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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
二章
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6 困った時の友達


 現在リンクスは、明日から二年の貴族女子が開く茶会予定地に来ていた。正確に言うと、茶会が開かれる部屋の真上の部屋から外を確認している。

 この館の入り口は一つのみ。出入りのための扉も観察できるこの位置ならターゲットの入ってくる様子を観察できるはずだ。

 そう考えたリンクスは、見つからないように建物に忍び込みカーテンの隙間から覗くように偵察していた。

 決して不審者ではない。


(どれどれ、ターゲットはどこかな〜)


 シンシアに聞いた話では、初日に女性陣が開く茶会は学年ごとに開催らしい。別の場所ではシンシアやペトラなども準備をしていることだろう。

 今日の午前中の準備は初日の学年開催の茶会で、午後には二日目の茶会の準備があるそうだ。

 また、初日は男子禁制ということで、恐らく話の中心は男性達についてだろう。茶会ではなく品評会とも言える。

 学園経験談ノートに書かれた話の一つに、『とある茶会に参加したとき、長居せず帰ろうとしたら、兄に目を付けていた女性達に囲まれて離してもらえなかった』という話があった。

 そんな目に遭えば、リンクスなら暴れ出しそうだ。さっさと逃げるのみである。

 ――そしてこの学園経験談ノートとは、学園生活を心配した部下達が学園の情報や自身の体験をまとめて一冊のノートにしてくれた選別だ。

 自身の経験談や収集した情報をまとめてくれているのだが……男達に限っては、真面目な部下以外は少し遊び心を加え過ぎているので、半分くらい参考にならなかった。少し残念な所がある参考書である。

 他にも色々な話があり、最終的に貴族の女の集まりは要注意だという結論にリンクスは至った。


(貴族ってなんでこんなんばかりなの? ほんとこわ〜い)


 そんなことを考えていたリンクスの前方に、ターゲットが現れた。

 報告書に記載されていたスミレのような髪色と、それより少しばかり濃い葡萄のような瞳の、少し憂鬱な雰囲気を漂わせる物静かなそうな女性だ。


(やっぱりあの時の!)


 ついこの間、クラブの時間に見かけたあの人である。どうやらヴィオレットは、一人で茶葉の缶を持って会場に訪れたようだ。

 リンクスはヴィオレットが会場には言ったのを見届けると、その場に座り込み諜報で使われる魔術で二年生の茶会会場の様子を盗聴する。中からは楽しげに準備する女性達の様子が伝わってきた。

 多くの声の中から目当ての人物を探るが、黙々と一人で作業しているのかヴィオレットの名前を呼ぶ声すら聞こえない。

 見た目通りおしゃべりなタイプではなさそうだ。


(う〜ん集音魔術じゃなくて遠視魔術の方が良かったな〜でもあれは室内覗けるやつじゃないし……)


 ヴィオレットは諦めてミルトの方を調べることにしようと思い立ち、リンクスは窓から部屋をあとにした。

 だが、リンクスはすっかり失念していた。――収穫祭では、男性陣は身分問わず学園の飾り付けに駆り出されていることを。

 男性陣は今何の準備しているのか何処にいるのかなど、何も知らないことに気づきリンクスは途方に暮れる。

 仕方なく学園を出て施設街の方に向かい、屋台や飾りの設置準備に勤しむ人々を眺めながら歩く。やけっぱちの総当たり作戦だ。

 施設街は、学園の校門から延びる中央通り沿いに食事の店や生活雑貨店が並び、裏通りには職人達の仕事場が並んでいる構造になっている。

 そしてそれらを囲むようにこの施設街の住人達の居住区が存在している。居住区の学園寄りのところには、家族のいる教師達用に一軒家の社宅を用意しているそうだ。

 研究施設の多い方では飾り付けをあまりしないと聞いたリンクスは、賑やかな通りで探すことにしたのだが……。


(少し休もう……喉乾いたし)


 リンクスは営業している手頃なお店に入り飲み物を注文し、壁側を背にして席に座ると、さりげなく辺りを見回す。リンクス以外の客はおらず、安心してシンシアに貰った調査書をポケットから取り出し眺める。

 資料から行動を予測しようと思ったリンクスだが、今日のような日にはそれは難しいと気づいた。

 ただ、明後日の行先は恐らく競技場だろう。二日目はある意味では観客という役目がある為、人の目を引きそうな貴族生徒である二人が観に来ない訳がない。


(諦めて朝の食堂で待ち伏せする方が早いかな〜……あっそうだ〜二年のことなら同じ二年の先輩に聞けばいいじゃん!)

 

 今朝遠くから見たあの顔を思い出す。思わぬ解決策が現れて、リンクスは満足げな顔を浮かべる。

 心に余裕が出たリンクスは、注文した甘い飲み物をゆっくり飲み干してから優々と店を出た。




 学園内に戻ったリンクスは、寮の部屋に戻り防音の魔術を施してからロティオンに連絡を取る。

 

「やぁやぁロティオン! 今暇か〜い?」

『昼食時を狙って掛けてきたくせに……』

「まあそうなんだけどね〜聞きたいことがあるんだよ、真面目にね」

『……姫殿下のあれか?』


 ロティオンにはシンシアの計画について話している。シンシアが恋愛小説好きであるということを除いてだが……。

 それにリンクスは面白いことは共有したいタイプだ。また、シンシアと行動を共にすることが多くなる事も考慮して報告した。


「でね、二年生のストルギー先輩とモナクシア先輩について色々聞きたいの」

『……ストルギーについてなら話せるが、モナクシアについてはよく知らん』

「あ、やっぱ第一の副隊長の息子だから知り合い? てかあの人子供あんなに居たんだね。びっくりだよ〜」

『俺は逆に知らなかった事に驚いている』


 ロティオンが呆れた声を漏らす。

 正式名称はアルカナ王国魔術師団。国を守護するため優秀な魔術師達を集めた組織。

 また、部隊を直接率いるのは各部隊の隊長であるが、第一から第八部隊までの役職ごとの部隊長を団長と副団長が総括する組織体制となっている。

 実は魔術師団は八法士とは違い国王直属の部隊ではない。あくまで国の所属だ。

 兼任している者が多いのは、八法士は称号に近く職業ではないからだ。無論国王陛下から八法士として助力を請われたときならば報酬は支払われるが、それだけでは生活していけない。常に依頼があるわけではないのだから。

 

「いやぁ結婚とか子供に興味がなくてね……でも最近は気にするようになったよ! 姫様の影響で」

『その王女こそ、他の貴族達を気にかけるような方だとは思わなかった』

「えっ、そうなの?」


 リンクスは驚きの声を上げる。


『どちらかというと問題を避けるような人、という印象だ。正直、陛下の仰った娘が学園生活を楽しみにしていると言う発言は驚いた』

「へ〜まあ危ういことには関わらないって王族としては良いことでは? それとも人嫌いだと思ってたってこと?」

『俺のような人嫌いとは違う気もするが……対人が苦手そうな雰囲気はあった』

「クラスの人達とは普通に話していた気がしたけどな。それに第二王子とかの方が酷いでしょ」


 この国の第二王子は社交嫌いの引きこもりで有名だ。自室にこもって魔道具作りに精を出している。

 ロティオンが「第二王子のことは置いておいて……」と呟きシンシアの印象を語った。


『王族として特に問題を起こしたことはないが、主張することもない。兄達の方に関わりのある俺からすると存在感が薄い。まるで美しいだけの人形のようだと思わなかったか?』

「……あ〜、思ったわ」


 リンクスのシンシアへの初対面の印象は人形みたいなお姫様だったし、その計算された笑みに胡散臭さを感じたものだ。

 趣味嗜好が割と似ているロティオンにとっても、苦手なタイプそのものなので印象は良くなかったらしい。


(多分笑顔が嘘っぽいって思ってたんだろうな……でもクラスメイトの留学生君より全然マシだけど)


 同じクラスのエア・アプスーは存在から嘘臭くて、リンクスは拒絶反応が出そうだ。ペアだった少年を見習って欲しい。


『嘘に敏感なお前が王女には拒絶反応を起こさないのだから、自己主張が弱いだけなのかもな』

「そうかもねぇ」


 リンクスは、シンシアがそこまで自己主張が弱いと思ったことはない。小説の話になると特に。

 そうなると、シンシアの王宮での生活がどのようなものだったか気にかかるリンクスだったが、頭を振って思考を振り切り話を元に戻す。


「それよりもロティオン。今は姫様じゃなくて先輩の話をして」

『あぁすまない。ミルト・ストルギーに関しては、いつも明るく周りによく人が集まる人気者と言ったところだ。実際、気さくで話しやすい』

「ロティはおしゃべり下手だもんね〜」

『うるさい、余計なことは言うな……ストルギーは、魔術の腕も兄ほどではないが達者で器用だ。剣も勿論』

「兄の方も知り合い?」

『去年まで学園に居たからな。それに、夏の入隊試験後に所属先についていくつかの部隊で議論することになって、俺まで会議に参加しなくてはいけなくなった』

「へ〜有望視されてるんだ」


 実は新人の配属先は、季節ごとに行われる副隊長会議の中で決まる。その為、副隊長達は有力者を自分の部隊へ引き抜こうと争うのだそうだ。

 だが第四の副隊長であるビオンが、この会議で新人を確保してきたことは一度もない。

 ビオンはリンクスが気に入った者しか隊に入れない、という方針なので副隊長会議で新人の話が出ても総無視している。


『くだらない馬鹿騒ぎが始まったので、帰ってきました』


 なんて言って会議から戻ってきたことは一度や二度ではない。

 その為、ここ数年の第四部隊加入者はリンクスが気に入って拾ってきた者達ばかりだ。

 また、第一部隊の副隊長も争いには加わらない。第一部隊は他部隊での経験を積まないと入れない規則なので、第一に入りたい者は貴族であってもまず他の部隊で経験を積むことになる。


『せっかくの実戦でもすぐ使えそうな新人だが、クラテル副隊長は確保に動かなかったのか?』

「うちのビオンがそんなことすると思う?」

『しないな』

「でしょ〜」


 そして、ロティオンは一瞬口を閉ざした。少し申し訳なさそうな声でミルトの話に戻る。


『…………そんな優秀な父と兄がいる弟は、内心どう思う?』

「え? 誇らしいとか?」

『お前は純粋だな。普通なら成長するにつれ誇らしいという感情よりも、嫌気や重圧を感じるだろう。なにせ人間というのは比較するのが好きな生き物だ。……特に貴族はな』


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