21 悲劇ではなく、喜劇で
「もう! 心配っ、かけてっ!」
「ごめんごめん、死ぬようなやつじゃなくて大量の魔力が必要なやつにしたから、こんなに心配かけるなんて思わなかったんだよ〜」
現在リンクスは、こちら側で待ち受けていたシンシアに絶賛叱られ中である。
ぽかぽかと弱い力でリンクスを叩くシンシアに言い訳をしつつ、おとなしくリンクスはサンドバッグとなっていた。リンクスは、事前の知らせではシンシアにはここまでするとは言ってなかったので、誹りは甘んじて受け入れる姿勢だ。
「もうっ、なんでこんなことになっているのかしら!? わたくし、少し背中を押すだけで進展しそうな恋だと判断してっ、それがこんな大事に!」
リンクスだってこの件をきっかけに、狭間に行くことになるとは思わなかった。
それならば、深窓の姫君だったシンシアにとっては、天変地異に直撃したレベルの衝撃だろう。
今にも泣き出してしまいそうなシンシアに、リンクスは子供をあやすような手つきでシンシアの頭を優しく撫でた。
――すると、とうとうシンシアはポロポロと涙の粒をこぼし出す。
「え〜〜? クロエちゃんどうしよ」
「ふふふ……自分で考えなさいっ」
とてつもなくこのシチュエーションを楽しんでいる。
ジト目でクロエを凝視するが、ニコニコと憎らしいほど満面の笑みを浮かべたままだ。
唸るリンクスの傍でシンシアはポソッと呟く。
「…………恋のキューピッドって、こんなにも大変なの?」
<恋のキューピッド>は、恋愛成就の精霊として広く親しまれている精霊だ。
恋愛一年生のリンクス達がキューピッド役として満足に振る舞えるかと言われれば……それは無理。
だが、作戦の一発目から貧乏くじを引いてしまったのか、あるいは全ての恋人未満達にこのような問題が付き纏っているのかが判明するのは今後次第だ。
――それでもリンクスは思う。
「恋は結実を迎えたわけだし、作戦結果は良き!」
満面の笑みを見せるリンクスに、シンシアは一瞬間の抜けた顔になったが、じわじわと喜びを実感する。
「そうね……私達、目標は達成出来たのよね」
シンシアは軽く絶望しかけていたが、唇を食いしばり耐えた。その目には闘志が燃えている。
「……いいわ。この先、どんな事件が起きても乗り越えてみせるから!」
「その意気だよ相棒! って言いたいところだけど、大丈夫……? 目が据わってない?」
シンシアが、徹夜明けのクロエのようなテンションになっている気がする。今日は早めに寝かせなければ……
「あっ、そうだヴィオレット先輩。召喚に使おうとしてた道具とか色々今持ってる? この辺に設置されてたのは回収したんだけど、まだ残ってるようならネオ隊長に渡してこっそり処分してもらおうよ」
「……それは、良いの?」
その言葉には、自身の罪を隠蔽するのかという意味もあるのだろう。自分の過ちに厳しいところが彼女に似ているところの一つだ。
「ヴィオレット先輩がやろうとしてた魔術は、比較的目当ての精霊を出しやすいものだった。縁のある先輩ならヘカテー様を狙い撃ち出来たと思うし、その場合周囲への被害も少なかったと思うよ」
「今回は我々にもメリットあった……それに今回の件については誓約書を使う」
誓約書は、一部の事柄について他者への漏洩を防ぐ為に作られた魔道具の一種で、露呈防止の魔術が組み込まれている。
「つまり、他言無用を貫くことぐらいしか、陛下は望まれていないってこと」
「――ヴィオレット・モナクシアの名に誓って、益々の忠誠を。……心より、感謝申し上げます」
王の言葉を伝えると、ヴィオレットはこの国の最敬礼でもって答えた。
陛下への忠誠を誓うヴィオレットにリンクスは思う。
(我が王もズルい人だ……)
彼の人はいつも、結局一番得をしてるのだ。
リンクスがそんなことを考えていると、魔術の痕跡を消していたクロエが話しかけてきた。
「あなた達、演劇の方には参加しなくていいの?」
「え〜いまさら? 鬼ごっこするだけでしょ」
こちらの時間は、リンクスが思っていたよりも経過していなかったようだ。まだ、魔獣退治は四半刻も残されていた。
「この時間にかこつけて、サボって陰でこそこそとする子でも見つけてしばいてきたら?」
「クロエちゃん……」
私怨が入っている気がするクロエに、リンクスは残念な人を見る目をした。
「どちらにせよ講堂には戻らないとよ。特に一年生二人は学園で初めての収穫祭なのだから、最後まで参加しなさいな」
「はい、学園長」
「そういえば私と姫様は退治する側だけど、ヴィオレット先輩は?」
「私も退治側よ」
「……あっ……俺だけ魔獣側だ」
全員の視線が一人に向いた。四面楚歌の状況を理解したミルトは、ぎこちない笑い声を漏らす。
この時間に相手に放っていい魔術は一つだけ。魔術は殺傷性皆無であるのに、リンクスがいるせいかミルトは身の危険を感じてくる。
「大丈夫だよ先輩。わざわざ私が動く必要ないも〜ん」
「たしかにミルトさんはもう退治されているのも同然ね。身も心も捕まえられているでしょう? ――愛する人に」
クロエの恥ずかしい台詞に照れる二人に、リンクスはジト目で野次を飛ばす。
「今から本気で抵抗しても、私には勝てないと思いまーす。一応言っときますが、無害な人をいたぶる趣味はないでーす」
視線をミルトからシンシアに移し、この後の行動を提案する。というよりも、リンクスの中では実行は確定だ。
「よっし、姫様。毎年現れるカップル成立を邪魔しようとする嫉妬の化身たちを根こそぎ倒そう! もしくは私たちが当て馬になろう!」
「貴女その言葉好きね!? ……まぁ、私達はお邪魔になってしまうし、ここからはお暇しましょうか。事後処理はお任せしても?」
クロエに尋ねるとあっさり肯定が返ってくる。
「えぇ、元からそのつもりだったし問題ないわ。学園長が、生徒に行事を満喫させてあげられないなんて名折れだもの。いってらっしゃい」
リンクスは飛行魔術を発動してから、シンシアの腰を抱く。落とさないように、しっかりと。
「ちょっと!」
「はいはい舌噛むよ。じゃあ行ってくるね〜」
リンクスの呑気な挨拶の後、二人は一瞬で消えた。
いや、空だ。人影は空にあった。
頭上には、鳥のように自由に駆ける姿がある。ほんの一瞬の、瞬きの合間に上空まで浮かび上がった。
「――新たな門出に、祝福を!」
リンクスが何事か唱えると、突如リンクス達の周囲に花が咲き乱れた。そしてその花々を、ヴィオレット達の元へと全て流す。
花の滝は、ヴィオレット達の周囲にゆっくりと流れ落ち、くるくると舞っている。
ミルトはその花を手に取って眺めた。どうやら魔力で形作られた造花らしい。
花はほのかに輝いており、この光景をより幻想的に見せる。造形から見ても繊細な魔力操作技術によって作られたことが一目で分かった。
「この花は……カリンの花か。こっちはコスモスだな……これはなんだ?」
「……エキナセア、では? ……薔薇もマーガレットもあるわね」
「えぇそうね。そしてこれらの花は、花言葉にどれも愛の意味を持つ……あの子も粋な計らいをするわね」
花に囲まれる結ばれた男女とはなんとも絵になる光景だ。クロエは「お邪魔虫は退散するわ」と言って、二人に背を向け泉へと歩き出す。
ネオの姿もいつのまにか消えており、空にいたリンクス達もいなくなっていた。気を利かせられている。
そのことに気付いた恋人達は、手を繋ぎ笑い合った。
この後リンクス達は色んな意味で暴れました。