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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
二章
41/83

20 泣いて笑って


 その言葉に、ヴィオレット達は驚いた。リンクスは挑発的な表情でヘカテーを捉える。


「へぇ〜じゃあやろっか。私は代役だけど、少なくともこの中で一番、貴女を楽しませることができると思うよ」


 リンクスの言葉に警戒するような仕草をするヘカテーと、結界を張ろうとするネオ。

 緊迫する空気と無謀な挑戦を止めようと双子は叫ぶ。


「……っ! 人間では、ヘカテーの相手は無理です! 考え直して下さい!」

「ま、まって……」


 リンクスの雰囲気が一瞬で変わり、空気がより冷えたような錯覚に陥る。

 ……いや、実際に肌に感じている。

 ヴィオレットはこの異様な空気に飲まれかけていた。

 本気の気配に焦るマウロの言葉は、もう既に両者の耳に入っていない。両者は戦闘態勢に入る。

 リンクスの片足を少し引くだけの動作が、やけにゆっくりと見えた。

 構えには隙があり、表情にも精霊を前にしているとは思えない余裕が見える。

 とても今から果たし合いを始めるようには見えない……はずなのに、数秒後には殺し合っていそうな気配もある。


(はやく、早く止めなくてはっ!)


 ――それなのに、動揺してうまく言葉を発することが出来ず、か細い声が漏れるように出てくるだけ。

 ヴィオレットは、闘いを止めたかった。

 どちらにも傷ついて欲しくないのだ。思い出の中にいる優しいおねぇさんと、知り合ったばかりの懐いてくる後輩に。

 それなのに、震えで声が引き攣りこの衝突を回避させるような言葉が出てこない。

 

「……おっ、おねがい、まって――――」


「待っって下さいっ!!!!!!」


 一触即発の中、一人の男のよく通る大声が響き渡った。

 その静止の声に渦中の二人も気が削がれる。

 ――ミルトだ。この空気の中、声を張り上げてリンクス達の意識を塗り替えたのだ。ただの大声で。

 そして隣に居たヴィオレットに顔を向け、安心させるように力強く頷いた。


「……ありがとう…………」


 ――ヴィオレットは、思い出した。この安心する笑顔が隣にあったことを。

 自分自身に決着をつける為に、ここに来たのだと。

 隣に立つ愛しい人の手を取って勇気を振り絞り、しっかりと大地を踏み締めた。


「決闘は、しなくていい。ありがとうリンさん……私の味方でいてくれて。取り乱してごめんなさい。でもこれは、私自身が解決しなくてはならないの」


 リンクスは、ヴィオレットの瞳をじっと見つめた。

 やがて大袈裟に嘆息し、数歩下がって静観の姿勢をとり場を譲る。

 その行動を確認したヴィオレットは、自分より少しばかり背丈が小さい片割れを見つめゆったりと話しだす。


「マウロ……貴方は門の前で『ごめん』って言って私の手を離した。私、それがショックだったのよね……ずっとお互いが唯一の一番大切な存在だと思っていたから。――あの時の私には恋が分からなかったから、貴方の選択を拒絶した。その悲しい気持ちだけが残ったから、こんなにも執着してたのだと思う」


「……うん、ぼくが自分の恋を優先した。幼心にも、きみは強いからぼくがいなくなっても大丈夫だと思ったんだ。結局自分の意思を優先してきみを傷つけてしまった……そのことに関しては、本心から申し訳ないと思ってるよ」


 マウロの謝罪に、ヴィオレットは苦笑した。


「私が一番じゃなくなったことに対しては謝らないのね」


「だってそれは、お互い様じゃないか。ヴィーがぼくのことを分かるように、ぼくだってヴィーのことは分かるから。たとえ長い年月会えなくとも」


 マウロは眉を少し下げた優しい微笑みを見せた。その笑い方は、朧げな記憶の中にある彼の微笑みと一緒だ。

 そのマウロの切り返しに、ヴィオレットは頬を少し赤らめて隣に立つ人物の顔を見上げた。

 最初は言葉の意味も分からず自分を見つめるヴィオレットを見つめ返すミルトだったが、時間差で理解してようだ。


「………………っ! おれ!?」

「貴方以外に誰がいるのよ……」


 ヴィオレットは呆れながらも微笑ましいという表情だ。リンクスにはなんだか周辺の空気が桃色に見えてきた。


「ネオ……どうしよう私、病気かもしれない。空気がふわふわピンクに感じる。空気ってこんなだったっけ?」

「それなら僕も感じる。大丈夫、脳は正常だよ」

「そっかー」


 小声で話すリンクスとネオの声は、あちらには届いてないので邪魔にはなっていないはずだ。なのでこのくらいは愚痴らせてほしい、とリンクスは思った。


「姉弟だもの……お互いの道は、いつかは別れる運命だった。それが少し早かっただけ」

「うん……」


 そうだ。マウロの方が、少しばかり先にお互いだけの世界から抜け出しただけ。

 ヴィオレットも、二人だけの世界にはもう居られない。


「幼かった私はそれが受け入れられなかった……でも、今は受け入れられる」


 子供のような笑顔でヴィオレットは言う。


「――マウロ、幸せになって。遠くから、私は貴方達の幸せをずっと祈っているわ」


「――ぼくもずっと……永遠に、ヴィオレットの幸せを祈るよ」


 さようなら、とは言わなかったが、これが二人にとって最後の別れの挨拶なのだ。

 リンクスの位置からは二人の横顔が見える。

 顔の作りはそっくりと言うほどでもないのに、その表情は全く同じで。

 ヴィオレッとは次にヘカテーに向き合う。怒りでも憎悪でもなく、その目は慈愛に満ちていた。


「……おねぇさん」

「……っ! ……」


 ヴィオレットのその一言で、ヘカテーは泣きそうな表情になる。

 もう一生呼ばれることのない呼び方に、涙腺が刺激されてしまったらしい。


「マウロをずっと大事にして。心も身体も守って、精霊界で一番幸せな男にしてよ。それで全部許すから……まぁ許すも何も、この子は自分から着いて行ったようなものだけど」

「……」

「それから、その自罰的な性格も直して」

「っ! ……っ、なんで、なんでアナタ達は、そんなに優しいのっ……ワタシは罪っ……」


 とうとう涙腺は壊れてしまったようだ。次から次へと涙が溢れ落ちていく。

 言葉が告げなくなったヘカテーの様子を見た双子は、慌ててヘカテーに駆け寄った。

 ヴィオレットの顔にもマウロの顔にも、ヘカテーを恨むような気持ちは見受けられない。その顔に浮かぶのは、純粋な心配だけだ。


「ふっ、ふふっ……昔とは、逆ねっ」


 嗚咽(おえつ)が止まらないのに笑い出したせいで、呼吸すら苦しくなっている。

 そんなヘカテーに双子はさらに慌て、二人してハンカチをヘカテーの顔に必死に押し付ける。


「あぁあぁ〜逆に息しづらいでしょ」

「なんかヴィオレット……鼻と口を一緒に塞ごうとしてないか? 誰かを泣き止ませたこととか、そもそも本人が泣いたことがあまりないんだろうな……」


 距離を空けてその光景を眺めていたリンクスの真っ当なツッコミに、ミルトも同意する。

 遠目から彼女達を観察しつつ、ミルトは自身が感じる既視感のようなものについてぽつりと呟く。


「ヴィオレットとマウロが似てるのは姉弟だから分かるんだけど、なんか精霊様にも……」

「そうだね。ヘカテー様にも……ほんの少し似てる気がする」

「ヴィオレット先輩が()()()()()を無意識に真似したんだろうね〜雰囲気はそっくりじゃん。なんで想いあってるのに空回るかな」


 精霊と人の世が、再び混じり合うことはあるのだろうか……リンクスには定かではない。

 この機会を逃せばもう二度と、今のように三人で過ごすことは叶わないのかもしれない。この時間は、たまたまあらゆる条件が揃って生まれたモラトリアム。

 だから――時間が許すまで、愛し合う者達を見守っていよう。

 耳をすませば聞こえる会話を、リンクスは敢えて聞かなかった。




 待機していたリンクス達のもとへ、ヴィオレット達が向かってきた。


「お待たせしました」


 目元が少し赤くなっているようだが、晴々とした表情をしている。それはヘカテーやマウロもだ。


「ヴィオレット先輩、もう悔いはない? 弟くんのことは連れて行かないでいいんだね?」

「えぇ、彼女の側にいることがマウロの幸せだもの。マウロが決めたことなら私は支持する」


 ヴィオレットは振り返ると、泣き跡が隠せないほどついているヘカテーとマウロが頷き返す。


「あっ……忘れるところだった。ヘカテー様、少し時間を頂戴したい」


 ネオの言葉にヘカテーが了承すると、少し距離を置いたところで話し始める。

 残されたリンクスは、帰還の準備を開始する。狭間とはいえ、長時間の滞在は人間の身体には堪えるからだ。

 地面に術式を刻み魔術陣を構築する(かたわ)ら、リンクスはヴィオレットに問いかけた。


「そういえば……なんでヴィオレット先輩は、弟くんがヘカテー様に恋してるって分かったんですか? 子供の時にそんな話でも?」

「いいえ。マウロは率先して誰かに恋を打ち明けるなんて性格ではないわ。私が気づいただけで、マウロはあんな事が起きていなければずっと胸に秘めていたでしょうね」

「うん、そうだね。誰にも初恋は内緒にして、子爵家に相応しい女性を妻に迎えていたと思う」


 ヴィオレットの推察にマウロが同意する。

 本能が囁いたのか、考えの足りない行動だったのか……どちらにせよ、マウロはヘカテーとの道を選んだのだ。

 そしてヴィオレットは、マウロの選んだ道を祝福した。


「あ〜まぁ、聞いていた弟くん情報的にもそうだよね。それに自ら精霊の元に戻るなんて愚かなこと、恋をしていなければ説明はつかない」


「あら、断定的ね? 貴女にも覚えがあるの?」


「覚え、というか……いつの時代も、恋が人を狂わせることだけは――私、知っているので」


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