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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
二章
34/82

13 保管室にて


 図書館の外に出ると、温かい陽射しがリンクス達を待ち受けていた。雲一つない晴々とした空を見渡して、このような良き日を図書館に籠って過ごしていた事実に、リンクスはげんなりとする。 

 予定通り進んでいるのなら今頃最後の発表が行われているはずだ。その為、図書館周りは閑散として人気が全くと言っていいほどない。その道のりをリンクスとスピサは並んで歩く。


「魔獣肉の屋台とかあるかなぁ? 私、ホーホー鳥とか好き〜」

「北では魔獣食の文化がそこそこ根付いていますが、他の地方ではそこまで一般的ではないと聞いたことがあります」

「え〜もしかしてゲテモノ扱い?」


 たわいもない話をしながら屋台通りまで辿り着くと、リンクスは早速歩きながらでも食べれる串焼きの屋台に一直線に向かった。どうやら普通の肉を使った串焼きのようだ。スピサに確認を取ってから購入する。


「は〜い、鳥のやつ」

「ありがとう……ございます」


 二人は問答の末、串焼きを一本奢るということで決着がついた。なのでこれだけはリンクスの奢りだ。


「あっあそこにも串焼き屋が出てる! 美味しそうだよ、行こう!」


 集中していたせいか、リンクスも気づかないうちにいつもよりお腹を空かしていたようだ。食欲を促すいい匂いにフラフラと寄って行く。

 スピサは文句も言わず、主人に従順な従者のようにリンクスの後を追う。リンクスは、そんなスピサを伴って買っては食べを繰り返した。豚や牛、野菜の串焼き屋を巡り、最後に甘いものが食べたくなったリンクスは、フルーツ飴を頬張った。

 リンゴ味の飴を舐めながら、図書館への道を並んで歩く。


「ねぇ、ヘルクレスくんは召喚の魔術使ったことある?」

「ないな……召喚はそもそも、何を対象にしたって難易度が高い。引き寄せとは違うでしょう」


 引き寄せの魔術は遠くにある対象を自身へと引き寄せる魔術だが、召喚はどこにあるかすら分からないものを呼び寄せる魔術だ。

 魔術式に明確な場所や物体を組み込めないだけで、難易度はぐんと上がる。その差は明確で、適性の高い人間でも中々成功しない。

 そして、召喚の魔術は高確率で生贄が必要になる。一人の人間の魔力では圧倒的に魔力が足りないからだ。

 たくさんの人間から魔力を搾り取り殺すことで成功する魔術が、禁術に入らないわけがない。


「ていうかヘルクレスくん、私がタメ口でも怒らないんだね」

「ああ。……この学年で一番強いのは貴女だ。身分以前に実力のある者を敬うのは当然でしょう」

「えっ、だから私に対して敬語で喋ってるの?」


 スピサはコクリと無言で頷く。それは、貴族の人間としては珍しい態度だった。

 この国は魔術大国ではあるが、一部を除き平民は農耕に使える魔術を覚えることに偏り、専門的な高い魔術書は買いたがらない傾向がある。魔術はやはり貴族の方が身近だ。

 そうすると、幼少から魔術の基礎を学べる環境にある貴族の方が優位なのは当然のこと。だからこそ、その魔術の腕で平民に劣ることを認めたくないと思う貴族は多い。特に男なら。

 しかし、スピサの放つ言葉にはリンクスを下に見ている様子はない。彼の目にあるのは敬意だけだ。

 リンクスはスピサに色々と聞きたいことができたが、今は全部置いておく。

 二人だけの道中は、図書館の入り口にある石の階段に差し掛かった。

 リンクスは先に数段登ってからスピサを振り返り、楽しげな様子で彼に云う――


「ふふ、変な人だね。スピサくん」




 図書館へ戻るとやはり利用者は一人も居らず、司書などもいなかった。防犯の魔術があるから常駐じゃないのかもしれない。

 スピサが本を探しに、リンクスは精霊に関する記述のある本を片っ端から読むかたちで午後の時間も進む。

 リンクスの集中力が切れたタイミングで戻ってきたスピサが、リンクスに話しかける。


「保管室の入室許可がおりました」

「保管室?」

「貴重な本は表には出さず、奥にある保管室に所蔵しているんです。申請を出して許可された場合のみ入室出来ます」


 いつの間にかスピサが申請しておいてくれたようだった。


「そんなのがあったのか〜ありがとね! ……あれ? 警備員とかいないんだ」

「扉には厳重に魔術が掛かっていて、無理やり入ろうとすれば警報が鳴ります。他にも危険な魔術が仕掛けられているみたいですが……実際に発動したことがないので、現状製作者にしか何が起こるかは分からないそうです」

「魔術の中身より、何が起こるか分かんないものを設置し続けることこそヤバいと思うんだけど……」


 その保管室の扉は確かに厳重で、押しても引いても開かなそうな作りをしている。

 スピサが扉に手をかざすと、魔術が起動し扉がゆっくりと開いていく。王宮にある八法士や師団長会議の部屋に使われている魔術と基礎は同じもののようだ。


「おお〜……意外と広いね」

「魔術書と歴史書は特に保管が厳重だから……持ち出しが禁じられているのでここで読みましょう」


 二人はそれぞれ本を手に取り精霊の記述を見つけていくが、中々リンクスの目当てのものは見つからない。


(あれ? この本だけ背表紙に印がない)


 『魔術式の短縮とその影響』というタイトルの一見普通の本だ。

 だが、この図書館の蔵書は全て背表紙に印があるはずなのに、この本にはそれがない。

 リンクスは嫌な予感がしたので、急いでスピサに尋ねた。


「――スピサくん、ここにある本って持ち出し禁止であって、()()()()は禁止されてないの?」


「保管室の入室申請のときに説明書きを読みましたが、持ち込みに関しては書かれていなかったはずで……?」


 警戒するような目でリンクスの元に来て、手元の本を見つめる。リンクスはスピサに見やすいように持ち替えて背表紙を見せる。


「ここ、証明の印が無い」

「誰かが混入させた? 何故そんなことを……」

「さあね……とりあえず変な魔術は掛かってないみたいだし、見てみようか」


 スピサが動揺しつつも頷いたので本を開いてみる。

 するとそこには、タイトルとは全然違う内容が記されていた。


「精霊召喚の魔術なんて、本当にあったのか……禁書レベルだろうに、どうしてこんなところに」

「……スピサくん、このことは秘密にして。学園長に報告するだけにしよう」

「混乱を招くから?」

「そう、これはここにあっちゃいけない類のものだよ」


 この魔術は一番最悪なものではなかったが、リンクスの目的としては充分最悪に近い展開だ。

 何故ならこれは、供物――自分の身体を代償に、精霊を呼び出す召喚魔術。   

 ヴィオレットは恐らく、身体の一部を犠牲にするつもりだ。でも、この魔術には罠がある。

 腕の一つくらいならばいい。でもこの魔術における代償は、精霊側によって決められる。

 つまり精霊の要求によっては、身体の一部として心臓だって捧げることになってしまうのだ。


「印が無いなら持ち出しても大丈夫だよね?」

「あぁ魔術に反応しないはずだから……もし警報魔道具が鳴った場合でも、最初に駆けつけた先生に正直に言えばいいはず」


 リンクスは、いつもより自分の声が硬いのを感じる。共に本を見るほど近い距離に居た隣の彼には、苛立ちを勘づかれてしまったかもしれない。

 そのぐらい……リンクスはこの手の魔術が嫌いだ。

 無闇矢鱈に自分を傷付ける行為は好まないし、周りを頼らない人間を見ると逆にイライラしてしまうのがリンクスだ。

 リンクスは、少し下手くそな笑顔をスピサに向ける。


「――――自分を犠牲にしてまで精霊に会おうとする魔術なんて、馬鹿だと思わない?」


 スピサはリンクスのいつもとは違う雰囲気を感じてか、慎重に言葉を探すように告げた。


「…………動機はわからないですが、それだけの強い思いが、この魔術を編み出した原動力となったのでは?」

「それって愛ってやつ〜? それとも恋? きみはどう思う?」


 顔を覗き込みながら話すリンクスにスピサが思わず仰け反った。


「っ!」

「ふふっ照れてるでしょ〜」


 自分が重い雰囲気にしてしまったのを変えようと、明るく揶揄した。

 リンクスのからかいの言葉に、スピサが居心地悪そうな表情で照れている。スピサを動揺させ、場の空気を変えることに成功したリンクスは思う。


(やっぱり、人間のこういう表情は好きだなぁ)


 二人はその後、他にも印のない本がないか探してから保管室を後にした。そのまま学園長室まで二人で赴き、クロエに事情を説明してから解散する。

 その後リンクスはシンシアを訪ねて計画の変更を告げ、就寝時間になるとこっそりと寮を抜け出した。

 ……そして、秘密裏にロティオンとクロエと集合し、明日の計画を立てたのだった。


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