幕間 山は広いな大きいな
クラブでの日常回です。三章の一週間前あたりになります。
ウラノス魔術学園のクラブは多岐にわたる。魔術関連のものから全く関係ない合唱や手芸、弓術クラブまで選り取り見取りだ。
また、平日の活動に関しては顧問になる教師のさじ加減で決まり出席も自由。
どちらかといえば単位分のみ開かれることが多く、放課後に活動するクラブは顧問が熱心なところくらいだ。
魔術戦クラブの活動も放課後にはあまり行われず、一日に集中している。
顧問の趣味趣向から、毎回その日の内容が異なる魔術戦クラブでは、授業分の時間が終わっても時に活動を継続することがあるためだ。
魔術対抗戦とは多岐にわたる。ゲーム感覚から威信を掛けた決闘まで様々だ。
この日も学園一自由な教師イアトによるクラブは、午後に続いていた。
「あ〜! お腹が空いたよぉぉ〜!」
リンクスの叫びがこだまする。ひもじい思いが周りの仲間達にまで伝わってくるようだ。
「やかましいぞ! メルクーリィ!!」
「ロギアくんの方がうるさいじゃん! てかこのくらい叫ばせてよ〜〜それに、私の声が届いて先輩達と集合出来るかもしれないし、ランボ先輩なら聞こえたら絶対答えてくれるよ!」
ここにはいない先輩の名を出して反論する無駄に元気なリンクスに、ロギアはため息をつく。
現在魔術戦クラブ一年メンバーの四人は、森を超えたところにある紅葉の綺麗な山に来ていた。
この山までが学園の所有地らしく、本日の授業はこの広く大きな山の中で魔術を使わず他のチームと合流し下山する、という内容だ。
――まさかの魔術禁止である。どういうことだ。
「あ〜、空飛びた〜い!」
「ダ・メ・だ! アレに何をされるか分からないぞ!」
アレとは顧問であるイアトのことだ。イアトが作った魔術探知の魔道具が反応するらしく、禁止された飛行魔術を使った場合彼に何をされるか分からない。
リンクス達は今絶賛クラブ活動中。学年ごとに班分けされ、イアトにそれぞれのスタート地点に転移させられた。
だが、魔術に頼りがちな者達がいきなり山で魔術なしで探索するなど無茶振りだ。
リンクスなど、既に飛行魔術で思いっきり滑空したい気持ちに溢れている。
「せ、先輩方のスタート地点は、どっどこだったのでしょう? 山は確かに広いですが、それでも……ここまで会えないもの、でしょうか?」
ペトラは慣れない山登りに既に疲労困憊だ。息が少し上がっている。
そんなペトラに気づき、ロギアはさりげなく休憩を提案した。皆異論なく、各々地面に座ったり切り株に座りこむ。
「ペトラちゃんが言ったようにさ〜もう結構な時間彷徨ってるよ。先生が邪魔して楽しんでるんだよ、きっと! や〜い悪徳教師、鬼畜先生!」
「可能性としては……あるな。近頃のイアト先生、魔道具をそれは熱心に作っていただろう」
「……俺達は最初の地点からそこまで遠くないところに飛ばされてスタートした。先輩方はもっと高いところだと思う」
それまで無言だったスピサが、山の頂上の方を見つめながら会話に参加した。他の三人も同じく上を見上げる。学園の私有地と考えると無駄に大きな山だ。
「む、むりです……登れません」
「あの先生も、ド素人に魔術禁止でいきなり山登りはさせないでしょ。靴とかは一応運動靴指定だったから、歩くのにも問題ないし」
「この程度の山ぐらいなら、先輩方は簡単に下山してくる。俺達は下の出来るだけ目立つ場所で待っていた方がいい」
非常事態となった場合は、救難信号などの合図に決めた魔術を空に向けて放ち授業を中止する。なにかあればイアトが接触してくるはずだ。
「おぉ! スピサくん名探偵!」
「……それほどでもないです」
スピサは相変わらずリンクスには敬語を使う。だが、図書室の件以降距離が縮まったことで、リンクスがスピサに遠慮なく接するようになり、最近は共に行動することも増えている。
そのおかげで一部の女子に目の敵にされているのだが、リンクス自身はその理由に辿り着くまではいかなかった。
まだまだ、シンシアに恋愛小説を読ませられる日々は続きそうだ。――それすらも最近は楽しんできている。
「じゃあ、休憩が終わったら魔道具に気をつけながら見晴らしのいいところを探そっか〜」
「す、すみません。わたしが体力無いせいでっ」
「いやいやこのメンツと比べるなんて相手が間違ってるよ? ふつ〜うにペトラちゃんより体力が無いご令嬢は、いっぱいいるって!」
「ペトラ、メルクーリみたいなのと比べて自分を卑下するのはやめろ。こいつはそこらの男より逞しい」
ロギアの発言に、リンクスは立ち上がって抗議をする。
――誠に遺憾である。
「ちょっと〜? 私がゴリゴリ系だと勘違いされそうなこと言わないで欲しいんだけど。ランボ先輩みたいな筋肉馬鹿じゃないから!」
「逞しいって言っただけでそこまで言っていない。そちらこそ先輩に失礼だろ!」
このクラブに所属する、体を鍛えることが趣味な三年のクラブ長――ランボ・リノーケロスは、見た目の屈強さや厳つさの割に、気安く明るい性格の持ち主だ。
恐らくこの発言を聞いても、怒らず笑い飛ばす懐の深さがあるので許してもらえるだろう。
リンクスとロギアの言い合いに、ペトラが楽しそうに笑った。ふざけ、戯れあっている二人の様子に元気が出たようだ。
和やかな休憩が終わると、四人はできるだけ舗装された道を選びながらひらけた場所を探す。
すると少し歩いたところではあったが、ベンチなども設置されている中々の広さの広場があった。
四人はテーブル付きの丸太のベンチに座り、一息つく。
「ここなら上からでも大分目立つよね。もう先輩達がこっちを見つけてくれるまで、ここで寝てようよ〜」
リンクスは頬杖をつきながら、いつもよりのんびりとした口調で提案する。
体力的には余裕のリンクスだが、魔術の使用禁止のルールのせいで精神的に疲労していた。
その影響だろうか、安全な場所に出たことで眠気が押し寄せているようだ。
斜め向かいに座るロギアが、呆れたようにリンクスを嗜める。
「流石にダメだろう」
「え〜自然に豊かな場所でお昼寝するの気持ちがいいんだよ? 任務が終わった後の昼寝とか最高なんだから」
「外では極力するなっ! 無防備な姿を女性が外で晒すものではない!」
「俺も……外での昼寝は流石に危ないかと思います」
「わ、私も……」
「で、でも結界張ってるよ?」
全員から賛成意見を貰えず弱気な反論をしたリンクスだが、その後も論破され続けもう一人で外での昼寝をしないと誓わされたのだった。
「それにしても本当にお腹減ってきたな〜先輩達何処にいるんだろう? 索敵魔術さえ使えたらすぐ見つけられるのに」
「リンさんはちなみに、どのくらい索敵魔術の範囲を広げられるのですか?」
「この山ぐらいならいけるよ〜師団でもやってたから割と得意っ」
「すっ、すごい、ですね」
リンクスはふふん、と胸を張りながら自慢げに隣に座っているペトラに答える。
それを聞いたペトラは驚きつつも、リンクスを褒める言葉を述べたので益々リンクスの機嫌が良くなった。
「それなら先生が魔術を禁止したのは当然ですね。リンさんがいれば合流はすぐ叶いそうだもの」
「ペトラちゃんだってすぐ出来るようになるよ! 風に適正がある人は索敵魔術の上達早いからね」
「そういうメルクーリは光属性だろう……前から疑問だったのだが、何故第四の所属になったんだ? 普通なら第五部隊に入るのでは?」
ロギアが少しばかり声を抑えてリンクに尋ねる。リンクスが孤児であることを彼は既に知っているので、過去のことを聞くのを躊躇しているのかもしれない。
だが、ロギアの疑問はもっともだ。
光属性は医療・補助魔術を主に扱う。それならば医療部門の第五部隊に行くことが無難と考えるだろう。
第五部隊隊長は福祉事業にも貢献している人物で、孤児設定のあるリンクスの引取先として妥当でもある。
リンクスは、自分の正体に関わる第四を選んだ理由を全て話すことは出来なかったが、一部分だけは正直に答える。
「う〜ん、勿論その選択肢も提示されてるけど……第五って完全に医療系っていうか裏方なんだよね〜それに貴族出身も多いし、正直息が詰まるよ」
「第五って、貴族主義強かった……でしたっけ?」
「いやそんなに。どちらかというと、そっちの差別はしないけどこちらの常識に合わせろって感じで、性格が堅苦しいやつが多くってね……それはそれでめんどい」
「医療部門を取り仕切るには、ある程度厳格ではないといけないのではないか?」
リンクスは首を横に振り「そっちじゃなくて〜」と前置きしてから、スンとした表情でしみじみと言った。
「巫女様絶対主義の主張が強いんだ。信者が多くてめんどくさい」
「ペーレみたいなやつらばかりってことですか……」
「そうそう」
スピサがアタナシア信者の教師の名を出して、残念なものを見た時のような顔をする。リンクスも同じ顔だ。
リンクスとスピサの雰囲気に他の二人も二の句が告げないでいると、遠くから誰かを呼ぶような声が聞こえてくる。
「な〜んか聞き覚えがある声……あっ!」
「おぉ〜〜い! 一年達〜こっちだ、こっち〜!!」
恐らく今日のうちにもう一話投稿します。