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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
三章
53/82

6 交渉弱々リンクス


「では、一学期の締めくくりである次回の魔術対抗戦について説明するぞ」


 イアトの声に教室にいた生徒達は、すぐさま顔を教壇へと向けた。


「数日間かけて行われる期末の対抗戦は、この学園の真骨頂ともいうべきもの。当然相応の規模で執り行われる。今回のクラス対抗は、クラス対抗――団体戦だ」


 三学期制の学園で行われる最初の魔術対抗戦は、三日かけて行われる一大行事だ。

 少数ではあるが外部の魔術士も呼び披露される。招待される魔術士は魔術師団や地方の魔術研究所の者達で。

 つまり魔術対抗戦は、スカウトのきっかけとなる場でもあるのだ。

 一学年全八組によるトーナメント。それが今回の魔術対抗戦だ。


「――まず言いたいことは、全力で勝ちに行け。優勝した組の生徒には、漏れなく大きな加点がされる。しかも好きな単位に、だ。つまり――なんでも一つ、落単を免れることができる!」


「「おおぉぉぉぉ!!」」


 苦手な科目がある生徒達は、雄叫びをあげたり手を叩いたりと全力で喜んだ。もちろんリンクスも。

 割とノリのいい生徒がここには多いせいか、イアトの説明もいつもより溌剌としている。


「そしてさらに、優勝したクラスには豪華ディナーも予定されている。このように単位を落とす心配がない奴にもちゃんと褒美は用意されているし、他にも色々と得があるから気合いを入れて臨んでくれ」


 単位の心配がない生徒にも褒美になるようなものはいくつかあるようだ。そもそも優勝すること自体が、最高の名誉を手にしたようなものだろう。


「学年ごとに試合は行われ、開催エリアが毎回異なるのが一つの特徴だ……が、この魔術対抗戦にはとても厄介なことがある。それは学園長の存在だ。学園長は自身の魔法を隠さない主義だから全員知ってると思うが……彼女にとって、建築物を作ることなんて容易いこと。そのおかげで毎年会場が一新されるようになった」


 <創造>――この二つ名は伊達じゃない。

 彼女が就任してから、この対抗戦の難易度は格段に上がった。なにせ、用意はクロエの魔力のみ。それだけで舞台などいくらでも作れてしまうのだから。

 それをいいことに、少量の障害物が設置されている平地で戦うだけであった団体戦が、数十種類の異なる環境で戦略を持って攻略させられることになった。


「加えて学園長は、地形ごとに既存のルールを増やしたり減らしたりとやりたい放題。生徒も教師もこの時期はてんやわんやの大騒ぎだ」


 イアトは疲労を滲ませた吐息をこぼす。

 ポイント制や魔道具の使用許可が追加され複雑化したり、あるいは森林エリアでの火の魔術、運動場での飛行魔術は禁止したりとまともな制限が課せられた。

 障害物が設置されている平地で戦うだけであった団体戦が、数十種類の異なる環境で戦略を持って攻略させられることになった。


「先生ーなんでこんなにも大掛かりになったんですか? いくら学園長がすごい人だからって、先生方に反対されれば変わらなかったのでは?」

「最初に学園長が『対抗戦をもっと豪華にします』なんて言い出したときは教員全員で反対したものだが……対抗戦の会場設営やらに掛かっていたお金を研究支援費用として給料に回すなんて言われたら……なぁ?」


 それは悪い男の笑みだった。


「うわぁ……」

「お金に弱い大人達だ」


 引きつった鳴き声をあげてフリーズした生徒に代わって、リンクスがずけずけと言い放つ。

 だが、イアトはそんな言葉で動じるような人ではない。リンクス達を無視して話を続ける。


「場所が変わればルールも変わる……それを覚えておかないと、後々後悔するハメになるからな。では、今から配る紙には地形ごとの細かなルールが載っているから作戦を立てるのに役立てることだ」


 全て配り終えると冊子のようになった配布物に、リンクスは唖然とする。


(ルール……覚えられるかな?)


 リンクスが想像していたよりも頁数が多かった。だが、本番はもう既に一ヶ月を切っている。

 今のリンクスのやる気はまずまずだが、持続しない可能性も高い。今のうちにさっさと覚えてしまおうと熟読し始めた。


「基本的にこの対抗戦は、私たち教師は聞かれたことには答えるが、指示は一切しない。ここからは生徒同士で頑張れ。何か質問ある奴いるか?」

「は〜い!」


 リンクスは階段教室の一番後ろの席から、勢いよく手を挙げてイアトにアピールした。


「お前が質問するなんて珍しいな、リンクス。なんだ?」

「このステージの相手が守ってる塔を制圧するやつって、塔自体を壊してもクリアしたことになりますか? 注意書きに書いてないってことは、壊したら制したことになりますよね?」

「普通に制圧しろ、と言いたいところだが……確かに塔を壊すなとは記載されてないな。その方法でもいいんじゃないか」

「先生! ダメに決まってますでしょ!」


 シンシアが思わず口を挟んだ。

 合わせると危険な二人は、いつ爆弾発言するか分からないので気が抜けない。


「イアト先生ー! 冗談でもメルクーリちゃんに変なこと吹き込んじゃダメだって! 常識力低めなんだから」

「そうそうっ」


 クラスメイトの自分への認識にぐうの音も出ない。リンクスは悔し紛れに反論を開始する。


「でもこのクラスではっ、私が一番魔術戦の経験があるから! 戦闘知識はあるんだから!」

「まぁ確かに、魔術師団に在籍してるわけだし……肩書きだけならエリート」

「誰だ今肩書きだけって言ったやつ〜!」


 リンクスは前方から聞こえたクラスメイトの発言に噛みつく。笑いに包まれた教室の雰囲気は完全に緩んでいた。

 そんなクラスに、澄んだ男の声が響く。


「――ではその証明の為にも、彼女に我がクラスを導いてもらうというのはどうだろうか?」

「…………ん?」


 リンクスの一つ前の席に座る生徒から、思わぬ提案がもたらされた。

 発言者はエア・アプスー。一応この国の南方に位置するカルデア王国のお貴族様らしい彼は、留学生という身分でありながらとてもこの国に馴染んでおり、このクラスでも目立つ存在だ。

 そして、リンクスが一番怪しんでいる「手紙の魔術士」候補者でもある。

 彼とリンクスに一同の視線が向いた。


「学園長が見つけてきた逸材。しかも、魔術師団に所属している彼女を作戦立案の中心に添えるというのは、僕達が勝利する可能性を高めてくれると思うんだ」


 エアの声は聞き馴染みが良い。そのせいかクラス全体がどんどん傾聴姿勢になってしまった。

 何人かの生徒は既にうんうん、と頷きあっている。

 とんでもなく嫌な予感が、リンクスを襲う。


「どうかな? メルクーリ嬢。このクラスは実践経験の乏しい生徒が多いし、君が中心に立つというのが適任ではないかと思うんだよね」

「わ、私そういうのはちょっと……前線に行かないといけなくて……対決したい人達がいるから、無理!」


 そう。魔術対抗戦という派手な舞台での対決こそ、シンシア達との密談で話した――リンクスの汚名返上の足掛かりだ。




 * * *




「決勝戦でド派手な戦いを見せて、魔術士としての格を思い知らせればいい!」


「……決勝戦の舞台で」

「どっ、ド派手な戦い?」

「え? 戦って……?」


 複数の疑うような言葉が繰り出された。リンクスは説明を求められる。


「つ・ま・り! とっても目立つ場所で、私とロギアくん・ペトラちゃんペアが真っ向勝負するの! 媚を売りたい相手を本気で倒そうとする者なんていないでしょ。それに真剣に戦う様を見せれば、み〜んな分かってくれるよ」


 リンクスとペトラ達が当たるのは決勝戦となる確率が高い。

 完全ランダムで決まるといえど、初戦からオリエンテーションの上位陣が戦うことは無いからだ。この暗黙の了解を、リンクスは魔術戦クラブの先輩から聞き覚えていた。

 だから決勝の舞台で、なのだ。

 一ミリも自分が途中で負ける想像がつかないリンクスは、自信満々にこの脳筋な作戦を立てた。

 ――実力で分からせる、という。

 流石は魔術師団内で狂戦士と渾名されるやつの考えだ。ロティオンが聞いていたら青筋を立てていただろう。


「たしかにそれなら、不埒だとか男好きだとかの悪評は薄くなるかもだけど、それだけでは……なにか別の悪評が付きそうな気もするわね……」

「はぁ……なんでも戦って証明する癖は直せ。だが今回に限ってはアリだな。今のリンクスには明確な結果が欲しい――周囲を黙らせ下に見られないほどの強さの証明が」


 戸惑うシンシアとは違い、ロギアはリンクスの案に賛成を示す。


「それに試合で活躍すれば優勝せずとも個人表彰の機会がある。そこでは一言求められるようだし、リン・メルクーリという人間が色恋沙汰とは無縁な者だと証明も出来る絶好の機会だな」

「無縁なのはその通りなんだけど、なんかその言い方だと、私モテないみたいじゃん……」

「実際色気より食い気のリンさんが恋人を作る姿なんて想像できないわ。日頃の貴女を少しでも知れば分かることよ」


 シンシアが正論を放つ。

 非公式の「付き合いたい隊長ランキング」での最下位争いの理由がここで判明してしまうとは思わなかった。


(色恋とは無縁の女だと思われていたのか……)


「あのっ、でもでも、リンさんの作戦? はわたしも良いと思います! 新聞クラブって所詮は学内のクラブでしかないし、支持があるわけではないですからっ」


 黄昏ているリンクスをペトラが懸命に励まそうとする。軌道修正を図る彼女にシンシアも乗っかった。


「一部からは壮絶に嫌われている新聞部よりも大きな影響力を持つところで正々堂々と勝負を仕掛ける、って考えると……リンさんが考えた割には、まともな作戦ね? うんうんっ」

「ちょっとこの間のこと引きずってる?」

「なんのことかしら?」


 勝手に狭間に、しかもシンシアを残して行ったことに対する嫌味な気がする。

 報連相は仕事以外でも大事。リンクスはまた一つ学びを得たのだった――。

 



 * * *




 ――というやり取りがあって、今。


「私ってば、前線でガンガン行きたいタイプだしね! 難しいこと考えるのは得意じゃないよ」

「ははっ、随分好戦的だね。では、指揮官だけならどうだろう? 指揮官ならば前線に出ることは不思議ではない。作戦は事前に皆で決めておいて、舞台が決まったタイミングで君がその中から最善策を選択する。あとは各自作戦に沿って行動。それなら、本番では君の好きなように行動できるよ?」

(私が口出しできる範囲が広がることは、悪いことじゃない。姫様を守りが手厚い場所に置いておけるから、影の人間が干渉しづらい対抗戦中の動向を掌握出来る立場は好都合)


 指揮官とは、部隊を直接率いる者だ。リンクスのいつもの役職に近い。

 それにこのやり方ならば、立場を利用し全ての試合でシンシアと行動を共にすることだって可能だろう。

 だが、負担も大きい。生来のめんどくさがりが顔を出し始める。


「……作戦失敗したら?」

「誰かが途中で負けて離脱してしまっても、メルクーリ嬢ならその穴を埋めることができるはずだ。授業でもときどき垣間見える君の魔術技能は、とても洗練されていた。君のレベルについていける生徒など、極僅かだろう」

「……」


 よく回る口だ。揺れ動いていた気持ちが傾きかけているリンクスに追い打ちをかける。


「なにより部隊の士気を左右する立場には力のある魔術士が相応しい。逆境を全て跳ね返してくれるような、どんな不利な状況も覆してくれるような強さが君にはある」

「…………分かった。いいよ」


 リンクスはエアの追撃に、早々に落ちてしまった。

 魔術士としての実力を褒められるのには弱い。口角が上がってしまいそうになるのを抑えて、キリッとした顔を作る。


「おっリンクスがリーダーか。すんなり決まったな」

「うん? リーダー?」

「一頁目をすっ飛ばして読んだな……クラスごとに作戦指揮官という名目のリーダーを立てるんだよ。集団が一致団結するには旗印となる存在は不可欠だ。あと表彰時の代表も。三学年もあるんだから、全員に賞状渡してたら時間かかるだろ?」

「うっそぉ…………」


 ――今回限りは目立ってなんぼだからいいけど、来年は絶対やらない!

 リンクスはそう固く心に誓った。


「頑張れよ。じゃあ前に出て挨拶でもするか?」

「うん。いや別に挨拶は……はい、分かったよ」


 イアトの応援の声に返事をしつつ挨拶は断ろうとするリンクスだったが、周りに促されてしまいゆったりとした足取りで向かう。

 リンクスが歩いている通り道の生徒達からも声援を送られる。時には無言で肩を慰めるようにポンと叩かれた。

 そうして前方に座っていたシンシアの横を通った時――


「貴女交渉に弱すぎるのではなくて?」

「ひーん」


体育祭実行委員に推薦で決まったかんじ……

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