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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
二章
39/82

18 罪深きエリンジウム


「おねぇさん、こっちこっち! 早くきて!」

「そんなに焦らないで、すぐ行くわ」

「ヴィー、おねぇさんに手をつないでもらわないと、またころぶよっ」

「もうころばないもん!」

「ふふっ、そう言って昨日も転んだのはどこのお嬢さんかしら?」


 三人は、和気藹々としながら森の中にある花園へ到着した。

 家からそこまで離れていない為子供の足でも簡単に来れるうえ、精霊界の恩恵が強く出ており空気が透き通っていて過ごしやすい。

 魔素濃度が少し高いせいかあまり人間は訪れない場所だが、双子にとってはこの程度の魔素は害にもならない。やはり、私達に好かれる素質がある、とヘカテーは意図せず口角をあげてしまう。

 精霊に好かれる人種の最大の要素は魔力。相性が良ければ身体を作り変えやすく、簡単に自分のものにしてしまえる。そのことを無意識に考えたからだ。

 また、魔素への耐性は魔力の器に比例する。それが大きければ大きいほど、人間には致死量とも言える精霊界に漂う魔素に耐性がある。

 耐性が無いと、作り変える前に人の身が保たない。だが……


(この子達なら、大丈夫。ワタシとずっと一緒に……)


 ヘカテーは自身の思考に、はっとした。許されない願いを抱いていることに気づいてしまったから。

 マウロが心配そうに話しかけてくる。


「おねぇさん、どうしたの? あたまいたい?」

「ちょっと考え事をしていただけよ。心配してくれてありがとう」

「うん……あっ、ヴィーが転んだ」


 二人は蹲っているヴィオレットを助け起こし宥める。ふわふわとした土が功を奏したのか、どうやら怪我はなさそうだ。

 ヘカテーは、泣きそうになっている膨れっ面のヴィオレットに魔術を披露し意識をこちらに向かせた。思惑通りに目の前の魔術に夢中で、自身が転んだことも忘れた少女に安堵する。

 その後は三人で花冠を作ったり、寄ってきた小動物と戯れたりと長閑(のどか)に過ごした。

 家に戻る途中、マウロが恥ずかしそうにヘカテーの服の袖を掴みながら尋ねる。


「おねぇさん、明日も僕たちと遊んでくれる?」

「えぇ、もちろんよ」


 この安らかな日々が、ずっと続くと、そう……思っていた。



 ――全ては満月が照らす夜に変わった。

 吸い込まれるほどの奇しさを放つ月が頭上に浮いている。それをぼんやりとした顔で見る精霊がいた。

 ヘカテーだ。

 静寂の中ただただ佇んでいる彼女は、ここ数百年の出来事を回想していた。


 ――闇の精霊には、咎がある。

 数百年前のこと。闇の精霊王ハデスが、光の精霊を攫い閉じ込めたのだ。

 『ペルセポネの略奪』――この事件の余波は、精霊界のみならず人間界にまで及んだ。

 大地の荒廃、作物の不作、そして飢餓。

 大精霊デメテルの怒りを買ったことで、多大なる影響を及ぼしたのだ。

 飢餓状態に陥るほどの変化をもたらす彼女の憤怒をどうにか鎮めたのが、この枷である。

 数百年の時が経っても許されざる罪により負った呪い。

 ハデスは勿論のことだが、ヘカテー達側近もまた、王の身近に居たのに止められなかったことで罰が下った。

 ヘカテーの罰。それは――満月の日に魔術を封印されること。

 月から生じた大精霊ヘカテーは、月の出る夜、特に満月の日に力を増す。ゆえに魔術狂と呼ばれるほど魔術に傾倒していたヘカテーにとって、この呪いは自身が狂っているのと変わらない。

 月夜に狂うことは、とても重い罰だった。

 でも、一番力の漲る日に生き甲斐の魔術を奪われる苦痛から、あとほんの少しで抜け出せる。

 嬉しい。とても嬉しい。

 …………ただ、不安が過ぎる。


(枷から解き放たれたワタシは、危険だ。あの子達の害になる)


 この日が近づくにつれ、自身をそう認識した。

 永い生の中、魔術以外に対し初めてヘカテーはこんなにも人に執着している。

 元々この呪いは不完全で勢いばかりのものだった。その弊害がどこまで影響するかなんて誰も予想出来ない。

 だからヘカテーは、双子にはもう会わないことを決めて仕事を他の精霊に変わってもらったのだ。

 少なくとも双子がこの世に居る間は、二度と人界には行かない。

 右手を月に向かって掲げる。その手の甲には呪いの印が刻まれていた。


 そして、時は来る。

 枷が剥がれ落ち始めた。――精霊の理性と共に。


「あ、あぁ…………ああぁぁぁっ!!」


 呪いの解呪が進むにつれ、数百年の鬱憤(うっぷん)が、欲望が、解放されていく。

 抗うかのように右手を押さえつけ、声を荒げて耐えるも、無意味に等しい。


「うぅ……うっ、ワタシ、は……っ!」


 思考がぼやける。融けていく。

 封印が解かれる日を心待ちにしていたはずなのに、何故こんなにも自分は(あら)っているのだろうか。

 その思考が、思いが嘯いた瞬間。

 ――枷は、外れてしまった。


 気づいた時には人間界に降り立ち双子に触れていた。愛らしい頬を撫でると、マウロが薄らと瞳を開ける。


「おねぇさん……どうしたの?」


 寝起きで舌足らずな声に、ヘカテーは優しく語りかけた。


「一緒に、行きましょう?」


 ――そうしてヘカテーは、罪を犯した。



 だがヘカテーの暴挙は双子を連れ去ってすぐに突き止められる。兆候は封印の呪いを背負った者全てにあったのだから、ヘカテーの暴走も当然予期されていた。

 他の精霊で、ヘカテーよりも早くに強い暴走を起こした者がいたことで、注意が逸れ発見が遅れてしまったが。

 ヘカテーの家へと押し入った精霊達が目にしたのは、泣きながら幼子二人を抱きしめるヘカテーの姿だった。


「ごめんなさい……ごめん、なさい……」


 最終的に、人の子達はすぐにでも人界へと帰されることが決定された。

 もちろんヘカテーは、生涯関わることは許されない。

 だが、最後の別れだけは許された。


「ごめんなさい。ワタシは共に行けないの。ここからは絶対に、どんなに気になっても、こちらを振り返ってはダメよ……前だけを見続けて、あのヤヌスの扉を潜りなさい。少しでも振り向いたら家に帰れなくなってしまうわよ……」


 そう言われた双子は、やはり不安げな顔をしている。

 ここは狭間の場所、ヤヌスの管理する門扉から放たれる光と道を照らす灯火ぐらいしかない薄暗い道なのだから。

 だが、どんなに共に居てあげたいと想っていても、その願いは叶わない。


「ほら、あの扉を潜ればすぐに家に辿り着くわ。今日は共に帰れなくてごめんなさい」

「うん……なら明日会ったときに、新しい魔術を見せて。約束よ」

「えぇ、なんでも見せてあげる」


 嘘だ。

 もう二度と、見せることは出来ない。


「…………」


 マウロが何か言いたげな顔をしたが、ヘカテーはそれを笑顔で相殺した。

 無言のやり取りは長く続かず、聞き分けよく双子はヘカテーに背中を向ける。


(……さようなら、ワタシの愛し子達……)


 二つの小さな背中を見つめ、噛み締める。

 門は目前だ。あと少しの時間しか見ることの出来ない姿を目に焼き付ける……。

 

 ――だが、ヴィオレットが門を潜った瞬間、マウロがこちらを振り向いた。

 ヘカテーとマウロの視線が交差する。

 その事実に愕然として、ヘカテーは声を荒げた。


「どうして、どうして振り向いてしまったの!?」


 門はマウロが精霊界から出ることを拒み、ヴィオレットだけが門の向こうへと消えていった。

 この門は緊急措置なのだ。迷い子達を生還させる為の唯一の道。

 それを拒絶して仕舞えば――!


「だって、おねぇさんが……悲しい顔をしてたから」


 ポロポロと涙を流しながら、ヘカテーは愛しい人間を抱きしめる為に走り出した。




 * * *




「――これが全てよ。全ての元凶は……ワタシ」


 精霊隠し事件の真相が全て語られ、場は沈黙に包まれた。

 ずっと、険しい顔でヘカテーの話を聞いていたヴィオレットがマウロに視線を向け話し出す。


「……マウロ。何故振り向いたの」

「それは…………ヘカテーが語ったように、彼女が泣きそうだったからだよ」

「貴方なら分かっていたはずよ。振り向いたら二度と帰れないということが。知っていたはずよ……妻を生き返らせようとした『オルペウスの冥界下り』の結末を」


 それが久々の姉弟の会話だった。

 だがヴィオレットの声は刺々しく、弟との再会を喜んでいるような声音ではなかった。


「貴方は分かっていて振り向いたの。私よりも、その精霊を選んだ」


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