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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
二章
32/82

11 中間報告


 リンクスは、夕食時にシンシアの侍女であるマイラを通して集合の知らせを受け取ると、こっそりと寮の最上階にある部屋を訪ねた。

 互いにいつもの席につき、会議はリンクスの報告から開始する。


「――というわけで〜、少なくともイイ感じではあったらしいよ!」


 時間もない為、リンクスはサクサクと昨日今日の出来事を話し終えた。

 初めての情報収集で想定よりも多くの報告をもたらせたことで、リンクスは得意げに手を腰について胸を張っている。

 そんなリンクスを、シンシアは複雑そうな顔で見つめた。


「貴女……シメオンと知り合いだったのね」

「隊長が年の近いお友達として紹介してくれたんだよっ! 最近は全然会ってなかったからすぐに気付かなかったけど!!」


 どうしてか調査内容より、協力者の方ばかりシンシアは気にしている。


(なんでシメオンの事気にしてるんだろ? 計画のことは人助け程度の曖昧な感じで説明したし……それとも姫様は、家族にも全て隠して行動するつもりだったのかな?)


 だが、そんなことは絶対に不可能だ。シンシアには影の護衛が付いているし、行動は陛下方に把握されている。

 大事な姫君に対する当然の扱いで、その事はシンシア自身も分かっているはずだ。

 シンシアは、眉を下げてゆっくりと言葉を発した。


「……そう……シメオンに借りを作ってしまったわね」

「もしかして不味かった?」

「いえ、ただ…………彼の母親のことを思うと……」


 シンシアにとって、シメオンの母は立場上祖母にあたる人物だ。

 シンシアは彼女のことを考えると、胸が締め付けられ申し訳なく感じてしまう。この計画のことを知ったらどう思うのか、と考えてしまうのだ。

 ――王家が、貴族が、彼女を踏み躙った過去は消えない。

 思考の海に沈むシンシアに、リンクスは真顔で声を掛ける。


「ねぇ、もしかして前王妃であったアルタイア様に憐憫(れんびん)の情でも抱いてるの?」


「……っ!」


 その不思議な色彩を放つリンクスの瞳は、温度が消えてしまったかのように冷たく無機質でゾッとするほどだった。

 一瞬で血の気が引く。それほどの衝撃がシンシアを襲った。

 言葉に詰まるシンシアは、リンクスを無言で見つめることしか出来ない。


「それとも、殿下達は姫様の行動に反感を持つかもって思って怖くなった?」


「…………」


「もし、明日シメオン様やアルタイア様に直接計画を辞めるように言われたら辞めてしまうの?」


「…………っ、……いえ、辞めないわ。辞めるように言われても、説得して絶対認めてもらう!」


 その返答を聞いたリンクスは、満腹になるまで美味しいものを食べて満たされたかのような満面の笑みを見せた。

 そんなリンクスにシンシアは面食らい、目を見開く。


「うんうん、そうじゃなくちゃね〜!」

「……もしかして、わたくしの覚悟を試した?」

「ん。それもあるけど、弱気な顔してたから、私なりの喝を入れました! 師団流のやり方でごめんね〜」


 リンクスの顔にはいつも通りの緩い笑顔が戻ってきていて、シンシアは冷や汗をかいた背中が弛緩するのを感じとる。


「それじゃあ、学園長との話の事を教えて?」

「えぇ……学園長が知っていた情報としては――」


 ――ヴィオレットの双子の弟であるマウロは、心優しい家族想いの子供だった。ヴィオレットとの仲も良好で、どこへ行くにも一緒だったそう。

 子供達が六歳になったある日、領地にある大きな湖が見渡せる別荘で過ごしていた子爵家の面々に衝撃的な事件が起こる。

 深夜――子供達を任せていた侍女達の一人が、突然子供達がいなくなったと言い騒ぎになった。総出で二人の子供を捜索するが、見つかったのは湖の桟橋に繋がれていたボートの上に居た姉しか見つからない。

 魔術師団第六部隊による厳正な調査と現場の証言から、精霊隠しと断定される。

 帰ってくることが出来たヴィオレットの微かな証言から、高位の精霊と判断され救出は絶望的とし調査は打ち切られた。


「それ以来モナクシア家はギクシャクしているらしいわ」

「ヴィオレット先輩も一回は拐われた? 先輩は精霊を見たのかな?」

「恐らく……でも、事件後記憶があやふやになって精霊のことは思い出せないらしいわ」

「魔術掛けられたんだろうな……まあヴィオレット先輩の目的はハッキリした気がする」

「え?」


 リンクスが小声でボソッと何かを呟く。

 シンシアが聞き返そうとする前に、リンクスは淡々した顔で自身の予測を告げる。


「先輩の目的は――精霊の召喚だ」


「そんなこと無理よ!」


 シンシアはリンクスの言葉に、思わず立ち上がって反射的に反論してしまう。

 実際精霊の召喚など実在すら怪しい。なにせ、魔術式が出回っていないし予想もつかないのだ。

 ヴィオレットがどれだけ優秀であったとしても、召喚は困難。いや、絶望的と言ってもいい。


「でも先輩の問題は精霊絡みと仮定すれば、全て説明がつくよ? 弟を奪った精霊を探しているんじゃないかな……それが解決しないと恋なんて一生後回しかも」


 家族への複雑な感情を抱く理由、ミルトとの精霊召喚の話の後の怪しい動きも説明がつく。

 現在進行形で召喚の準備をしている可能性が高い。


「確かに……でも、どうやって召喚するの?」

「そうなんだよねぇ……精霊伝承の本を参考に自分で作ったとか? ちなみになんだけど、学園にはヤバめの魔術のやり方が書かれた魔術書ってあるかな?」


 シンシアとは違い、リンクスは精霊召喚の魔術がある事を知っている。

 だが、どの魔術かまでは見当がつかない。大図書館の魔術書が流失したか、あるいは別の召喚魔術を応用した可能性もある。

 もし、事前準備が大変な類の精霊召喚であった場合、阻止した時の反動があるかもしれない。

 魔術の発動を止める場合、魔術式を理解している方が格段に容易く止めることが出来て術者への反動も少なくなる。

 ヴィオレットのことも考えると、なるべく魔術式を理解しておきたいリンクスは、シンシアに本について尋ねた。


「流石に学園の蔵書までは把握していないわ。難易度の高い魔術書も所蔵されているとは聞いたことがあるけど……ここは留学生も多いし危険な物は置いてないはずよ」


 大切にお預かりしている留学生達も、身分は高い者が多い。危険物を簡単に読める場所に置いて問題が起きたらそれこそ国際問題だ。

 だが、可能性が少なくとも見ないわけにはいかない。


「じゃあ、明日の私は魔法薬クラブの発表を見た後は競技場を抜け出して図書室かな〜あっ、姫様は色々出席しとかないといけないんでしょ? 無理して来なくていいからね」

「……分かった。私はまず、私のすべき事をする」


 リンクスはシンシアの言葉に満足げに頷く。

 だが、シンシアはあることに気づき顔色を悪くし始める。


「……ねぇ、モナクシア様はもう準備が完了している可能性はないかしら? 明日が決行日だったら間に合わない」

「大丈夫、決行は最終日だよ」

「なんで分かるの?」


 シンシアが小首を傾げリンクスに尋ねる。


「魔術式が想像もつかないほどの大魔術を行うんだよ? 精霊界との繋がりが一番濃くなる祭り最終日。かつ、三日間の祭事の影響で魔素濃度が一番上がるだろう演劇の時間に合わせてやるのがベストな選択だよ」


 リンクスは既に、ヴィオレットが召喚したい精霊が誰なのかおおよそ見当がついている。

 そして、ただの人間が目当ての大物を召喚するのに最適なのは最終日の夜だ。わざわざ予定を早めて成功率を下げる事はないだろう。


「だからそんなに心配しなくてもいいよ。主なんだから堂々としてなって〜」

「あ、あるじ?」

「そうだよ。この学園にいる間、いや計画を実行している間リン・メルクーリの雇用主になったシンシア王女」

「堂々と……主……」

「まぁ深く考えず、私を楽しませてくれたら良いんだよ〜」


 衝撃を受けた顔でリンクスを見つめるシンシアに、リンクスは自分の部隊にいるときのように不敵に笑った。


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