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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
序章
3/79

3 入学前夜に飲酒するタイプのヒロイン(法は守ってます)


 アルカディア王国の名産品の一つに果実酒がある。

 精霊信仰が根深く、大精霊の一体<豊穣のデメテル>を中心に祀っているこの国では、精霊の加護の現れか農作物がよく実った。果実酒の材料になる葡萄などは大陸一の生産量を誇っている。

 酒好きの精霊によって酒造りが普及したアルカディア王国は、大陸三大産地の一つに数えられているほどだ。

 その影響か、この国では飲酒可能年齢は成人の年齢より早い十五歳。最近ではこの歳を準成人とも言い、十五歳になると「準成人の祝い」と称して大量の果実酒を飲まされる。リンクスがそうだった。

 つまり、リンクスが学園の入学式を翌日に控えているというのに部下達と宴会してることは、合法なのだ。


「今日は全部私の奢りだぞ〜いっぱい飲んで食え〜〜!」


 リンクスがなかなかに男前な台詞を高らかに宣言した。


「さっすが隊長! 入学前日に酒飲みまくるとか狂ってる〜!」

「上司の金で飲む酒と美味い肉以上のものはない!」

「ご馳走様です!」

「一応私の入学お祝いという名目で開催してるのに、誰も祝いの言葉言わないの笑っちゃうな〜!」

「「「入学おめでとうございます!!」」」


 今日の宴会は、王都の東側にある少し洒落た飲み屋を貸切にして行われている。宴会場には、防音の魔術が使われており店員や外の者に話を聞かれる心配もない。

 安心して飲める環境は心を無防備にさせるものだ。既に二割ぐらいの者が酔っ払っていて、誰かが服を脱ぎ始めるまで後少し、という感じでとても賑やかだ。

 宴会が始まってからそこまで経っていないはずなのに大分混沌な世界と化している。

 リンクスは今回の入学に当たって、各隊の隊長達と自分の部下には例の手紙の件については触れずに正体を隠して学園に入学することになったことを話した。

 話した当時は真面目にリンクスが学生になることへの心配をしていた部下達だったが、その期間は過ぎ今では自分たちの隊長の正体がバレるまでの期間で賭けをしてる始末である。

 他の隊に比べこのように緩い魔術師団第四部隊ではあるが、任務は真面目に取り組むので部下の心配はしなくて大丈夫だろう。

 ゆえに問題は賭けの方。

 貴族達の前に姿を現さないリンクスは、王宮内でも幻扱いで顔を知られていない。見た目で見破られることはないという時点でだいぶ有利。

 よって、最後までバレないに賭けているリンクスの勝ちが濃厚……なはずなのに、誠に遺憾なことだが三人程しかリンクスに賭けていない。

 任務が終わる頃には大金を獲得していることだろう。


 第四では、隊長・副隊長の規定の役職以外に前衛・中衛・後衛のリーダー職を作っており、その三人の幹部は実力で決まる。

 今日の飲み会では、リンクスはその役職持ち達に囲まれていた。同じ卓に座る為に部下達による争奪戦が高頻度で行われるのだが、今日は彼らが勝ち取ったらしい。

 果実酒と共に複数の小皿に盛られた料理を楽しみつつ他愛もない話をしていると、話題はリンクスが入学する学園の話になった。


「そういえば、女性は制服を魔改造してることが多かったですけど隊長はどうされたのですか?」

「あはは、魔改造ってなにさ〜!」

「ほんとっすよ! オレみたいな貧乏野郎は若干引いたぐらい原型がどっかいった制服に改造してました!」

「そこまでの人は少数ですが、一切何もしていない人はいなかったです」


 貴族は特に自分の家の裕福さを見せつけるという意味もある、と前衛リーダーのセルジオが言う。

 学園の制服は、学年カラーの色でネクタイやリボンを付けるのと全員共通の物以外は好きに改造することが可能で、学園提携の服飾店で好きなように装飾を付けて注文し、最後に校章の刺繍をして貰えばいいそうだ。


「私そんな改造してないや〜そもそも基本パターンがいっぱいあって組み合わせを変えるだけでも結構違うし、被る心配なさそうじゃん? 強いて言うならブラウスの色変えたかな」

「自分の魔術属性に合わせてシャツの色を変えてる奴は結構いたよな!」

「あぁ、だがネクタイの色によっては無難に白シャツのままが良いから半分くらいは白だったんじゃないか」

「私黒にしちゃったわ〜白に戻そうかな」

「隊長属性的にも逆じゃないっすか!」


 ギャハハっ、と品のない笑い声で中衛リーダーのアディが大爆笑する。


「属性とか気にしてなかったんだもん〜それに黒シャツの方がなんかカッコよくない? 師団の制服も黒シャツで落ち着くしさっ」

「シャツだけ黒にして他を変えていないなら、隊長の制服はほとんど黒色になっているのでは?」

「えへ」

「ふはぁっ」


 図星を突かれたリンクスは、セルジオの指摘にウインクで返した。そのやり取りを見たアディが酒を吹きかける。

 苦しげに笑うアディに、セルジオが無言で手拭いを渡す。その目は汚いものを見る目をしていたが、向けられた方のアディは気にしない。



 * * *



 そんな賑やかな宴会の中、リンクスの不在中に代理隊長を任せられたビオン・クラテルは、意気消沈していた。


「明日から隊長がいなくなるなんて……憂鬱だ………」


 そう言って机に突っ伏したこの男は、リンクスと一番付き合いの長い同期入隊者であり彼女の忠実な部下を自称するこの隊の副隊長である。

 貴族出身だが平民への差別意識もなくリンクスを尊重する基本的にはしっかりした人物。

 なので彼に後を任せることに問題はないが、崇拝レベルでリンクスを敬愛しているのでしばらく接触出来ない日々が続くことを憂いている。もう既に泣きそうだ。

 そんな副隊長が代理とはいえ隊長職に着くのは全員同意済みだが、これからしばらく使い物にならず部下側が慰めなくてはいけないのが目に見えてるので、今日は誰も関わろうとしない。さりげなくリンクスの横の席に置き放置している。

 そして、やはり彼はリンクスにダル絡みをし始めた。


「たいちょ〜……なぜ今更学生なんてぇ……八法士なんだから別に学園強制入学じゃないですかぁ〜〜……うぅぅ、どうしてぇ……」


 そう、この国において貴族出身者は十六歳になる年から二十歳までの間にウラノス魔術学園または提携している魔術学園に入学し、卒業資格を取らないと正式な貴族として認められない。

 適性がなくても学園の入学は必須となるので、貴族は魔術の知識が必須と言ってもいい。

 ――というよりも、魔術が使えるから貴族とされるのだ。

 建国から魔術と密接な関わりのあるこの国で爵位を得るには、魔術学園への入学は最低限の条件となっている。


 そんな中、唯一学園を通さず爵位を得る方法がある。それが八法士になり魔法伯の座を獲得することなのだ。


 平民がこの地位を得るのはとてつもなく難しいにも関わらず、戦争の影響で今代の八法士は二人も選ばれている。

 八法士は欠員が出ると八大魔法士全員と王による会議で新たなメンバーを選出するが、そこに貴賤は関係ない。何より王に選ばれる事が重要なのだ。

 そうであっても貴族達には前代未聞の事態であった。八法士の地位を平民に認めたくない貴族は不服だった。

 だって「魔術学園も出ていない平民に八法士の立場を奪われた」のだ。自分たちの立場がない。

 当時貴族出身ではあったが、まだ学園に入っていなかったロティオンも含めれば、戦後の新八法士就任時は学園卒業資格者は八人中五人という数字だった。

 危機意識を態度に出さない者が多かったが、全員が我慢できたわけではない。そういった人の態度の悪さに気を悪くした第四部隊の者は多かった。

 そして、八法士がほぼ常に学園卒業者であったことがアピールポイントだった魔術学園の威厳は少しばかり低下してしまった。その影響か様々な弊害が出たらしい。

 国王がリンクスに魔術学園への入学を勧めていたのもこれが原因の一因だ。

 

(はぁ……わかっているんだ……駄々をこねたところで……)


 八法士の平民組は、前線に出ていた者や戦争の情報が入りやすい立場の者からは尊敬と畏怖の対象とされたが、詳しく知らない者からは学園卒でもない平民であるということで侮られやすかった。

 そのような事情もあって、リンクスの学園入学は本来なら喜ばしいことなのだ。今より立場が安定する。

 リンクスを侮った三下貴族を呪ってやろうかと考えたことは一度や二度ではない。最近は毎日思っている。

 しかし今のビオンにとっては、敬愛する隊長と離れ離れにされて悔しくて悲しくてたまらない気持ちが強くそれどころではない。

 そのあまりの敬愛のせいで、実態を知った者達から残念貴公子と呼ばれても、貴族の子息として優良物件でありながら未だに結婚出来なくても、ビオンは一向に構わない。

 そんな彼なので、ビオンとリンクスが出会ってすぐの頃は仲が良くなかったと知って驚くのは新入りの登竜門のようになっている。

 そのぐらい彼の隊長への信頼は、敬愛は、強いのだ。


「隊長のいない第四部隊なんてっ、メインディッシュのないフルコースだぁ!!」


 その言葉を最後にビオンは眠ってしまった。



 * * *



 リンクスは寝落ちたビオンの前から食べ物を非難しながら答える。


「はいはい、三ヶ月ぐらいで冬休みなんだからすぐ帰ってくるよメインディッシュ」



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