22 終幕後の内緒話
二章最終話になります。
街の明かりは消え失せ、学園の生徒も夢の中にいるだろう静まり返った深夜、学園の屋上にて――
「――というわけで、任務はつつがなく完了し、精霊界の情報も入手しました。何より僕の魔法が使えるようになりましたし、上出来の結果と言っても過言ではないかと」
『あぁ、期待以上の成果だよ。ありがとう、ネオ。そしてリンクスも』
「ふふん、どういたしまして!」
ネオの持つ端末からは、優しくおおらかな声が聞こえる。端末の画面に映るやり取りの相手は、国王であるディミトリオスだ。
今日の出来事を簡潔にまとめ、即席の結果報告をしたネオとリンクスに王は礼を口にした。
『ネオは保管室を調査してから帰還してくれ』
「はい」
『リンクス……今回はお手柄だったね。君を入学させたことはやはり正解だった』
「まぁ私一人なら保管室なんて行くことなかったけどね〜」
チラッと窺うような目で王を見ながら答える。
謙遜などではない。リンクスがシンシアに協力しなければ図書館には行かなかったし、スピサに言われなかったら保管室自体に気づかなかった可能性は高い。
(でも姫様は、陛下から労いの言葉は貰えない)
リンクスだけが褒められている。
だが、褒められる為にした行為でなくとも、シンシアだって父親に褒められたら嬉しいはずだ。
国王は、そんな気持ちを込めた視線からリンクスの考えを悟った。
『ふふっ……君は相変わらず懐に入れた人物には優しいな。今後もシンシアの近辺に注意しつつ、君も学生生活を楽しんでくれ。以上だ』
リンクスは報告を終えると、魔術で周囲の温度を調節する。深夜の肌寒い時間帯だが、この程度の寒さは魔術でどうとでもなる。
「ん〜報告完了! いや〜濃い一日だったね」
王との通信を切り端末をローブの中にしまったネオは、徐ろにリンクスに尋ねた。
「…………で? お姫様に協力した理由は?」
「え〜どうしてそんなことを聞くの?」
「リンクスは人への関心が高くないし、恋が大嫌いだろう? ……だから、キミが協力することに疑問を抱いた」
長めの前髪の隙間から見える黒と灰の目は、探るように注意深くリンクスを観察していた。
手すりに頬杖をついていたリンクスは左隣にいるネオへと身体を向けて、ほんのりと笑った考えの読みづらい顔で答える。
「――うん。その他大勢がどうなろうが私には興味がない。人が恋に狂う様は、私には不愉快で…………でもね」
リンクスはひと息ついてから、再度自身の気持ちを話し始める。新たな一歩を踏み出したリンクスを披露する為に。
「姫様が、恋を知ってみないか? ……って私を誘ったんだよ。まだ私は恋というものが分かってないんだって。それを聞いたら、なんだか愉快な気分になっちゃった。だから私、色んな恋物語を見届けてみようって思うんだ」
「ふっ……何も知らないからだろうけど、リンクスにそんなことを言ったなんて……あの王女も怖いもの知らずだ」
――少しでも間違えていたら、殺されていたかもしれないのに。
「そこがいいんじゃん! あとやっぱ彼の人の面影とか感じたんだよね。それに、手を貸したら面白い日々を送れそうでしょ〜任務でもちょっとくらい楽しんでいいよね?」
「……リンクスは変わったね。出会った頃は、あらゆる人間に憎悪の炎を燃やしてばかりだったけど。ボクのことも嫌ってたし」
昔のリンクスを知るからこその言葉だ。
懐かしむようなネオの言葉には、郷愁が滲み出ていた。二人が共有した時間の経過を噛み締める。
「変わった私は嫌い?」
「ううん、良い変化だと思ってる」
リンクスの根本的なところは変わっていない。少し視野が広がっただけだ。
成長を寂しく思う気持ちもあるが、リンクスの世界が広がったことはネオにとっても喜ばしい。
今日だって、何処かでリンクスがヘカテーを煽るならマウロに積極的に話しかけると思っていた。精霊は嫉妬深い者が多く、自身の領域を侵されるのを嫌うからだ。
マウロは格好の餌だった。だが、リンクスは一切そういう素振りは見せず、決闘なんて手段を選んだのだ。
それは変化というよりも、彼女が割と正々堂々を好む性質だからかもしれないが。
「今回の物語はどうだった?」
「結構楽しかったぁ〜私は物語の後半になってから登場した魔法使い役だったから、もっと早くから介入したかったよ。それに、幼子すら恋に惑う……なんて愉快なことも聞けたしね!」
リンクスは目を閉じて回想する。
――楽しい愉しい、今回の冒険を。
「今回は色んな愛が絡まったお話だったね。姉弟愛、人類愛……そして、恋。いろ〜んなものが見れた。この物語に名付けるとすれば――トリカブトの章、ってところかな!」
「結構楽しんでるね。何よりだ」
「何事も楽しんでこその私でしょ? ちなみに、当面の目標は〜好きの違いを明確にすることかな!」
ネオは頭に疑問符を浮かべた。
「そこは分かってたんじゃないの?」
「分かってたつもり、な気がするんだよね。今回の二人を見て、私の愛の種類は……少ないみたいって分かったから」
屋上の手すりに腰掛けて器用に足をぷらぷらと放り出しているリンクスに、ネオは言葉短く忠告する。
「……本性、出さないようにね」
「もぉ〜大丈夫だって! ちゃ〜んと普通ぶってるし、バレてなんかないよ〜」
「さっきも怪しかった。本当に戦闘になったら、二人の記憶を消さないとだった」
「うぅ……興が、乗った……」
申し訳なさそうなリンクスに、ネオは追い打ちをかける。
「それに殺しはしなくても、やらかす可能性は高い。今までの経験上、今回の少女のことも――」
「そこは言わないお約束ぅ〜」
今度はムスッとした顔を向けるリンクスに、ネオは微笑む。
リンクスのくるくる変わる表情は、生を実感させ愛らしい。
昔のリンクスと比較して笑ってしまうのはしょうがないとばかりに、ネオは懐かしむ顔をする。
「ネオ、今日はありがとね。つきあってくれて」
「ううん。例の魔術士が絡んでいるかもしれない可能性が出てきてるんだ……任務でもあるから気にしないで」
どんなに強い魔法士も、一人で全てのことが出来るわけがなく、誰かの協力が必要不可欠だ。
それは恥ずべきことではないと、リンクスは思っている。一人で出来ることなど高が知れてるのだから、さっさと助けを求めるべきなのだ。
リンクスはでも、と言い募る。
「ネオが居なかったらあの魔術は完璧には成功しなかった。元から精霊界に渡れるネオでなければ」
「それは秘密、だよ」
ネオがリンクスにそっと釘を刺す。
「分かってるよ。精霊についての事項全て、王にも打ち明けないこと。二人だけの約束」
リンクスはネオから視線を外し空を見上げた。
「あとで他のみんなにもお礼をしないと。それから姫様と打ち上げでもしようかな〜……あっ! 流れ星〜!」
「ほんとだ……精霊が見てるかもね。願い事でもする?」
どうやら今日は、星の流れる日だったらしい。
星が軌跡を描いている様を、リンクスは感傷的に見上げた。一瞬、今この世にはいない者達の顔を思い出したからだ。
リンクスは祈るように、口元で指を組む。
彼女は広大な空を仰ぎ、頭上の星に最大の望みをかける。
「私を退屈させないでね――」