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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
三章
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4 大切なことは


「メルクーリさん達、おしゃべりは後にして下さいね。今は練習の時間です」

「うげっバレたか。しょうがない、練習始めよっか。まずは簡単なおさらいから」

「はっ、はいっ。よろしくお願いします!」

「あはは、さっきから緊張しすぎじゃない? ほら、余計な力を抜いて、手はもっとこっち」


 教師に雑談しているのが見つかったリンクスは、お喋りを止めて真面目に指導をし始める。固まっているノエの手を自然な動作で取り、スッと身体を引き寄せた。

 急に距離が近づいたことに動揺して動きがぎこちなくなるノエに、リンクスはくすりと微笑む。少女からの至近距離の笑みに少年は頬を桃色に染めた。

 シンシアが好むようなロマンス小説とは乙女と紳士の立場が逆転している構図だ。側から見ると滑稽にも見えるかもしれない。

 そのままリンクスは、ノエに合わせてゆっくりと動き始めた。


「ちょっとちょっと、息は止めちゃダメだよ。はい、深呼吸! 吸ってぇ〜吐いて〜」

「すぅ……はぁぁ」


 緊張から思わず息を止めたノエは、リンクスの指示通り呼吸を再開した。

 リンクスは、平常心を取り戻した様子を確認するとパートナーの癖を指摘する。


「ワンコくんはまず足元ばかり見過ぎだね」

「う、すみません」

「謝らないでいいよ〜それよりも、できる限り相手と顔を合わせるようにして。私達が今しているのは社交の為のダンス。綺麗に踊ることだけに囚われないで」


 競技ダンスとは違うのだ。技術不足を気負う必要などどこにもない。どちらかと言うと、話術を磨く方が社交場では必要である。

 自分の普段の振る舞いのことは棚に上げて、この国での社交の極意を伝授していく。

 ある程度基本を復習(さら)うと軽やかなステップに移ったリンクスに、辿々しさが残るノエが懸命についていく。


「踊っている時は、みっ見つめ合い続けないといけないんですか?」

「別にずっと相手と見つめ合えってわけじゃないよ〜ダンスで大事なことは、パートナーを尊重すること。顔を見ろって言ったのも、例えばお相手が疲れてるっぽいしゆっくり動こうかな? 休ませようかな? とかの判断に役立つからだよ」


 リンクスの心情としては、完璧な足運びよりも相手を思いやる心こそが重要だと考えている。これはあくまで交流の為の踊り。

 だからこそ、相手の観察が大切になってくるのだ。


「ねぇ、ノエくん知ってた? このダンスって、民衆の間で行われていたダンスが元になってるんだよ」

「えっ……知りませんでした。てっきり貴族文化発祥だと……」

「ふふんっ歴史の中で物事って簡単に移り変わるからね。一般市民よりも貴族に根付いたってだけなんだけど、そう勘違いしてる人は多いよ。まぁこの授業にそんな知識は要らないんだけどさ」


 この授業は特にテストもないらしいので、知識だって技術だって二の次でいい。恥をかかない程度に踊れればそれでいいのだ。

 何をするにも一番大切なのは――楽しむこと。


「とりあえず、な〜んも難しいことは考えずに楽しく踊ろ?」


 タンッと小気味の良い靴音が鳴る。勢いよくターンをしてから、リンクスは飾りのない笑みで笑いかけた。

 そのままダンスに関する雑学から魔術の話まで、豊富に話題を広げていく。

 緊張も大分薄れてきたのか、ノエの身体の動かし方に固さが無くなってきた。


「……うんうん、よくなってきたよ」


 その後も、飽き性のリンクスとしては珍しく指導を続けた。

 ノエの必死に踊るその姿に、リンクスは今の状況と同じようにダンスを教えた人のことを思い出し機嫌良くステップを踏んだ。




「……左、右、左、ターン! はい、一旦終了。うんうん、やっぱり授業二ヶ月分は無駄になってないよ〜ちゃんとついて来れてる!」

「は、はいっ……」


 踊らされ続けたノエは息も絶え絶えだ。リンクスの方には息の乱れている様子は欠片もないが。

 するとそこへ、社交ダンスの教師がやってくる。目を伏せ悲しげな様子でリンクスに話しかけきた。


「リンクスさん、貴女真剣に人へ教えることも出来たのね……授業の時は男性パートを勝手に踊り出したり、魔術を使いながら踊ろうとしたりで、いつも不真面目だったのに……先生悲しいわ」

「ごめんって、せんせ〜今日は真面目にやるよ」

「では他の子の様子も見てくれる? それで清算ということにしてあげるからお願いね。私は一回後ろの子達を見てくるから」

「うっわ乗せられた」


 悲壮な顔に騙された。なんて教師だ。

 一応任されてしまった為、リンクス達は少し離れたところで練習しているぎこちない動きの集団のところへ赴くことにする。

 そこまでノエと二人で歩きだそうとすると、ヒソヒソとこちらを見ながら話す女性達な声が聞こえてきた。


「あれが例の彼女よ」

「今度はメイガスキオン商会の子息に手を出そうとしてるの? わたくしには到底真似できない積極さだわ」

「今度は誰のところに行くのでしょうね? 学園の中であっても、身の程にあった行動を取るべきだと気づかれないのかしら?」


 どうやらまた珍獣に出会ってしまったらしい。リンクスは気にする素振りなぞ見せず淡々と歩いていく。

 恐らく彼女達は、リンクス達にわざと届くように言ったのだろうが相手にすることはない。


「あのっメルクーリさんが親切でお教えくださったことは分かっています。えっと……」


 その悪口が聞こえてしまったらしいノエが気にして、リンクスを気遣う言葉をかける。


「……? あぁ、さっきの人達の言葉を気にして心配してくれてる? 私は気にしてないから大丈夫だよ〜」

「ですが……」


 ダンスを始めた時よりも強張ったノエの表情を見たリンクスは怪訝に思う。努めて明るい声を出すリンクスに、少年の眉は悲しげに下がったままだった。

 だが、リンクスは本当に気にしていない。


 ――そこらにいるどうでもいい人間の言葉なんて、気にする価値が無いのだから。


 それよりも、疲労を滲ませながらも晴れやかだったノエの顔が曇っていることの方がリンクスは気になった。だから言う。


「――有象無象の他人の言葉に、自分の価値を奪われることは、絶対にありえないよ。だから安心して? 私、とっても強いから」


 ノエは自信満々に言い切ったリンクスの表情に息を呑んだ。傲慢とも思える言葉には絶対の自信が伺える。


「あなたは、本当に強いですね……」


 他人からの評価に意味はなく、自分自身が出した己の価値だけをみている。

 そんな、あまりにも強い少女の心に揺れ動かされたノエは、心底感心したとでもいうような声を出す。


「あの……ぼく、魔術がちょっと得意なだけで、他に誇れるようなところが無いんです。でも、出る杭は打たれるものでしょう? どうしたら、あなたみたいに自信が持てますか?」


 その言葉は実感がこもっていた。過去に今のリンクスのような経験があったのかもしれない。

 そんなノエに、リンクスは不敵な笑みを見せた。


「結局は実践が大事だとは思うけど……まずは脳内でボッコボコにすると良いよ! 打たれたら打ち返しにいく姿勢を養うことが大事っ。それにほら――想像の中の自分は、いつだって無敵だし」


「ボッコボコ…………ふっ、ふふ……そうですね、心の中でならやり返したってなんの問題にもなりません。ふふっ無敵です!」


 リンクスの過激な言葉に、堪えきれない笑い声と明るい表情がもたらされた。


「あんな女達すぐに捻り潰せるけど、本当にやったら怒られるから頭の中だけでやるんだよ?」


 本当にやったことのある女の言葉は説得力がある。リンクスの忠告が実体験からくるとは思ってもいないノエは、くすくすと笑っているが……実際は笑えない話である。


「出来ませんよ……ふふっ、あなたのような勇敢さはありませんから。でもメルクーリさんの勇ましい話はもっとありそうですね」

「ふふん。まぁね! いっぱいあるよ〜」


 リンクスの勇敢過ぎるエピソードの披露に、ノエは終始楽しげだ。


「あっリンちゃん! ……なんの話をしてたの?」


 二人の楽しげな様子に何があったのか不思議なのだろう。近づいてきた二人に、エレナは首を傾げている。


「う〜ん、秘密! ……ね?」

「はいっ秘密です」


 人差し指を口元に運びウインクをするリンクスに、ノエも真似して指先を唇にそっと添えた。




 その後、リンクスは教師の指示通りにダンスの得意でない生徒への指導の為共に踊り続けた。ほとんど休むことなく……いや、正確には休めなかった。

 リンクスは男性パートも踊れるおかげか、女性陣からのヘルプの声も多くかかったからだ。

 ここにいる生徒は平民ばかりなせいか、リンクスに対する忌避はないことにも拍車がかかった。というよりも、ここで練習する生徒達は皆どこか焦っていてそれどころではないようだ。

 リンクスは現在共に踊っているエレナに尋ねる。


「エレナちゃん、私が忘れてるだけでテストあったっけ? なんかいつもの授業よりやる気を感じるんだけど」

「ダンスのこと? テストは無いけど……終業式の後に小規模なパーティが開かれるから、それに向けて頑張ってるんだと思うよ」

「へ〜そうだったのか」


 エレナの幼馴染は先ほど友人達に呼ばれて行ってしまった。なので、今は二曲分通して彼女と踊っても文句は言われないだろう。

 このホールにかかっていた曲がループしても、相手を変えずエレナとぶっ続けで踊る。


「うん? でも例年通りなら皆分かってたんじゃないの?」

「それがねっ去年までは立食パーティだったらしいんだけど、今年から食事は少なくしてダンスをメインにしたらしいよ!」

「傍迷惑な。絶対ご馳走様食べる方がいいよ」

「あはは……でも、毎年料理をふんだんに作っても、話すことに夢中になったり遠慮したりで、料理が残ってたんだって。だからメインを変えたみたい」

「そういうことか〜それなら納得。貴族のパーティで料理が完食されてることってほぼないし」


 宴会が終わってから戻ると豪勢な料理がまだ残っていた、だなんてよくあることだ。

 外国だともっと料理が減らないと聞いたリンクスは、この国を選んで良かったとしみじみ思ったのが懐かしい。

 王宮では、残った料理は使用人が食べていいことになっている為、残飯の取り合いが行われている。

 一番人気のメニューは、この国で一番有名なパティシエが作ったチョコケーキだ。リンクスも気に入っている。

 その数少ない残ったケーキをめぐり血眼で争う人達を見て、「うわぁ……」と言ってしまったのはしょうがないことだとリンクスは思う。実に不毛な争いだった。


「お、王宮の宴会か〜! 凄いんだろうなぁ……」

「無駄に豪華でめんどいだけだよ……」


 王宮の宴会というワードで、二人は正反対の反応をする。

 リンクスは虚無な目をしつつも足運びは振れず正確だ。エレナも緊張がほぐれているのか、リンクスのつま先を踏むことなくターンも成功させた。


「うんうん、いい調子。授業でもときどき間違えるくらいで踊れてるんだから、緊張しなければいいんだよ」

「そうなんだけどねぇ〜……まぁでも、踊らないかもしれないしな」

「幼馴染くんと?」

「……っ!!」


 リンクスが相手を言い当てると、不意を突かれたエレナの動きが鈍くなった。

 慌てた為に足がもつれかけたが、リンクスがすっと余裕で立て直す。

 完全にダンスは止まってしまったが、それよりも――


「な、名前出してないのになんで!?」

「流石に私でも分かるよ〜エレナちゃんって、男子生徒の話題は幼馴染くんのこと以外あまりしないもん。魔力もほわほわしてるし。……誘われるといいね」


 リンクスがニコッと笑うと、エレナも照れくさそうな笑みで返した。


本編には名誉のために書きませんが、リンクスは厚底の靴を履いています。師団の制服でも底の分厚めなブーツです。

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