12 まさかの協力者
――翌日、クラブ発表のある競技場にて。
いつもは運動場として使われているこの会場は、はるか昔にあったとされる闘技場をモチーフに建築され、全校生徒を収容することが出来る広さを持つ。
結界の無かった頃の魔術戦では死人が出ることもあった為、特別な闘技場でのみ行われていた。今では魔術対抗戦などで使う特殊な結界が開発された為、魔術戦で死人が出ず気軽に行われるようになり使われなくなったが。
そんな廃れた過去の遺産をモデルにした競技場の座席に、リンクスは一人で座っていた。
『これより、魔法薬クラブの発表をお送りします』
収穫祭二日目の最初に行われる発表は、魔法薬クラブと事前に決まっている。魔法薬と呼ばれる特殊な薬草などを扱うクラブだ。
エレナが所属しているし面白そうなので、少なくとも最初の発表は見てからリンクスは抜け出そうと決めていた。
魔法薬クラブの発表は、魔法薬で伝説の種族である人魚になるというものだ。
空中に大きな水球を作り、その中へ魔法薬を飲んだ生徒達が入っていくと、足が魚のようになっていく。
男女問わず揺ら揺らと遊ぶように泳ぐ美しい姿に、目を奪われている生徒は多い。
リンクスは、面白いショーが見れた事に満足して足早に会場を後にする。
* * *
飛行魔術で翔けること数分。
事前に学園長に許可を取ったおかげか、すんなりと図書室に入ることが出来たリンクスは、目的の魔術関連の本があるエリアでまずはひたすら本を選んでいく。
だが、集め始めた段階でリンクスは気づいてしまった。
(魔術関連の本……多くない!?)
図書室など殆ど利用したことがないリンクスは、この図書室の魔術書の多さをなめていた。
本は浮遊魔法で浮かせているので、重さを感じないことだけが救いだ。近くの机にまとめて置いておく。
(でも、巻き込まないしな……)
リンクスは、シンシアの本音を引き出すために少し意地悪をして怯えさせたので、こんな女と図書室で二人は心細いだろうと一人でやることを選んだ。何より主人のするべきことを妨害する者にはなりたくない。
だが結局、シンシアに偉そうに任せろと言っておきながら、とてつもない蔵書の数にリンクスは絶賛後悔中だ。
(それに、本当に禁術が流出していた場合、姫様を近づけさせられない……八法士が対処すべき事案になる)
精霊召喚の仕方自体は、リンクスは既にいくつか知っている。
図書館に態々来てリンクスの調べたいことは、ヴィオレットはどの方法で召喚を行うつもりなのかということだ。それによっては事前対処の仕方が変わってくる。
最悪の場合、リンクスはヴィオレットを殺すことになってしまう。それは避けたいのだ。
そして、この件に手紙の魔術士が関わっているのかも調べてしまいたい。
(うぅ、ロティオンやシメオンも今日は使えないし、エレナちゃんはクラブの後片付けだろうし、ペトラちゃんとロギアくんは貴族だから抜け出してこいなんて頼めない〜)
若干二名ほど高貴な身分でありながら手伝わされそうな人物が居たが、その二人は国内屈指の魔法士と貴賓席に座るような人物だ。手伝わせるのは現実的に無理である。
しょぼくれながらも手は止めず本をめくるリンクスの耳に、部屋の扉が開く音が聞こえた。
まさかこんな日に自分以外の利用者がいるとは思いもよらなかったので驚いたが、リンクスは気にせず頁をめくり続けた。
すると突然――
「……何をしているんですか?」
後ろから掛けられた声に振り向くと、そこにはクラスメイトでリンクスと同じ魔術戦クラブに所属する辺境伯子息――スピサ・ヘルクレスがいた。
銀灰色の髪の襟足部分を結んだ魔術士には珍しい短めの髪に、燃えるような深い緋色の瞳は、肌の白さとその整った顔立ちを際立たせている。
おまけに、ロティオンと同じくらい背が高く体は鍛えられている為、この国の同年代の平均身長にギリギリ届いていないリンクスには、余計大きく見えて威圧感があった。
あまりに意外な人物の登場に、リンクスは目を見開いて固まる。単独行動の多いスピサが他人に声をかけるところを初めて見たからだ。
しかもその相手が自分であるという驚きも相まって、咄嗟に上手い言い訳が思いつかなかったリンクスは自白してしまう。
「精霊の召喚について書かれた本がないか探してたんだけど、その、見つからなくて……」
「……精霊を召喚する魔術は現代にはないし、あっても禁術だろうから使用はできないと思いますが」
「あ、いや……なんか、えっと……精霊に興味が出た的な?」
リンクスの今の気分は、魔術も魔法も使えない状態で断崖絶壁に立たされたようだった。
極力嘘をつきたくないリンクスとしては最大のピンチだ。
スピサは尋問しているわけではない。ただ気になったから聞いただけだろう。
ただ、じっと見つめられ続けると、真実を話せと問い詰められている気がしてくるのだ。このままでは口からポロリと溢れてしまう。
(あ〜怒られるよりタチ悪い!)
スピサが首を傾げて不思議そうにリンクスを見つめるが、そもそもこちらの方が不思議でしょうがないとリンクスは思った。
いつもは話しかけてこないスピサが、何故このタイミングで話しかけてきたのか、と……!
「あのーなんでここに?」
「貴女が、……いや、なんでもない。精霊に関する記載がある書物はそっちの棚で、伝記類の記載であればその奥の棚です」
スピサは何かを言いかけたが途中で止め、誤魔化すようにリンクスに本の在処を示す。
「あ〜伝記か気づかなかったや……ありがとね、ヘルクレスくん」
「……礼を言われるほどの事はしてません」
リンクスが礼を言うと彼は本棚へと向い数冊手に取ってこちらに戻ってくる。
取ってきた本をリンクスの元へ寄越すと、今度は魔術書の棚へ行きいくつか手に取るとそのままリンクスの近くの机で読み始めた。
リンクスは渡された本が精霊に関する本であったので、小さくお礼を言ってから本を手に取る。手元の本を読みながらスピサに意識を向けると、彼にはまだ席を外す様子はなくリンクスは戸惑った。
(……静かなところにあまり親しくないクラスメイトと二人きりって、なんかムズムズする)
こういうとき普通の女の子なら話しかけるだろうか、とリンクスが考えているとスピサの方から声を掛けてくる。
「この本の九六頁、精霊から魔女の軟膏と呼ばれている秘薬を教わったとされる魔女の話です」
「……もしかして教えてくれてるの?」
「…………自分で読んでくれ」
スピサは言葉は淡々としていたが、親切な人なのだろう。その後も、いくつもの精霊と人間の物語をリンクスに教えていく。
流れるような動作で本を開いていき次々と該当箇所を開いていく様を見るに、もう既に読了済みなのかもしれない。リンクスがスピサに示された場所を読んでいる間に、机はどんどん開かれた状態の本で覆われていった。
今リンクスの手元にある本は、スピサにお勧めされた『精霊伝承――アルカナ王国編』だ。各国のバージョンもあるらしい。
(……この湖は海と繋がっている、時刻は深夜、水面に映る月のせいでより彼方と此方が繋がりやすくなっている。この条件であれば……彼女なら余裕で人間を連れていける)
リンクスの当初の目的とは多少ズレているが、精霊の裏付けが出来ただけでも順調だ。
何冊目になるか分からない本を置き一息付くと、急にお腹が減ってくる。
「お腹空いた〜」
「もう昼時を過ぎているからでしょう」
「えっもうそんなに!? ごめんね、付き合わせて」
「気にしないで……どうせ暇なので」
そんなに時間が経っているとは思わなかったリンクスは手伝ってくれたスピサに謝るが、まさかの返答が返ってきた。
「もしかして、発表興味ないの? だから抜け出した?」
「特には……それにあの場で寝てしまうくらいなら、居ないほうがいいでしょう? 互いに不快にならずに済む」
「まあたしかに……あっ、手伝ってくれたからご飯奢るよ! 祭りだし屋台でいいよね?」
「別に奢らなくてもいいんですが……」
スピサが戸惑ったような声を出す。見返りなどは最初から求めていなかったみたいだ。
話は平行線になりそうなので、リンクスは急かすようにスピサを促した。
「とりあえず屋台の所まで行こ〜!」