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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
二章
38/82

17 再会


「ふぅ、さあ着いたよ〜」

「此処は、どこなの?」


 ヴィオレットが驚愕に揺れる声で、リンクスに問いかける。

 門が開いたと思えば、見たこともない場所に立っていた驚きは形容しようもないだろう。

 目を開けた先には、全体的に薄暗い世界が広がっていた。木も草も地面すらもうっすら(かすみ)がかかっており温度を感じない。


「此処は、先輩のお目当ての精霊が住む世界と現世の狭間。あっちから来てくれるだろうから此処で待ちま〜す」

「来るって言ったって……前には川しかないけど?」

「大丈夫、来るから」


 門に引き摺り込まれたヴィオレット達の目の前には、大きな川が流れているのみである。

 広い川の中腹からは(もや)に包まれていて、此処からでは向こう側の様相(ようそう)は分からない。

 この肌寒く暗い世界は魔素濃度が高いせいか、長時間滞在し続けることは人間には難しいだろう。

 薄寒さも相まって落ち着かないヴィオレットとミルトに対し、リンクスとネオは堂々と余裕のある態度で立っている。


「はぁ、なんか魔術使ったからお腹空いてきた〜何か持ってくればよかったよ」

「ここで食べるのは……どうなの?」

「持ってきたやつなら大丈夫でしょ」

「それもそっか」


 なんとも気の抜ける会話をしている。

 リンクスが魔術で火を出して、その火を囲むようにして狭間に訪れた四名は話しながら待つ。

 ネオの正体を明かしたときの二人の驚きように、リンクスは笑みを止められなかった。

 そして、今回禁術に近い魔術が使えた理由に関しては、リンがリンクスにお願いして王より使用許可を頂いて実行した、ということにした。

 実際にはリンの正体はリンクスなのだが、リンクスは離れた場所から魔術で支援をしているということにして二人には説明した。

 第四の隊長が部下のお願い一つで禁術の使用を王に願うなんて、流石に説得力がないかと思えば意外にもミルトが理解を示したことで疑われなかった。

 父親から色々とリンクスのやらかしを聞いていたらしい。ネオが口元を手で押さえるのが横目で見えた。


(こんなところじゃなかったらつねってたのにっ)


 ミルト達からの質問に対しては、リンクスが下手な解説をしても、ネオが捕捉したり、これ以上は秘匿事項だと言って乗り切った。

 あらかたの説明が完了した頃、靄の方角から水を漕ぐ音が聞こえてくる。目を凝らして見ると、一隻の船がリンクス達を目指し向かって来ているようだ。

 警戒するようにミルトがヴィオレットを庇うように立つ。


「来た」

「良いタイミングで来たね〜」


 船には三つの影が見える。

 立った状態で船を漕ぐ影は渡し守。座っている二つの影はそれぞれ、婦人と少年のようだ。

 だんだんと、船がこちら側に近づいてくる。

 ゆっくり、ゆっくりと此方を目指してやってくる。

 船が岸へ辿り着き、面布をつけた渡し守が船を安全に降りられるように魔術で定着させた。黒いフェイスベールをつけている女性に先に降りた紫色の髪を持つ少年が手を差し伸べる。

 女性はその手を借り船から降りると、此方へ向かってゆっくりと歩を進める。

 ヴィオレットは少年の顔を見て呆然と呟いた。


「っ!! ……っ、マウロ……」


 声を掛けられた少年は、ヴィオレットに向けて顔を綻ばせた。懐かしい者を見る優しい眼差しに、ヴィオレットは息が詰まる。

 ずっと会いたかった人が目の前にいた。姿は少しだけ成長していたけれど、まだ年相応とは言えない。時間の経過が違うのか……少年という年頃に見えた。

 ヴィオレット達の前まで二人は来ると、女性の方がリンクス達に話しかける。


「ご機嫌よう。そして、久しぶり……と言っていいのかしら? 貴女は覚えていないでしょうけど……そう警戒しなくていいわ、ワタシはワタシの罪を償いに来ただけですもの」


 女性が不穏な言葉を吐きながら、慎重にベールを取る。その顔を見たヴィオレットは驚愕に目を見開いた。

 ヴィオレットは、その女性の顔に見覚えがあったからだ。

 長い黒髪に陽光のような瞳が映えていたことも、自分達を優しく撫でてくれたその手のことも。

 弟を攫った精霊としてではなく、共に遊んでくれた、いつのまにかいなくなってしまった女の人として……なぜ今まで思い出せなかったのだろう。


「覚えてないって……どういう、こと?」

「……人は精霊界に入れたとしても、人界に帰えれば異界での記憶を保持できない。現世の者達は精霊界に入ることが出来ないとされているけど、実際はそうじゃないわ。精霊界から出るときに忘却の魔術が掛けられるから、人は精霊界での記憶を維持できないだけ」

「忘却の魔術?」


 ミルトが聞いたこともない魔術に、眉を寄せる。人体への干渉魔術は制限があり、ましてや記憶の一部を消すことなど技術的に不可能だ。

 人ならざる者の領域の魔術に、ヴィオレット達は息を呑む。

 見た目だけなら耽美な絵画のような美しさを持つ麗しい女性であるこの者は、人間の皮を被った――精霊。


「改めまして、自己紹介を――ワタシはヘカテー……<魔術のヘカテー>と言えば、分かるかしら?」




 * * *




 十二年前、アルカディア王国トラキア地方ルーポリを治める子爵家に二つの命が誕生した。

 そのモナクシア子爵家の双子は、女の子はヴィオレット、男の子はマウロと命名される。そしてこの双子は、下位貴族に分類される子爵家の生まれの割に魔力が高く将来を有望視されていた。

 そして、それは精霊にとってもだ。量も多いことに越したことはないが、何よりも質を重視している。

 だが暗黒期以降、精霊は現世への干渉をやめた。精霊隠しが起きるほど精霊に好かれやすい魔力を持っていても、何の問題もなかったはずだったのだ。


 人界と精霊界が完全に分断されたとはいえ、一切の干渉を捨てるわけにもいかなかった。

 精霊界から魔力の源になる魔素を流しているからだ。

 魔素の過剰部分を排出することは、精霊界のバランスを保つためにも必要事項。また、人界側としても適度な魔素の放出は好まれる現象だ。

 この各属性の魔素の管理を行うことこそが、精霊王の役目なのである。

 そして精霊王達の側近達で、一番魔術の扱いに長けている精霊が人界側から魔素排出を調節する決まりであった。

 ヘカテーもその一人。闇の精霊王ハデスの側近として魔素を管理する一環で、人界の様子を観察していた。

 そんなときに出会ってしまったのだ。


 ――自分にとって最高に居心地の良い魔力を持つ人間を。


 ヘカテーはその小さな人間達を見つけた瞬間、自分の心臓が燃え上がったように感じた。


 ――瞬く間に成長する彼らがとても愛しい。

 ――魔素の観察よりも、この幼い子供を観察していたい。


 だが、真面目なヘカテーはどんなに焦がれても人間に接触しなかった。過去の事件から、精霊は人間に接することを控えているからだ。

 側近であるヘカテーが、人間に好意を持ちあまつさえ連れ去ってしまいたいと思うなど重犯に等しい。

 精霊が葛藤する中、人間の一家は揃って領地に向かう。

 その領地は遠い昔、まだ精霊が人間界で活動していた頃にヘカテーが住処にしていた土地だった。

 その地の住人はヘカテーを強く信仰し教えを乞い、様々な魔女の薬を生み出した。魔法薬や様々な魔術の助言をしたことで多くの魔術士を輩出しヘカテーはこの地を魔術の町として栄えさせたのだ。

 これが<魔術のヘカテー>と呼ばれる所以だ。


 ゆえにヘカテーは、その後も幼子達を見守り続けた。水面同士を干渉させ彼らの様子を映したり、月夜の晩に思念体を飛ばし危険から遠ざけたりと、様々な方法で無事の成長を助け、見守ろうとした。

 それが出来たのも、ひとえにこの土地の影響だ。ヘカテーに縁があり、尚且つこの領地の湖は、精霊界から魔素を流している場所の一つでもある。

 これが光の精霊の影響が強い土地であれば、ヘカテーも手を出せず諦めることが出来ただろう。闇の精霊は、光の精霊に頭が上がらないからだ。

 この執着の行き着く果ては、精霊間の不和を助長させると分かっていても、ヘカテーは双子の観察をやめることが出来なかった。不穏な気配をさせながら――


(精霊を攫うことと、人間を攫うこと……いったいどちらがより重罪なのだろう……)


 だが結局、ヘカテーは子供達に直接関わるようになった。最初は夢の中で……その後、魔力の強まる満月の日になると直接接触しだし、交流を重ねたのだ。

 この頃のヘカテーは、普通に堂々と双子の側に居た。

 ヘカテーにとっては人間の認識や印象を操作する難易度の高い魔術を使うことすら、幼子に会うためなら容易い芸当となる。

 子爵家の人間達は魔術によってヘカテーを侍女だと思い込み、今も侍女の一人に子供達の相手をしていると認識しているのだ。

 そうしてだんだんと、彼女は自身の欲望に逆らえなくなった。


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