16 私の生きる理由
「ちょっと、何故森へ?」
「もう準備してるからです!」
「どういうこと?」
リンクスにゆるく引っ張られながら、ヴィオレットは渋々歩いている。
講堂での演劇クラブの劇は終わり、退治の場面ということで生徒達はバラバラに講堂を後にしたが、リンクスはヴィオレットを泉まで連行していた。
泉に近づいたところで、シンシアとクロエが並んで立っているのが見える。
驚くヴィオレットに対しリンクスの方は前方に立つ人物達に、大きく手を振った。とても気軽に。
「お〜い! こっちこっち〜」
「リンさんっ淑女がそのように手を振らないの!」
「は〜い」
「もうっ……ヴィオレット様に申し訳ないわ。この子が案内人で」
「案内人?」
展開についていけないヴィオレットがシンシアの言葉に疑問を浮かべた為、シンシアは彼女を安心させるように笑顔を向けた。
「大丈夫……変なところに連れて行くわけではないわ」
「……はい」
「ねぇ、ヴィオレットさん。貴女保管室にあった学園のものではない本を読まなかった?」
「……っ! 何故……」
それまで黙ってリンクス達のやりとりを見ていた学園長がヴィオレットに尋ねた。
何故分かったのか、と言いたげなヴィオレットにリンクスは答える。
「ごめんね、先輩。流石に本のことは学園長に言っちゃった」
「……貴女、最初から全部知っていて声をかけたの?」
「いや、最初は違ったよ? 先輩が呼ぼうとしてるって確定したの昨日だし」
「では、何のために……?」
ヴィオレットは見当のつかないリンクスの目的に首を傾げる。リンクスは得意げな顔をして、ヴィオレットに向けて指を差しキメ顔で宣言した。
「それはもちろん! 愛ゆえに!!」
「淑女が人に指を向けないっ」
すぐさまシンシアによる説教が飛んできたことで格好がつかなかったリンクスは、素直にシンシアに従い指を下ろした。ショボン……とした顔になる。
リンクスの言葉で余計混乱するヴィオレットに、シンシアがとりなす。
「まぁそちらの話は置いておくとして……ヴィオレット様、こちらへ」
「…………っなんで、貴方が此処に」
シンシアに後に着いて泉のそばまで辿り着いたヴィオレットは、泉一体に大規模な魔術が施されていることに気づく。
ヴィオレットは魔術が施されたそこへ視線を向けると、その先にはミルトが立っていた。奥には魔術士のローブを着た男もいる。
「ヴィオレット嬢……」
「何故、ミルト様がここに?」
もっともな疑問だ。そもそも一切の説明なく連れてこられている。
「君が自分を犠牲にしてまで精霊を呼ぼうとしてる、ってメルクーリちゃんに聞いたんだ。だから、あのときのことを君に、謝る為に頼んだ……君の弟のこと全然知らなくて無神経だった。ごめん」
「謝らないで……経験したことない人には精霊は御伽話のように遠い存在だもの。それにあの事件はもう何年も前のことよ、貴方が知らなくて当然だわ。危ないことを止めるように言っただけ」
「でも、君は忘れていない」
ミルトは確信していた。
――ヴィオレットは、連れ去られた弟のことを片時も忘れていない。
そして、その確信は当たっていた。
「……ふふっ……えぇ、私は忘れていないわ! 絶対忘れない! 私達は双子だったっ……私の半身、片割れ! それを精霊に奪われた! マウロが居なくなって全て壊れたっ!!」
ヴィオレットの表情は嘲笑うかのようだった。どこか痛々しく、声も悲痛さを感じる。
……恐らく、怒ることや感情をむき出しにすることに慣れていないのだろう。ミルトは痛みを堪えるような顔をしながら、ヴィオレットから目線を外さない。
「私はね、マウロがいなくなった後、父と母に『ヴィオレットが居なくなればよかったのに』って言われたの。帰って来た娘に言うセリフじゃないと思わない? 二人はその後に必死に抱きしめて謝って来たけど……私の心はもう壊れて戻らなかったわ」
それはそうだろう。自身の半身をなくした少女に、酷すぎる仕打ちだ。
貴族なら男の後継の方が喜ばれる。ましてや精霊に気に入られるほどの魔力の持ち主だったのだ。攫われていなかったら優れた跡取りになったことだろう。
そんな話を語りながら、ヴィオレットが少しづつミルトの方へ歩みを進める。
「ずっと、ずっと精霊からマウロを取り戻すことだけ考えて生きてきた。精霊を殺して、マウロを取り戻して、二人で楽しく暮らすの……それだけを、夢に見て…………でも、」
「……でも?」
「…………貴方が私の前に現れた。マウロとは全然違ったのに、不思議と貴方のそばは居心地が良くて……保管室で召喚の魔術を見つけた時、真っ先に考えたのは貴方のことだった」
「お、れ……?」
ミルトまであと数歩の距離で止まると、ヴィオレットは少し俯いて話し出す。
「魔術の代償で私が死んだら、貴方は悲しむかなって」
「悲しむに決まってるだろ!!」
言葉を被せるように叫んだミルトに、ヴィオレットは驚き顔を上げた。
ミルトは悔しそうな表情でヴィオレットに訴えかける。
「誰よりも悲しむよ! 泣いて泣いて、情けない顔で亡骸に縋ってやる!! そのくらい俺は、ヴィオレットが好きなんだから!!」
「………私は、たとえ死んだとしても復讐を果たしてやろう、なんて考える女よ。俯いて世界を呪う私じゃなくて、もっと相応しい相手がいるかもしれないわ……それでも」
「相応しくないのは俺の方だ! 父や兄と違って魔法騎士になれそうにもない。何も成せない半端な騎士だっ!」
「そんなことないわ……だって」
ヴィオレットの言葉を遮ってミルトが反論する。
そんなミルトに、ヴィオレットは真っ直ぐ、そしてはっきりとした笑顔で言い切った。
「過去ばかり見ていた私が、未来に目を向けるようになったのは貴方のおかげよ……私が貴方に相応しくないことはあっても逆はない。それから……私も貴方が好きよ」
「……っ!!」
ヴィオレットの告白に、ミルトは狼狽える。顔はリンゴのように真っ赤に染まっている。
「さっき、最後まで言わせてくれなかったでしょ。話は最後まで聞くべきよ」
「ご、ごめん」
さっきまでの勢いを無くし素直に謝るミルトに、ヴィオレットは笑みをこぼす。
「私よりも相応しい相手がきっといるわ。それでも、私でいい?」
「ヴィオレットでいい、じゃなくて――ヴィオレットが、いいんだ」
ミルトが片膝を地面につき、ヴィオレットの手を取る。
その手に口付けを落としながら真っ直ぐな視線をヴィオレットに向けた。
「――俺と、ずっと一緒に居てほしい。弟じゃなくて俺を君の生きる理由にしてくれ。その為なら何だってする……俺の隣は、ヴィオレットがいい」
「えぇ、私も、隣はミルトがいい」
その姿は、御伽話に出てくる騎士が姫に愛を誓う場面のようだった。
告白の後、互いを抱きしめ小声で囁くように会話する二人を外野達は――目線を逸らすでもなくガン見していた。
リンクスは初めて純粋な告白現場を見て感動しており、横に居たシンシアも感激したのか、見つめ合う二人への喝采をギリギリで自制し小さく拍手を送っていた。
リンクスが周囲を見回すと、クロエやネオすら小さく拍手をしていて、思わず笑ってしまった。
その笑い声が届いてしまったのか、二人の世界にいたミルトが慌てて身体を離す。
「はっ! 今の見て……?」
「それはもうバッチリ見ました! 騎士のプロポーズは跪いてするって本当だったんですね〜」
「す、素敵だったと思います。アルカディア王国第一王女として心から祝いの言葉を送りますわ!」
「ふふふ、生徒の告白現場を見るなんて初めてよぉ……良いわね、これぞ青春!」
三者三様な感想を述べる彼女達の内、二人がニヤニヤ笑いである。絶対に後で揶揄うつもりの顔だ。
少し遠くの位置からその様子を見ていたネオは、「八法士の女性陣に告白現場を見られてはならない」と帰ったら友達や同僚に教えることを決意した。
「あはは、いや〜良いものが見れた……これはお礼を贈らないとだ。そうだよね?」
「お礼?」
ヴィオレットが不思議そうにリンクスの言葉を繰り返して首を傾げる。
「うん、私達からの最高の祝福だよ。全部ここで終わらせよう? ヴィオレット先輩」
「終わらせるって」
「大丈夫! 痛くはないし危険もないよ」
「シンシア、貴女は下がって。魔力に耐えられないかもだから」
「え、何をするつもりで…………まさか!?」
クロエの言葉にこれからすることに気づいたのか、シンシアはリンクスを止めようとする。が、もう既に結界を張った後で制止の声は届かなかった。
外からはクロエが、中からはネオが結界を固める。
リンクスはヴィオレットとミルトの元へ駆けると、二人の腕を少し掴む。
ミルトにはあらかじめネオが説明したのだろう。この先に何が待ち受けるか、覚悟を決めた顔でリンクスを見ている。
ヴィオレットは少し不安そうだが、リンクスに掴まれていない方の手をミルトに手を握られて覚悟を決めたようだ。
「お願い……リンさん」
「うん。真実を、確かめに行こう」
二人を水辺へと誘導している間にネオが魔道具を最終駆動させる。すると、魔道具から流れ出した魔力が周囲を覆っていく。魔力は霧となり結界を覆った。
「ここを過ぎれば、永遠の国――」
薄暗くなった結界内でリンクスが詠唱をし始めると、その声だけが異様に響き渡る。
風が止み、森はゾッとするほど静かになった。
水面に映る月は飲み込まれそうなほど怪しく光り、偽物の月が本物以上の輝きを放っているように感じる。
そんな神秘的な光景を食い破るように、泉の下から漆黒の豪奢な門扉が現れた。その門はまるで、冥府へ誘うかのように禍々しい魔力を放っている。
リンクスが二人から離した両手を水面へ重ね、最後の詠唱を口にする。
「――常夜へ誘え。開け、狭間の門!!」
リンクスの言葉に応じ門が音を立てながらゆっくり開き始める。
何故か見覚えを感じるその門の中は眩しく輝いていて、ヴィオレットは思わず目を瞑ってしまった。
そして門は、結界内の人間を――吸い込んだ。