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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
二章
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14 舞台の準備は最高のスタッフで


 収穫祭最終日となった今日、リンクスは学園の敷地内にある泉に来て最終準備をしていた。

 隣には学園長であるクロエがおり、二人は周辺に結界を貼り巡らせ簡単に生き物が近づけない状態にすると、魔術の準備に取り掛かかった。


「はぁ〜学園にこんな悪戯をする人が、既に潜んでいたなんて……やっぱり魔術の抜け道を完全封鎖するには人の手が必要ね。大至急見直さないといけないものが増えて嫌になっちゃう!」


 クロエは手を動かしつつ口も止まらない。実は、収穫祭初日の夜からリンクスと連絡を取り合っていた為、睡眠時間が大分減っていた。


「お肌が荒れちゃったらどう責任取ってくれるって言うのよ! もう!」

「おつかれ〜てかさ、今回の件絶対あの帝国絡みでしょ……滅ぼされた報復でもする気なの? もしかしたら手紙の魔術士もそっち絡みかもね〜」


 リンクスはクロエの愚痴を軽く流しつつ自身の考察を伝える。帝国と魔術協会の残党の一人が手紙の魔術士ではないか、というものだ。


「報復、ねぇ……帝国と魔術協会の癒着が深刻で協会の魔術士達を多く囲んでいたと言われてるけど。手紙の魔術士も戦争に参加していたのかしら? まぁどの国も、今は自国の立て直しと難民問題を優先しているから、逃げ延びた魔術士の捜索に大きく人手を使えないわ」

「あと何人、参考人達は見つかってないんだっけ?」

「まだまだ居るわよぉ……隠れんぼが上手くて嫌になってしまうわね!」


 昨日、リンクスがスピサと共に見つけた精霊召喚の魔術が書かれた魔術書にリンクスは覚えがあった。

 その本のタイトルは『精霊支配の術』――アルカディア王国の三大図書館の一つ、プトレマイオス大図書館地下にある秘密の禁書庫に所蔵されている。

 昨夜のうちに学園外の八法士たちに連絡を取り、彼らに図書館長の方に問い合わせて貰ったところ、原本は無事であった。

 だが『精霊支配の術』は、近隣のパンテオン皇国と先の戦争で滅びた帝国にこの本の写しが存在している。そして現在帝国の写しは行方不明になっていた。

 つまり、この国以外に所蔵されていた帝国にあった写本が学園の図書館に置かれていた可能性が高い。

 これ以上は政治的な問題も出てきそうだったので、リンクスは他の八法士達に調査は任せ魔術の準備に専念した。


「精霊召喚の魔術書は複数あるのに、わざわざ我が国に伝わるものを置くところにいやらしさを感じるわ!」


「いやまあそうだけどさ〜世間的に見れば、生贄百人捧げるやつが流出するよりはマシじゃない?」


「それはもう論外のやつよ!」


 西方のテオティワカン国の古代魔術は、大抵生贄が出るしその数がおかしいので、大陸一恐ろしい魔術がある国として有名だ。

 今では魔術士の管理が厳しくなったことで、古代魔術を使用した場合極刑となったらしい。

 アルカディア王国でも、禁術の使用は許されておらず使おうとした時点で相応の罰がある。

 唯一非常事態のみ八法士は使用出来るが、それすら王による許可がないと扱えない。


「はぁ、なんで学園でこんなことをする羽目に……私、最近本を読んでるから知ってるんだぞ〜普通はここらで一発青春というイベントが来るって。なのに私に来たのはお仕事だけ」


「はいはい、もう少し我慢なさい。いつかは来るわよリンクスちゃんの青い春」


 二人は、お喋りに興じながらも手元では魔術式を量産し陣地として成立させていく。

 陣地とは魔力場だ。召喚術系統や強大な魔術を扱うときに、魔術士が自身に有利に働く魔力場を作り上げることで成功確率を上げる効果がある。

 この国の頂点に位置する八法士が、陣地作成を行わなければならないという時点でこのあとに行う魔術の難易度がどれほどのものか窺える。


「ねぇ〜クロエちゃん、助っ人遅くない? 私疲れちゃった〜」


 リンクスは、自身の持つペンに付いている羽の装飾を触りながらクロエに尋ねた。


「もう! 普段から短縮詠唱で魔術を使ってしまうからよっリンクスちゃん!」

「無駄を省いて何が悪いんさ」


 そろそろ応援要員が来ていい頃なのだが、中々到着しない。

 正確な魔術式を綴る行為に慣れていないリンクスは、既に手が痛くなってきていた。最近は学園の授業で書くことも増えたとはいえ辛いものは辛い。

 魔術式を短縮するという技術は誰にでも出来るものではないが、リンクスはほとんどの魔術を短縮詠唱で発動させている。

 今回に限ってはめんどくさがって縮めることを禁じられたリンクスは、泣く泣く長い魔術式をいくつも綴り大きな陣を作っていた。


「……ごめん、お待たせ」


 そんな二人に、背後からのんびりとした声が掛かる。

 二人が張った結界は、指定した人物以外の来訪を禁ずる不可侵領域を形成する上位の結界魔術だった。その魔術に干渉できるとしたら指定した人物以外にはいない。


「ネオー! 会いたかったよ!!」


 突如現れた人物に、リンクスは嬉しげに制服のスカートを翻しながら飛びつく。

 そんなリンクスを難なく受け止めたネオは、動揺することもなく彼女の背に手を回した。


 ――八法士が一人、<転変>ネオ・アウリガ。


 ネオとリンクスは、貴族出身ではないが希少属性持ちで魔術師団の隊長職を担っているなど、共通点の多い仲間だ。

 モーブシルバーの髪は一部分だけ伸ばし、三つ編みにして垂らしている。魔術師団の制服であるローブのフードをいつも被っているせいか、ミステリアスで大人しそうな風貌だ。

 八法士の杖を難なく扱っている姿からは、細身でありつつも十分な筋肉量を感じ取れる。


「ん、久しぶり……なんかいつもより熱烈だね。ボクも会いたかったよ……制服似合ってる」

「でしょでしょ〜……あっ! 第八から魔道具借りてきた?」

「借りてきたよ」


 二人は密着したまま平然と会話を続けており、そこに照れなどの感情は無さそうだ。離れ離れだった恋人達のような距離感だが、もちろん恋人などではない。


「はーい、お二人とも。そろそろ再会のハグはやめて手伝ってくださらない? リンクスちゃんはここの術式を繋げて。ネオさんはこっちをお願い」


 クロエの声掛けで二人は抱き合った体制を解き、各々魔術陣を構成し始めた。



 * * *



 空も少し翳りを見せ始めた頃、リンクス達の行う魔術の準備が整った。最後の仕上げとして、大きく書かれた陣の中央に魔道具を置き固定させる。


「やっと終わった〜もう働きたくない!」

「リンクスは、ここからが本番でしょ? ……頑張って」

「うぅ〜姫様と約束したしね。頑張ってくる」


 今のリンクスにとって、シンシアの望みを叶えることこそ最優先事項。


「あぁ、そういえばうちの姪はどう? 貴女の次の王候補になるかしら?」

「学園長がそんな話していいの? 彼女は優しすぎるから、やめた方がいいと思うな〜」

「あら、面白くないから〜、とかの理由じゃないのね」


 クロエは意外そうな、それでいて面白そうなものを見たと言いたげ顔をリンクスに向けた。

 そんなクロエに、リンクスは苦虫を噛んだ顔を見せる。


「その変な顔のクロエちゃんには嫌な予感しかしない」


「失礼な! わたくしの顔の話は置いといてねっ? あの子はすこ〜し後ろ向きというか、小さいことでも悩んでしまうところがあるというか……そんな風だから心配していたのだけど、リンクスちゃんみたいな子がお友達になってくれたなら安心だわぁ」


「考え過ぎってのは分かるね。でも、姫様が友達って思ってくれてるかは微妙」


 人によって友達のラインは違うだろう。

 リンクスの線とシンシアの線はそれぞれ異なるのだから――そこを無理やり同じにしようとは思えない。


「あの子ちゃんとしたお友達が居ないから、仲良くしてあげて欲しいのだけどっ」

「一緒に居る時は結構仲良くしてるよ? でも表だってずっと一緒に居ることは出来ないし。仲が良くなっても、私を友達と認識するかは姫様次第だからなぁ」


 リンクスは「まだ緊張とか遠慮がある気がするんだよね〜」とシンシアの様子を語る。

 すると、それまで二人の話を黙って聞いているだけだったネオが急に話し出した。


「リンクスと居ると……気が抜ける」


「いきなり何!? それ褒めてる!?」


 いきなりのネオの発言にリンクスは思わずツッコミを入れるが、ネオは何食わぬ顔で話を続けた。


「褒めてる……リンクスがいると大丈夫だなって感じるということ。だから第一王女もすぐそうなると思う」

「そう、……なの?」

「うん」


 口下手というか、言葉が足りない男だ。何年経っても変わらないな、と思いつつリンクスはネオの言葉について考える。


「えぇ、ええ! わたくしもそう思っているわ! シンシアちゃんにリンクスちゃんをお友達として紹介して貰うのを楽しみにしてるから!」

「うへぇ……過度な期待だぁ〜」


 リンクスの嫌そうな顔にクロエ達が笑う。

 そんな和やかな雰囲気の漂う空間に、禁術である精霊召喚の魔術によく似た魔術が組み込まれているなんて……誰も思うまい。


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