8 収穫祭が始まった!
清々しいほどの快晴の中、収穫祭が開幕した。
学園から街まで、あらゆるところがアルカディア王国で採れる野菜や果物を模った飾りで可愛らしく装飾されている。街には活気が溢れ出店を楽しむ声が聞こえてきた。
だが、リンクスの心は晴れやかではない。
昨日はターゲットの一人であるヴィオレットと話すことに成功し、とても良い滑り出しを取れたと言える。
そこまでは良かったのだ。
だがしかし……リンクスにはもう一人、話さなければならない者がいた。
(全然ストルギー先輩に話しかけられないよ!)
夕食時にターゲットを見つけたはいいものの……ミルト・ストルギーという人物は、友達が多いのか常に誰かしらと行動を共にしていた。
一人や二人ならまだしも五人や六人ぐらい居る中で、その内の一人に話しかけるのは難しい。普通に無理だ。
リンクスは昨日、ヴィオレットにもう一人のターゲットのことを聞けなかった。
途中からヴィオレット自身に興味を持ってしまい、一応シンシアから与えられた任務中であったことが頭から抜けていたからだ。夕食時も彼女に引っ付いて喋りまくったにも関わらず……なんたる無様であろう。
リンクスは、昨日の少し危うげなヴィオレットのことを思い出す。どこか辛そうな表情をほんの一瞬だけ浮かべた気がするのだ。
(笑顔でいてほしいな)
シンシアは読書感想会のときに、『大切な人と結ばれることは尊く幸せなものだ』とよく言う。
シンシアが言うのだから、恋とはそういうものなのだろう。
だからリンクスは、ヴィオレットには素敵な恋愛をして幸福になって欲しいと思った。
いつもなら一限目の授業が始まる頃、学園の職員や生徒達は全員講堂に集められて収穫祭の開催式典を行った。
内容としては、生徒会長が開催の宣言をし、国を代表する<豊穣のデメテル>を筆頭に、今回の主霊たちに今年の収穫物への感謝と翌年の収穫への祈願。そして、明日以降の予定を副会長が説明して終了という流れだ。
今日は一番自由に動ける日であるが、リンクスには任務がある。シンシアへの報告だ。
(その為にも、ミルト先輩とやらには今日中に接触した方がいいよね)
リンクスはそう結論付けて、先ずは人が多いところから探そうと出店の出ている場所へ向かったのだ。
そして開会式が終わり――現在。
出店エリアに辿り着いてみると、もう既に生徒達で賑わっていた。いつもより大通りが賑やかだ。
恐らく茶会まで時間があるので、その前に出店を覗こうという魂胆だろう。
一日目は貴族の男性陣も午後から集まりがあるそうで、今のうちにとでも思ったのか性別問わずごった返していた。
リンクスは、実はあまり人が多い場所は好きではない。その為もう既に、彼女の元気は無くなっていた。
ミルトも居なそうなので、リンクスは葡萄酒でも買ってさっさと帰ろうと決意する。
(うわ〜人がいっぱい……この中に入りたくないなぁ)
リンクスが人波の中に入るのを躊躇していると、見知った顔が人波から出てくるのが見えた。手には数本の葡萄酒を持っている。
「お〜いロギアく〜ん! なんで一人で出店に? こういうところ嫌いそうなのに〜」
「大声で呼ぶんじゃない! まったくお前は、いつもいつも……」
早速説教が始まりかけた。この流れは淑女がどうとかで怒られる流れだ。シンシアで予習済みである。
「ていうか、ペトラちゃんいないの? いつも一緒じゃん」
「確かに私もこういう場所は得意ではないが、ペトラは俺よりも人混みが不得手なのでな。それで、混み出す前に葡萄酒を買ってしまおうと、開会式が終わった後すぐにこちらに来たのだが……」
「買って帰る頃には、人がいっぱいだったんだね、お疲れ」
ロギアは自分の婚約者の為に、文字通り体を張ってきたらしい。
素晴らしい心掛けだ。シンシアが聞いたらとても喜ぶだろう。
収穫祭は、婚約者や夫婦で過ごすことが推奨されている。というのも、収穫祭の主霊三体は皆<豊穣>の精霊としての権能を持つが別の側面も持っていて、その中の一体が恋愛を司る精霊アプロディテだ。
その<愛のアプロディテ>にちなみ、収穫祭で好きな人に告白すると恋が実るとか、恋人と葡萄酒を飲むと仲睦まじく過ごせるなどの言い伝えがあるらしい。
ニヤニヤ笑いを必死に我慢しているリンクスに、ロギアは頬を染めて抗議してくる。
「その顔をよせっ」
「え〜どんな顔?」
「締まりのない顔だ!!」
ニヤニヤ笑いは我慢できていなかったらしい。リンクスがロギアに怒られていると、人がさらに増えてきたので端に避ける。
そのタイミングで、ロギアがリンクスに問う。
「そういうお前は何の用でここに来たんだ?」
「人探しと葡萄酒を買いに来たんだけど……あまりに人が多くてあそこに行くくらいならまたあとで来ようかなって悩んでたとこ」
「それならこれをやろう」
そう言って、ロギアは手にしていた酒の中から一番小さい瓶を取り出しリンクスに差し出した。
「一番最初の来店ということでオマケとして貰ったものだ。気にせず飲め」
「わあ〜やっさしい! ありがとう!」
リンクスは酒瓶を大事そうに抱きしめ、礼を言う。
通常の葡萄酒の瓶よりも小さいが、リンクス一人で飲むだけなので充分だ。
「いや〜助かったよ。そういえば、ペトラちゃんは今どこに?」
「寮の談話室で待って居るはずだ。茶会までは共に過ごすことにしている。茶会は午後からなのでな」
「じゃあ談話室まで一緒に帰ろうよ〜その後は二人で楽しんでねっお邪魔はしないから!」
「変な言い方をするな!」
「変な意味に受け取る方が悪いよ〜」
戯れながらロギアと寮まで共にしロビーで別れる。
寮の自分の部屋に戻ったリンクスは、葡萄酒を飲むよりも先に紙とペンを取った。
シンシアとの中間報告に向けて、今リンクスの分かることを書いておく為だ。箇条書きで今判明していることをすらすらと書き連ねる。
「えっと……後何を書こうかな」
現状ヴィオレットのことに関しては主観が多く、ミルトについては第三者の証言でしかない。
せめて本人と少しでも接触できればいいが、その機会がない。
リンクスは本来の自分が使える数少ないツテに頼る時が来たのかもしれない、と思った。
(……あまり使いたくない手段だけど)
奥の手に近い戦法をリンクスは選んだ。




