2 恋とはなにか?
「ねぇ姫様。私はどう動けばいい?」
「とりあえず早めの謝罪と弁解かしら。これが発行されたのが昨日の朝……ペトラさんはすでに知っている可能性が高いけど、時間的に今謝罪に行くのは失礼だわ」
シンシアは、新聞クラブの動向を細かくチェックしていなかったことで、発見が遅れてしまったことを悔やむ。
自分が気を配っていれば発行前に気づけたかもしれない……と落ち込むシンシアに、リンクスは明るく声を掛けた。
「やっぱさ〜私が呼び出したりとかはしないほうがいいと思うんだよね〜姫様に借りた本の中だと、呼び出しって絶対事故起こるんだもん。状況悪化しそうじゃない?」
「え、えぇ。そうね」
「だよね〜じゃあ姫様、セッティングは任せたよ」
「…………えっ?」
シンシアは、口元へ持ってきていたカップを落としかけた。危うく制服を汚しかけたがどうにか持ち直し、ソーサーの上にカップをそっと置く。
「わ、たくしが……?」
「そうだよ。今回に関しては姫様が動いた方がいいでしょ……姫様が呼び出せば絶対来るじゃん」
「確かに……はぁー、まさか王女の私が呼び出し役なんてね。小説なら絶対悪役の登場人物ね」
ため息を吐きながら発言するシンシアだったが、言葉とは裏腹にほんの少し楽しげな雰囲気を醸し始める。
「あっ、そういえば新しいターゲットは見つかった?」
「それが収穫祭の影響もあってなかなか……でも、収穫祭で成就したカップルが例年よりも多いらしいの。貴女の存在のおかげかもね。やはり、危機感は人間を動かすのよ」
「お〜よかったね〜」
身体を張って告白スポット――『カリンの木の下』を守り抜いた甲斐がある。
リンクスが「あっ!」と声を上げ、持ってきていた小型のバックからあるものを取り出す。
その手には一冊の恋愛小説が握られていた。
「はい、『ツンデレ魔法士の最愛』ちゃんと読んだよ。感想としては、横恋慕女が恐ろしかった、かな? 本の盛り上げのためにいたんだろうけど、こんな怖い女やだ」
「まぁ……たしかにキツい性格で悪役の中の悪役って感じよね。吹っ切れているからこそ、最後に悲惨な目にあっても納得できるからこちらはスッキリだけど」
シンシアがリンクスから本を受け取り、自分でパラパラと頁をめくる。
リンクスは紅茶を味わいつつ、本を読んで改めて思ったあることについてシンシアに問いかけた。
「恋ってさ、なんでこんなにも一方的なの? 恋には人を身勝手にする効果でもあるの?」
「えっ……?」
シンシアはリンクスの発言が瞬時に理解出来ず、思わず聞き返してしまう。
今までは、少しオマージュした行動を取るということとシンシアのお気に入りを知って欲しいという意味もあり、リンクスには最初に読ませた作品のシリーズばかりを読ませてきた。
恋愛描写を抜きにしても、物語自体が面白いため恋愛小説の入りとしてちょうどいいだろう……とも思って。
だが、外伝に当たる作品を読ませたことを機にシンシアは、一度恋愛描写に力を入れた物語をリンクスに読ませようとしたわけだ。その為、リンクスには今回初めて、いつものシリーズ作品ではなく単発の作品を読んでもらった。
だがリンクスの反応からして、一発目から彼女にとっては濃い恋愛小説を読ませてしまったのかもしれない……と、シンシアは反省する。
「……まず先に、貴女の認識を教えてもらえる?」
「恋と愛は近いところにある、似ているけど別物な感情のことでしょ? 安心を与えたいのが愛、他人に欲を持つことが恋」
リンクスの言葉は、違うとも断言しづらいものだった。
シンシアはどう答えるのがリンクスにとって良いのか分からず、答えを捻り出すように頭を働かせる。向かい側にある特殊な色彩の瞳を見つめながら、リンクスの言葉を噛み砕き、自身の見解を語り出した。
「確かに『愛は真心で恋は下心』なんて言うけれど……リンさんの恋に対する認識は、そこなのね」
シンシアは納得するように首を小刻みに振った。
こうしてリンクスの恋への認識を話してもらえたのは、ある意味信頼の証ではないかとシンシアは考えたようだ。これはいい機会だと、互いの認識を擦り合わせ始める。
「恋は欲ばかりのモノではないと思うわ。それに、想いというのは変化するものなのよ。恋は愛に、愛は恋に。はたまた想いが喪失することもあるけれど……共にいた時間で、想いの在り方は変わるのは普通のことだと私は思ってる」
「じゃあ……恋の延長線上に愛があるのかな?」
「すべての人がそうというわけではないと思う。……例えば、虚栄心や脅迫感から、肉体的な欲もあればもっと純粋な感情からだって恋は生まれるように、どこから発生したかによっても変わるのではないかしら」
独白にも近いリンクスの感想に、シンシアが真剣に自身の考えを返してきたことで、ほんの少し呆気にとられた。
そんなリンクスにシンシアは優しく微笑む。
「というわけで勿論、貴女の言う身勝手な恋だってこの世には存在する。けど恋に、まったく同じものなんてないの。貴女も、あなた自身の恋を見つけられるといいわね」
(正解や絶対がない、か……)
リンクスは心底感心するように、シンシアを褒める。
「姫様、陛下みたい……てか、そこまで考えてるとは思わなかった〜すごいね」
「そっ、そこまでの発言ではないのだけど」
純粋に褒められたシンシアは、否定する言葉を吐きつつも笑顔が隠せていない。
そんなシンシアに向かってリンクスはまたも、彼女を揺さぶる言葉を放った。
「じゃあ、姫様はどんな人と恋したいの? え〜っと、好みのタイプってやつはある?」
「……っ!? な、なんで、そんなことを……?」
危うく自身の蔵書を落としかけたシンシアが、目を丸くして尋ねる。
「姫様が貸してくれる本に出てくる男達の系統が毎回違うなってことに、今気がついたからなんとなく聞いただけなんだけど……ちなみに、今回の本みたいなツンデレの男は好み?」
「……そうね、物語としては好きだけど、現実で考えるとそこまでではないかしら……私は、言葉や行動で分かりやすく愛を伝えてくれるタイプが好きなのだと思う。分かりづらい人よりは、結婚生活が上手くいきそうじゃない? 貴女こそどうなの?」
意図せず恋バナのようになった状況に、シンシアの頬が紅潮している。友人と恋バナという憧れの展開に興奮しているらしい。
扇子でもあれば隠せただろうが、今は手元になくどうしようもないだろう。
そんなシンシアの可愛らしい変化に気づかず、リンクスは天井を見上げるようにして思い悩んでいた。
(つまり伴侶にしたい者ってことかな……?)
リンクスは瞑想し考え込むが、やはり恋をしたいと思ったことがない為、理想のタイプについても思い当たらなかった。
「えぇ? ……う〜ん……強い奴、とか? 恋なんてする気なかったし、考えた事がないよ」
強いて言うなら魔力が臭いやつは絶対に伴侶にはしない、ぐらいである。
絶望的に恋バナの相手には相応しくなかった。
「貴女の恋に対する情緒も伸ばしていかないとね……というわけで、本を読みなさい」
「へぇ〜い」
リンクスの読書週間は、まだまだ続くようだ。