9 意地悪な友達
「それで僕が呼ばれたってことか」
「そうです」
営業していない食堂の中、リンクスとシメオンしかいない状況ではあるが、念の為防音魔術を貼って向かいあって座る。
シメオンは寮に残っていたらしく、魔術で呼び出したところ直ぐに食堂へ姿を現した。
「まあ、ミルト・ストルギー先輩の居場所なら知ってるよ。それに少しなら話せるかも」
「本当!?」
「僕が君に嘘をついたことがあった?」
「普通にあるでしょ!」
「心外だなぁ」
やれやれと言いたげなポーズをするシメオンに、リンクスは口を尖らせる。
「で、場所は?」
「一人じゃ行きづらいと思うし、案内するよ」
「え? でも貴族の男性陣でも集まりがあるんでしょ?」
リンクスが心配するような声色でシメオンに尋ねる。
確かに女性が一人で店に入るのは珍しいので行きづらいが、施設街まで行っていたら時間がかかるだろう、と心配するリンクスにシメオンは――
「いや出ないよ」
堂々とサボり宣言をした。
「いや……私が言うのもなんだけど、出た方がいいんじゃない?」
「実はそうでもないよ……それに、王子の方が出るから僕は出ない方がいい」
「え、仲悪いの?」
シメオンの発言に疑問を感じたリンクスは、直球で尋ねた。
「僕がどっかの魔法士さんと交流があるおかげでねぇ……一方的に敵視されているんだ」
「…………っもしかして、私が原因?」
シメオンはリンクスの問いに笑顔を返すだけだったが、逆にその反応は肯定しているようなものだった。
リンクスは驚愕し、シメオンに顔を寄せて問い詰める。
「仲が悪いなんて知らなかったんだけど!」
「だろうねぇ……君は王子には興味なかったし、他人の関係性を気にすることもあまりないしね。まあ、可愛い部類の敵視だよ」
そんなことになっていたとは全く知らなかった。リンクスは、額に手を当てて落ち込む。
「うぅ〜……そういえば、女子の集まりは強制参加なのはなんで?」
「貴族女性の社交は男性よりも大事だからね。そもそも男の方は女子がやってるからやるか、のノリで始まったらしいよ」
「割と適当! でもそれなら問題ないね! シメオン案内よろしくっ」
何も懸念がないと分かるとすぐさま切り替えて出立を促す。
一応王弟の身分である者に案内をさせるリンクスに、シメオンは笑みをこぼした。
* * *
リンクスはシメオンの案内で施設街のとある店にやってきた。路地裏にあるお店だが、大きな赤い看板のおかげで目を引く料理店だ。
そこでリンクスが見たものは、愛想良く接客をするターゲットの姿だった。
「いらっしゃいませー! あ、殿下じゃないですか! ちゃんと来てくれたんですねっ」
「茶会よりも貴方が接客をする姿を見てる方が、楽しそうだろうなと思ってね」
「褒められているような、言外に貶されているような……って、そっちの君は最初の対抗戦で姫殿下と組んで優勝した子でしょ? 優勝おめでとう!」
「あ、ありがとうございます」
リンクスが想像していた二倍は陽気な人だった。初対面のリンクスに対しても何の物怖じもせず、気軽に声を掛けている。
だが、何よりも驚いたのはシメオンとの関係だ。
学園では一応身分平等を掲げているので先輩という敬称はよく使われるが、それにしたって親しげに話してる気がする。
リンクスがシメオンの制服の袖を引っ張り屈むように言うと、素直に従って顔を近づけた。
「ねぇねぇシメオン知り合いだったの?」
「あぁ、クラブの先輩だからね。当然知っているし、今日も茶会に出ないなら店に来いと誘われていた」
(さっきまでそんなこと一言も言ってなかったじゃん!)
恨みがましくシメオンを睨むリンクスに、シメオンは愉快げに微笑んだ。
シメオンという男は、こうしてリンクスを揶揄うのでその度に睨んでいるが今のところ効果は出ていない。
そんな二人を見て何を勘違いしたのか、ミルトは訳知り顔で店の奥の席を勧めてくる。
「お二人さん! 奥側の席が空いてるから使って下さい。大丈夫、俺口硬いからさ!」
「……?」
「先輩は休憩、いつからですか? こっちが顔を出したんですから、勿論僕達のところにも顔を出してくれますよね」
「え〜まあ邪魔しない程度には顔出しますね。それではお席へご案内します!」
この店は格式高い貴族御用達の店というよりも、大衆向けの店という印象を受ける。何故このような店で、伯爵家の息子が接客しているのか。
疑問を抱きながらリンクスが席に着くと、ミルトはそれぞれにメニュー表を渡す。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
「先輩様になってますね」
「だろ?」
ミルトは上機嫌で厨房の方まで引っ込んでしまったので、その隙にリンクスはシメオンに事情聴取をする。
「ちょっと〜色々聞いてないんだけど〜!」
「君だって、もっと色々聞いてくれれば良かったんだ。全然僕のところに来てくれなくて、つまらなかったよ」
「うぅ……いや、出来る限りシメオンと知り合いだってバレる可能性減らしたいじゃん」
「でも結局、僕をこうやって使う羽目になったんだから。これなら定期的に僕の元にこっそり来て、情報収集した方が良かっただろう?」
リンクスの咎めるような発言に、シメオンは年相応の拗ねた顔で反論してきた。
近くにいた店員に、料理とせっかくなので葡萄酒を注文し待つ間に、リンクスはシメオンを問い詰めることにする。
「じゃあもう私が悪いってことでいいから全部喋って! 丸裸にしてやる!」
「おや、大胆だね。じゃあまず、君が知りたがっている僕たちの関係性は、同じ魔術研究クラブに所属している先輩と後輩、だ。ストルギー先輩は、面倒見が良いせいか後輩を指導する立場になっていてね。ついでにモナクシア先輩もたまにだけど、ストルギー先輩に巻き込まれて後輩指導役になっている」
「じゃあ、シメオンから見て二人はどんな感じ? 親密?」
シメオンは面白いものを見た、とでも言いたげな顔をする。大方、リンクスが人の色恋に興味があるような発言をしたことを面白がってるのだろう。
リンクスは目つきを鋭くして話の続きを促した。
「はいはい……二人は確かに特別親密そうだね。互いに好意はありそうだ。ただ、ストルギー先輩は本命にはヘタレだから、これ以上の進展はなさそうだよ」
「誰がヘタレだ!」
そこへ丁度よく、ミルトが割り込んできた。