦でも、結界はそこそこ有用ってことは伝えとくね」

「さて、そろそろ良い頃合いだろう。全員ついてこい」


 リンクスの解説講座が終わると、イアトはいきなり教室を出ようと身を翻す。生徒達は慌てて立ち上がり、その背を追いかけ始めたのだった。




「いいか、あまり騒ぐんじゃないぞ。時間は残りの授業時間いっぱいだ。静かに見学し、鐘が鳴ったらすぐ退出して帰れ」


 イアトは屋内競技場の扉の前で振り返り、忠告の言葉を告げた。特に女子生徒に。

 胡乱げな教師の言葉の意味は、すぐ知ることとなる。


「「「きゃぁぁ〜〜〜!!」」」


 扉を開けてすぐに聞こえた女子の黄色い悲鳴に嫌そうに顔を顰めるイアトに、リンクスは同情した。それほどにこのけたたましい声の圧が凄まじかったのだ。

 そして――


「ロ、ロティオン!?」


 リンクスは思わず名前を呼んでしまう。が、幸いにも女性陣の歓声に埋もれ、驚愕に発した声が目立つことはなかった。

 試合を注意深く観察すると、他にも見知った顔がいるようだ。


(ウンラン先輩とリノン先輩……それに、王子様もいるじゃん!)


 足早に見学の最前席へと向かう生徒を横目に、リンクスは試合の様子を遠見の魔術を用いて観察する。

 ロティオン側の生徒が青の腕章をし、リノン側の生徒が赤腕章をつけているようだ。どうやら赤組の方が少しだけ負けているらしい。

 ――戦闘の中心は、競技場の中央で二対二の攻防を繰り広げるリンクスの知人達であろう。

 王子とロティオン対ウンランとリノンによる戦いは、なかなかに面白い。

 どちらも手数重視の戦法で、魔術の残滓が消えるのが追いつかないほどの高速戦闘になっている。戦闘の激しさで舞った砂埃のおかげで少々視界不良だ。

 リンクスはその戦闘を見つつ、少し離れたところにいるスピサへ忍び足で近づく。そして一人静かに対戦を見ている彼の背中へ身を潜ませた。

 背後の気配にギョッとして固まるスピサをスルーして、リンクスは片目だけスピサの背から出し試合の様子を観察する。


「………………なぜ、隠れているんです?」

「気まずいからかな。直属の上司ではないけど挨拶すべきかな、とか考えるじゃん? 見つかりたくないけども、先輩たちのことは近くで応援したい……じゃあ隠れながらしようかなって」

「誰かの後ろではなく、観客席の後ろに隠れても良いのでは……?」

「そう思うじゃん? 実は視覚的に見えていないところから視線や魔力を感じると、すごい違和感があるんだよね〜第三の隊長はその辺過敏だから、気配を断つより他の人間に馴染ませる方が見つかりづらいんだよ」


 リンクスの魔力は唯一無二と言っていい個性的な魔力をしている。工夫を凝らさなければロティオンにはすぐさま見破られるはずだ。

 距離としてはそこそこ離れており人の多さも味方しているが、感知能力が異常に高いロティオンから紛れられるかは五分五分と言ったところだろう。


「……また、勘違いされてしまいますよ」


 スピサは朝もこのように、居心地の悪そうな顔をしていた気がする。そして今思えば接触を避けられていた。

 考えられる理由は明確。

 リンクスはその原因が新聞にあることを悟る、が……


「新聞のこと? 盾にするのに勘違いもなくない?」

「いえ……分からないなら大丈夫です」


 察せられたのはそこまでだった。

 心底分からないという顔のリンクスに、諦めたような悟ったような顔になるスピサ。

 そんな彼を放置し、リンクスは改めて練習試合の観察に移る。試合はすでに後半戦と言っても過言ではない様相をしていた。


「おやおや……もしかして結構終盤? 結界の外に退出してる生徒が結構いるね」

「試合展開が早いだけでは? <深潭>のいる魔術戦で生き残り続けるのは、ウラノス魔術学園の生徒といえど難しいでしょう」

「そうかもね。第三の隊長は集団戦も得意だし」


 魔術戦では数えきれないほど多岐にわたる対戦方法が存在するが、やはりシンプルに真正面からぶつかりあう一対一の戦いが一番望ましい。

 これは完全にリンクスの好みの問題だが。


「まぁ、あの人本気出してないけどね」

「――魔法を使っていないから、ですか?」


 また口を滑らせた。

 ロティオンに怒られる項目が増えかけている。そのことに気付いたリンクスは、挽回の為に必死に脳をフル回転させた。


「う、うんっ任務の時に見たことがあってねっ守秘義務があるから話せないんだけどね!」

「いえ、魔法の詳細を尋ねることはマナー違反なので構いません…………貴女は<深潭>とは親しいのですか? お詳しいようですが」

「いや〜! 交流が少しある感じだけどっ、私はどちらかというと第五の隊長とかの方が親しいかな!?」


 挙動不審に目を彷徨わせる。唯一救いなのは、リンクスがスピサの背後をとっているので互いの表情までは分からないことだ。

 リンクスはどうにか話を逸らそうと、白熱するロティオン達の様子を過剰に実況する。


「おっリノン先輩の魔力弾、結構仕事してるね! ウンラン先輩の雷でロティオン隊長の水対策も完備〜っ」


 ロティオンの主属性は水。

 水は万能属性と言われるほど多種多様な魔術があるが、逆に特化していないとも言う。

 また少しランクの下がる魔術であっても、水属性は雷属性だと相殺しやすい性質がある為、この場でウンランが雷の魔術を選んだのは適切な選択だ。

 おまけに炎の魔力弾を、適宜起爆させ相手を撹乱している。


「あの数の魔力弾を捌くのに一手使わされているからこそ、状況が均衡しているんでしょう」


 スピサの解説通り、リノンは絶え間なく魔力弾を撃つことに全力を出している。

 魔力弾は、一定時間経つと圧縮した魔力の塊が爆発するという魔術だ。爆発時間や威力、属性を変えたものを一気に撃つことで面白い遊びもできる。

 シンプルだが、高性能な魔術。当たれば確実に、魔術対抗戦の特殊な結界の耐久を減らすことだろう。

 目の前の戦闘に興奮してか、リンクスは饒舌に語り出す。


「王子が自分で盾を出せるなら、ロティオン隊長も派手に攻撃すればいいのにね? でも負ける姿も見てみたいかも〜! まぁどうせ場を盛り上げる為のお遊びだろうから、決着着かずで終わる気がするけど」


 観衆の視線は一箇所に集まっているようだが、周りの生徒もただ隠れているだけではない。遮蔽物を利用し周囲に溶け込んだ生徒達は、魔術で少しずつ互いを炙り出しては仕留めていく。

 強者を強者で足止めし、その間に戦局を決める。互いにこの作戦で動いていたのだろう。


「青組は右のエリアを先に占領出来たのが良かったね。あそこなら遮蔽物があって隠れやすいし、先手を取って遠隔魔術で一方的に蹴散らせる本番ここだったら楽勝」

「この戦場に当たると思いますか?」

「思わないね。だってカンニングじゃんこんなの」


 学園長がガッツリ携わっている企画で、新鮮な驚きが減るようなことは極力しないだろう。

 ――それに何より、クロエがこんなにも簡単な戦場にリンクスを立たせるなんて到底思えない。

 クロエもリンクスに負けず劣らずの、楽しいこと好きなのだから。


「ここに来てないクラス同士の初戦あたりならこの戦場を使いそうかな。難しいルールも無さそうで初心者向けだし」


 そんな話をしている間にも試合の状況は変わっていく。

 赤組で残っていた生徒が相打ちとなり退場……赤腕章の生徒が、中央の二人しかいなくなった。


「あ〜あ〜もう終わりか。ちょっと本格的にやってくれたらいいのにな。それにどちらかというと、もっと難しいステージでの戦闘が見たかった。てか、みんな真ん中ばっかに夢中で、見学の意味無いよ」

「地味に頑張っていた周囲には目もくれてませんね……まぁ、注目が中央に向いてしまうのは仕方ないかと」


 そして、状況を察したロティオンが決着をつける為に上級魔術を同時展開しようと動いた瞬間、試合終了の合図が鳴ったのだった。


「参考になったかはともかく、いかにも魔術使ってますって感じの映える試合だったね〜ギャラリーの盛り上がりが凄かった」


 リンクスは緩い拍手を打ちながら雑な感想を呟いた。

 声とか枯れないのだろうか? とリンクスははしゃぐ女達の悲鳴のような声を聞きながら考えていると、スピサが気になる発言をする。


「まぁ、八法士と王子二人がいる対決ですし」


「…………ん? おうじが、ふたり?」


 聞き捨てならない単語が聞こえた気がする。


「ウンラン先輩は、リィンメン皇国の皇子殿下ですよ。知らなかったんですか?」


 意外そうな眼差しがリンクスに突き刺さる。思わずスピサの制服の上着を握りしめて驚嘆の声を上げた。


「しっ知らなかった! え〜うっそぉ、ちょっと良いとこ出のぼっちゃんぐらいかと!」


 ちょっとどころではない。大分だ。

 身分は高そうだった。それはリンクスにも分かっていたのだ。

 リンクスは、なぜかこちらへ近づいてきている練習試合終わりの先輩達に向かって叫ぶ。


「ウンラン先輩皇子様だったの!? 初耳なんだけど! 聞いてなかったんだけど!」

「くっふふ、ようやく気付いたのか。二ヶ月近くも気付かんとは思わんかった……ふっ」

「えっ? まさか本気で気付いてなかったの? 知った上であの態度だったのかと……流石はリンちゃん、そこら辺の察しが悪いね……ぷっ」

「二人ともめっちゃ笑うじゃん……」


 二人に笑われっぱなしなのは、もう仕方ない。今回は流石にリンクスが鈍感すぎたのだから。

 呆然とするしかないリンクスに、ウンランは至極楽しそうだ。

 皇子は漆黒の髪を靡かせ、胸を張って名乗った。


「……ふっ、改めて挨拶をしようか。――性はホォン、名はウンラン。リィンメイ皇国現皇帝の子の一人だ。今後ともよろしく」


 そう言って、エメラルドの瞳を細め流麗に笑った。


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