4 そして夜は明ける
「ですが隊長、その冬休みはパレードを行わなくてはいけないでしょう。帰ってきてすぐ準備では大変じゃないですか?」
後衛のリーダーであり、ビオンとは反対側の隣にいたラウートが心配そうにリンクスに尋ねる。
「うん、やばいね。まぁでも今年の主役は第二だから私達はそんな出番ないし。第二王女か第三王子の護衛が妥当でしょ」
「隊長は同じ年の王女とは一切交流なかったのに、そっちのお二人とはありますもんね! 第二はオレ達にあまり仕事回さないだろうし、順当じゃないっすか。オレら今年は楽できそう!」
リンクスの言葉にアディは嬉しそうに同意をする。
この国では、新しい年の始まりに魔術をメインに使ったパレードが行われる。この新年のパレードは魔術師団の隊員達で行われるが、毎年リーダー部隊のようなものが指名されるので部隊によっては半分以上警備に回される。
そして何故、第二部隊が主役だと第四部隊に出番が無いのか。きっかけは数年前に遡る――。
昔から第二は全員貴族のエリートで構成され、平民の多い第四とはいい関係ではなかった。
そんな中、第二部隊所属の貴族出身者に部下を貶されたリンクスが大勢の隊員を叩きのめす事件が発生。ついででボコボコにされた鍛錬場の無惨な姿を見た他部隊も戦慄させた。
以後第二の隊員は第四……いや、リンクスとの接触を控えているのだ。嫌味すら言わない。
そして、この事件は魔術師団において『強制復活地獄周回事件』と呼ばれ語り継がれている。リンクスには魔王というあだ名がついた。
元から自分の部下達には慕われていたリンクスだったがさらに好感度を上げて、他の隊の者からはより恐れられることになった事件だ。
トラウマは根深いようで、今でも第二と第四は魔術師団の団長すら気を遣い全部隊が動く仕事であっても最小限の関わりになるよう配慮されている。
……というわけで、出番の多い場所には配属されないだろう。
「いやー今思い出しても地獄絵図って感じでしたよね、アレ……」
「どっちかというと、終わった後にラーヴァから『手加減を覚えろ!!』って怒られた方が私は大変だったよね。五体満足で全員生かしたっていうのに! まあ先に謝ってくれたからお説教もちゃんと聞いたけどさ……というか! 今回入学にあたって勉強してるって話が伝わっちゃったせいで、ラーヴァが先生役に立候補してきてさ〜私に大義名分を持って教育出来ることに大喜びだったよ」
「第二の隊長も見かけによらない人ですよね。お世話好きな性分なんて」
リンクスと同じように師団を兼任している八法士の一人、ラーヴァ・デルフィニス。
彼は見た目の雰囲気が傲慢で冷酷そうな、ザ・貴族という印象が強いのだが、セルジオの言う通り実際のラーヴァはとても面倒見が良い。よくゼノンやリンクスに書類提出をせっついてくる。
そして、実直だ。彼は八法士一の真面目人間なので、相手が平民でも態度を変えるようなことはせずに自他共に厳しい。
そんな性格なので、平民だからという理不尽な理由だけで相手を蔑んだ部下には相応の罰が与えられていた。
逆に平民でありながらも、優秀な魔術士しか入れない魔術師団に入った人間には敬意を持っている、とラーヴァは口にしていたほどだ。
部下を褒められたリンクスの機嫌はもちろん良くなった。
「教え方は上手いんだけど、熱心過ぎて引いた。後、どさくさに紛れて要らない貴族教育を施そうとするところは直して欲しいっ切実に! なにが八法士としての威厳じゃ〜!」
「まあ、事前情報なしに隊長たち見て同じ八法士だとは誰も思わないよな」
「あははは、確かに隊長は偉大な魔法伯のオーラみたいなの、普段は一切無いですもんねっ」
アディどころかラウートまで、普段の上司の威厳の無さに言及してくる。
いや、ラウートはお綺麗な顔の割に容赦なく毒を吐くからいつものことだ。
「失礼な部下達だなぁ〜隊長は悲しいぞっ! まあ実力があれば別にいいでしょ。この国の魔法士に限っては」
「そうです! たいちょうはっ……とてもつよいんです! たにんにもんくいわれるすじあいは、な〜〜い!」
「あ、復活した。でも完全に酔っ払ってる。ちょっと〜ビオンに酒追加したのだれ〜」
「自分で勝手に追加してましたよぉ」
駄々をこねる幼子のようなフワフワとした怒り方に、アディが指を指して盛大に笑っている。
近くにいた他の部下からビオンが自滅したことを確認すると、リンクスは呆れた顔をした。
「もう〜誰か止めなよ〜」
「いや、隣に居るんだから隊長がちゃんと見ててやって下さいよ。半分くらい貴女が要因ですし」
前の席にいたセルジオから呆れた声が返ってきたが、リンクスはそれを無視して遠くの店員に声をかける。
「すみませ〜ん、お水1つ下さ〜い」
「はい、ただいま!」
店員から水を受け取るとビオンに飲ませる。まったく、世話がかかる副隊長だ。
リンクスがさりげなく周りを見まわしてみると、今日は部下達の酒の回りが早いことが確認出来た。
皆の様子がいつもと違うのは、彼らが明日から自分達の隊長が居ないことに内心動揺しているのが理由だろうと推測できる。
途中で帰ってくるとはいえ、三年間はこの大切な場所を留守がちにしてしまう。
今の第四部隊を作ったのはリンクスで、隊員も自分で集めた。今では本当の家族のように過ごしている。
そんなリンクスの大切な家族達に、寂しい思いをさせてしまうのが心残りだ。
寂しいなんて直接言ってくるのはビオンと素直な部下達だけだが、他の者も多かれ少なかれ思っているのだろう。
(……まったく、可愛いやつらめ)
今ここに、第四部隊の人間が全員揃っている。今日が非番だった者もリンクスの入学祝いには参加しているからだ。
皆が、とても楽しそうな笑顔をしている。それだけでリンクスは満足だ。
――数十人という部下一人一人にちゃんと声をかけてから今夜の宴会は終わりにしよう。
「みんな〜〜! 愛してるよ!!」
* * *
一方その頃、王宮では……。
「手紙の件があったからか、リンクスも素直に学園に行くことを承諾したな」
「あの子は少し貴族嫌いなところがあるから、貴族が多数を占める学園には素直に行ってくれないと思っていた。自分の隊への執着も強いしね。ふふ、こんな事が起きなかったらあの手この手で逃げるか入学してもサボっていただろうね」
この国の王と王弟が、酒を交わしながらリンクスのことについて話していた。
手紙の魔術士のことがなくとも、こちらとしては彼女には学園に通ってほしかったのだ。上手くいって良かった。
もちろん政治的な思惑が一切無いと言ったら嘘になる。だが……
「彼女に少しだけでも普通の日常を味わって貰いたかった」
「これは俺達の要らないお節介かもしれん……それでもリンクスに、自分が守った日常を体験してみて欲しかった」
出会った頃や先の戦争でも、沢山の恩があった。
恩返しなんて、彼女は別に求めていないかもしれない。これはエゴでしかないのかもしれない。
でも、本来教授する筈だった日常を非日常と言ってしまうだろう少女に様々な体験をさせ、少しでも多くの幸せを感じて欲しいと思った。
それが奪ってしまった側に出来る唯一の贖罪だ。
「話は少し変わるが兄上? 例の魔術士について大方予想できてるんじゃないか? だから相手の次の動きを待っている」
「私は全てを知っているような全能な人間ではない。それに、今回はゼノンだって分かっているのでは?」
「俺は兄上のように推理したわけではなく、こんな馬鹿な事をするのはあいつらしかいないと思っているだけだ」
「……さて、どこまで繋がっているのか……」
* * *
いつもより早めに始まり早めに終わった宴会は、少しの寂しさを滲ませつつもとても盛り上がった。
盛り上がり過ぎたのか酔い潰れた者が出たほどだ。リンクスは無事だった部下達と、潰れた者達を馬車に詰め込んだり、飛行魔術で家や師団の寮まで送ってから自分の部屋に帰ってきた。
「ほんと困った奴らだよ〜。普通あっちが私の面倒見るべきでしょうが」
少女の口調は責めるようなものだが、その顔には笑みが浮かんでおり機嫌が良さそうだ。
送迎しているうちに身体が冷えてしまったのか、宴会時の高揚は既になくなってしまい、部屋がいつもより冷たく感じる。
そろそろ肌寒くなってくるので防寒の支度をすべき時期だが、明日からは学園の寮暮らしになるので学園の寮に秋物は送ってしまっていた。服はあまり買わないので毛布を被って紛らわせる。
リンクスはゆったりとした動作で自室を見回した。この部屋で過ごすこともしばらくないせいか、物が少なくなっただけではない寂しさも感じる。
「酔いが足りないや」
宴会では途中からお酒は飲まず、ひたすら部下達と喋り続けていたので全く酔っていない。
いっそシャワーだけでなくお風呂にも浸かろうと思い準備をし始める。
入学が決まってから今日に至るまで、あの狂った手紙の送り主は見つかっていない。通常任務や勉強の合間を縫って捜索を続けたが、何の手がかりも発見するには至らなかった。
リンクスは部屋の窓から星空を見つめる。
(犯人は王宮か、それとも学園の中か……どちらにせよ、私のやることは変わらない)
――明日から、リンクスにとっての非日常が始まる。