5 二人の偏った食事事情
作戦会議から一夜明け、収穫祭準備の日が始まった。
今日から祭り撤収日までの間、食堂の料理人達は出店との兼ね合いでとても忙しくしている。
どうやら収穫祭の間、学園で働く料理人達は朝は食堂、昼と夜は出店を開くらしく交代で全員出勤する過酷な三日間のようだ。
だが、いつもは料理長になれないシェフ達が売り上げという結果を出して、下剋上を狙ったりするらしく案外出店を希望する料理人は多いらしい。
「ふぁ〜」
「リンちゃん眠そうだね?」
共に朝食を食べていたエレナが、不思議そうに尋ねる。
リンクスは、夜更かしして恋愛小説という名の参考資料を読み込んでいたので寝足りないのだ。
「私はやることないし、良いかなってちょっと夜更かししちゃってね〜」
貴族生徒は明日以降の準備があるらしくそこそこ忙しそうだが、平民組は自分の所属するクラブが二日目の競技に選ばれていない限り出番がない。
リンクスの選択した魔術戦クラブは抽選に外れたらしく、ずっと暇である。
「エレナちゃんのところは、抽選当たっちゃったんだよね? 頑張ってね〜魔法薬クラブの発表は絶対見るから」
「ありがとう。まあ、私達は裏方だから表には出ないけどね」
一年は裏方らしい。友達の活躍が見られないのは残念だが、リンクスにとっては一番面白そうなクラブなので発表自体は楽しみにしている。
「あ、ラストに発表する合唱クラブに、とっても美人な先輩が出るってクラブの先輩が言ってたよ!」
「おやおや〜エレナちゃんは、そっち系がタイプなの?」
「違う違うっタイプとかじゃ! というか先輩は女の人だよ! 春の芸術祭の歌部門で優勝した貴族の人なんだって!」
エレナが勢いよく否定してくる。顔を少し赤らめていて全然怖くはないが、リンクスはそこで大人しく揶揄うのをやめた。
代わりにずっと気になっていた事を聞くことにする。
「そういえば、なんか人少ないよね? こんな朝から準備に取り掛かってるの?」
「うん。生徒の中にも志願して自分の店を出す人もいるし、貴族達はお茶会の食器やら茶葉やらを自分達で準備してるらしいよ」
「へ〜使用人を使わず?」
「うん、らしいよ。自分達でお茶も淹れるんだって。幼馴染に聞いたからちゃんとした情報」
無駄に金を掛けてそうだな、とリンクスは思ったが流石に口には出さなかった。
朝の時間の食堂は身分関係なく座っている。いくら今日は人が少ないといえど、食堂でそんな事を口にすれば近くに座っている貴族生徒から袋叩きに合うことだろう。
「あぁっ! リンちゃんあっち見て!」
「え? なになに……っ」
リンクスは振り返ってエレナの指す方角を見ると、そこにはロティオンと線の細い金髪碧眼の美青年がいた。どこか……いや、とても面影がある顔だ。
隣の青年を観察しながら、わざわざロティオンが行動を共にする意味を合わせて考える。
(…………ん? もしかして、ロティの隣の男は……王子!?)
リンクスの中で、「今会ってはいけない男ランキング」栄えある暫定一位だ。会いたくない。
エレナが小さい声ではしゃいでいる。本物の王子様効果はすごい。
だがリンクスの方は逆に、借りてきた猫のように静かになってしまった。
「は、初めて見たよ王子様! 将来はあの人が、この国の王様になるのかな?」
「そ、そうだねー誰がなるんだろうねー」
――その言葉はリンクスにとって禁句だ。
リンクスは背中にじわりと汗が滲んだ気がしてきた。そして棒読みで表情も硬くなってくる。
そんなリンクスの不審な様子は、王子様に釘付けになっているエレナにはバレていないようだ。
普通の庶民ならば王族なんて遠くから見るだけだろうし、盛り上がるのも致し方ない。
リンクスは目の前の食事に集中し始める。早く食べて離脱しようという魂胆だ。
だが恐らく、ロティオンがこちらに気づいて王子を誘導したのだろう。二人はこちらとは反対方向のテーブルへ向かっていった。
(ひやひやした〜王子とは対面したことないし、顔もバレてないはずだよね?)
興味がなかったので王子の前には現れていないはず、だ。
「すごかったねっ王子様! 王女様も綺麗な人だし、もしかして王族って皆綺麗なの? リンちゃん知ってる?」
「王族の護衛は第一の役割で部隊が違うから分からないな〜。第四は基本外回り」
リンクスは一安心して、後一口分だけとなった朝食のパンケーキを口に呑み込む。
「いつ見ても……朝食の代わりにデザートのパンケーキを二つ注文するの、独特ですごいね」
リンクスは、朝食にデザートメニューの中にあるパンケーキを二つ注文する。一つだけだとお腹が空いてお昼まで保たないからだ。
そんな彼女の本日の注文は、葡萄ジャムとカリンジャムを付けたふわふわ食感のパンケーキ。
ちなみに、このカリンは収穫祭までの限定ジャムだそうで、リンクスは期間中ずっと片方のパンケーキをこのジャムで食べようと思っている。
収穫祭の間に、カリンの木の下で告白すると成功する、なんてジンクスがあることから時期限定のジャムとして出したのだろう。そうでなければ処理の面倒なカリンを出さないはずだ。
「朝は重たいの食べたくないんだよね〜まあ、毎回朝食にパンを食べるパン屋の娘さんと独特さはいい勝負じゃない?」
そしてエレナの方はというと、朝と昼は絶対にパンを食べているし、夕食でも食べている時がある。
お金が無くて安いパンを食べるというわけではなく、どちらかというと研究も兼ねて食べているようだ。とてつもないほどのパン狂いである。
何度か彼女に試作のパンを食べさせてもらったことがあるが、師団の食堂で出せるレベルの美味しさだったので、毎回エレナのパンを褒めちぎったものだ。
揚げたパンに砂糖を振りかけて食べるのが特に美味しかったので、今度は蜂蜜を買ってきて付けさせてもらおうと誓った。
「いや〜家だと試作のパンや失敗したパン、売れ残ったパンをずっと食べてたから習慣が抜けなくて、他のを食べると違和感が……」
「あ〜漁師の知り合いもそんなこと言ってたな……」
「毎日お魚ってこと? すごいね」
エレナが感心したように呟く。
この国の主食は麦なので、パンを毎日食べるのはそこまで珍しいことではない。魚を食べることの方が驚きだろう。
今どき毎食パンなのはどうかと思うが……。
主食であるパンやパスタと共に食べるのは野菜や肉が多い。
魔術による冷凍運送の概念が確立されたことで、この国の中央でも魚が食べやすくなったのだが、やはり圧倒的に野菜や肉の方が食卓に出るのだろう。
リンクスは港がある場所への遠征では、いつも魚料理を食べる。王都で食べる魚よりも安くて美味いので。
だが、エレナはあまり馴染みがないようで食堂のメニューにあっても頼んだことがないそうだ。
リンクスはエレナに魚を食べる事を勧めてから解散した。
――さて、任務開始だ。