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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
二章
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7 物憂げな令嬢との対面


 確かに、とリンクスは思った。シンシアと話をしていると、兄と自分を比較しているような発言をする時がある。

 それに貴族社会の大変さは、リンクスよりロティオンの方が熟知している。アルカディア王国は周辺諸国より身分制度が緩いらしいが、それでも大変なものは大変だ。


『父も兄も学園在学中から魔法を習得した天才だ。彼は入学時、それを少し気にしている素振りがあった気がする』


 ロティオンは、気まずげに過去の出来事を話し出す。


『……去年の収穫祭の演劇で俺は魔獣側だった。それで、誰も来なさそうな場所を求めて逃げた先に二人が居て聞いてしまったんだ。故意にストルギーとモナクシアが話をしていたとこに近づいたわけではないぞ、決して』

「盗み聞きしちゃった話を他人に話すのが気まずいのは分かるけど、私は別に気にしないから早く話して」

『…………すまない……正確に聞こえたわけではないが、家族に思うところがあるらしい、二人とも』

「ん? 二人とも?」


 まさかの、女性も家族問題が深刻そうなことにリンクスは内心動揺する。


『収穫祭の後、少なくともストルギー側に変化はあった。前より屈託のない笑顔になった気がする』


 モナクシアの方までは分からないが、と話すロティオンにリンクスは感謝を述べる。


「ありがとうロティ! 少なくともナイーブな相談事も出来ちゃう仲ってことは分かったから」


 リンクスは、あとでロティオンを労う事を決意した。ついでにもう一つ聞いておく。


「ちなみに二人を見たのはどこ?」

『俺が二人を見たのは――』



 * * *



 リンクスは、学園にある森に来ていた。ロティオンが逃げた先で、演劇の時に二人の会話を聞いてしまったのがこの森の中にある泉だったからだ。

 背の高い木々が生い茂る森にあるこの泉は、精霊界から湧き出ているとされる水のせいかとても透き通っている。

 泉の魔素濃度が高いせいか、魔力の総量が低い者が入ればすぐ魔素酔いをしそうだ。

 そんな泉の側に先客がいた。


「こんにちは」

「…………こんにちは」


 リンクスの言葉を反芻しただけのような挨拶をする女性――ヴィオレット・モナクシアは、リンクスに移した視線をまた、泉に戻す。

 暫く無言のまま少し離れた位置で二人は泉を見続けたが、リンクスがヴィオレットに話しかけ出した。


「制服の袖の色的に先輩ですよね? 先輩はこの泉好きなんですか?」

「……好きで見ている訳ではないわ」

 

 愛想はあまり無いが、それでもリンクスの質問には回答してくれる。


「じゃあ何か思い入れが? それとも暇で暇で仕方なく?」

「……この泉には無いわ、それに暇なのは貴女の方ではなくて?」

「あはは〜バレてました? 平民は準備することないから暇すぎて、こんな方まで散歩しに来ちゃいました!」


 リンクスは、ロティオンの話で出た場所を目指して散歩していただけだった。こんな日にわざわざ森を散策する生徒がいるなんて思わないだろう。

 だが実際に生徒と出会い、挙句に会いたかったターゲットと出くわすまさかの事態だ。

 それだけでも驚きなのに、ターゲットの一人であるヴィオレットは意外にもリンクスのお喋りに付き合ってくれるので、リンクスは密かにそのことにも驚いている。

 これはチャンスだと思ったリンクスは、積極的にヴィオレットに話しかける。


「まあ強制的に茶会に出ろーとか準備しろーみたいなのよりはマシかなって、貴族のお嬢様が楽しめるようなマナーとか分かんないですもん」

「……そうね、どうせ今年もくだらない話しかしないわ」

「茶会、嫌いなんですか?」

「義務でするだけよ。そこに好きも嫌いもない」


 明言は避けたが、恐らくヴィオレットは茶会などの集まりを好んでいないのだろう。

 だが、ヴィオレットは人嫌いというわけではないとリンクスは感じた。彼女は一人でいることが多いとシンシアの調査書には書かれており、リンクスは勝手に人嫌いなのかと判断していたのだ。

 実際に話してみたヴィオレットは、人を寄せ付けないほど物憂げな雰囲気を出しているだけで、話自体はとてもしやすかった。

 今もどこかに行けとも言わず、近くで話していても怒らないし追い払わない。


「先輩は学園好きですか? 私は入学前の場所の方が好きなんで帰りたいなって思うときがあるんですけど、先輩はお家に帰りたいなって時あります?」

「……私はないわ。学園が特別好きという訳ではないけど、卒業すれば自然と帰るのだから帰りたいなんて思ったこともない」

「貴族のお嬢様が、お家に帰りたくないなんて!」


 驚いたリンクスの様子に、今度は逆にヴィオレットが質問する。


「何故そんなに驚くの?」

「あ〜いや……うちで家に帰りたくないタイプの貴族出身者は、大抵訳ありだったので……」

「うちって?」

「魔術師団第四部隊です」


 そこでヴィオレットは要約リンクスの正体を察したようだ。ほんの少し彼女の顔が驚きで染まった。

 一年の頃は必修の授業が多く二年や三年の生徒と関わるのは選択授業のクラブくらいだ。噂は知っていても姿を見たことはなかったのだろう。


「あのスカウトの子ね。あそこの貴族女性には確か――」


 どうやら言葉を探しているようだ。そんなヴィオレットに、リンクスは明るく笑いかける。


「本人達はもうあんまり気にしてないみたいですよ! お家取り潰しとかまあ色々あったけど、今の自分に満足しているみたいです」

「前を向いて生きているのね、第四の魔術士になった彼女達は……それに比べて」

「先輩?」


 ヴィオレットが目線を下げて、考え込むように黙ってしまう。

 その姿は、苦しげにも見えてリンクスは心配になって駆け寄るが、辿り着く頃にはヴィオレットの雰囲気は戻ってしまった。


「……どうしたの?」

「いえ、なんか儚げで……溺れ死んでしまいそうな感じで心配に……」


「……ふっ……溺れ死ぬ訳ないわ。子供じゃあるまいし」


 目の前の泉に飛び込んだとしても、目の前の泉の深さはそれほどないから、確かに溺れることなんて不可能だろう。

 だが、何故かリンクスはそう思ったのだ。先程の彼女に苦しげに呼吸する姿を幻視してしまった。


「ははっ、そうですよね〜」

「そろそろ帰りましょう……今日の食堂は変則的で、閉まるのが早いわよ」

「は〜い」


 ヴィオレットは意外にも背を向けて先を歩くのではなく、リンクスと並んで森を後にしたのだった。


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