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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
二章
25/82

4 恋愛フラグマスター


「あ、兄の方も知ってた〜あの人息子だったのか。確かに似てるかも……」


 長兄に当たる人物は、魔術師団の新人隊員だ。割と良い腕をしていたのでかすかに覚えている。

 数ヶ月前、ゼノンから『勉強中のところ悪いが、新人達と一回模擬戦してくれないか、頼む!』と言われ渋々やった中で一番見込みがありそうな男だった。


 ゼノンは恐らく息抜きに新人達と遊ばせてくれたのだろう、とリンクスは思っているが、実際には新人に現実を教えようとしたゼノンの悪巧みに利用されただけだ。

 この世には知らない方が良いこともある。


「あら、伯爵の方ならともかく兄の方に接点なんてあったの?」


 シンシアが不思議そうに尋ねる。リンクスはうっかり口を滑らせてしまい、嘘にならないように答えた。


「あ、いや〜うちの隊長が副団長に、新人達と模擬戦しろって命令されてボコしてたんです」

「…………昨年度の最終対抗戦優勝者が歯が立たないなんて、あの方本当にお強いのね」


 少し引き攣った笑みで、リンクスは話を戻すことにした。


「それで? この二人は姫様があと一押しでいけるっ、と思うくらいイイ感じってことなの?」

「私、お二人が一緒に居る時にお話ししたことがあるのよ。調査書にもあるようにモナクシア様は落ち着いた女性で、ストルギー様は陽気で親しみやすい男性ね」


 そこで言葉を区切り、興奮を抑えるような声で語り出す。


「二人は魔術研究クラブの所属なのだけど、一月前の見学会でとても親しげだったのをこの目で見たわ! モナクシア様はあまり他人と親しくしていないようなのだけど、ストルギー様のことは唯一信頼しているように感じるのよっ声と表情の差違があったわ! ストルギー様も他の女性にはスマートに紳士ぶれるのに、モナクシア様には照れ気味で逆に素の自分を出していることが伺えたの! 絶対脈ありだわ。恋愛フラグマスターの私の勘が言っているもの!!」


「恋愛ふらぐますたー?」


 リンクスは新出単語に頭を悩ます。シンシアの恋愛好きをまだ舐めていたらしい。

 最近のリンクスは、空いた時間に恋愛小説を熟読していたので、色々と分かった気になっていた。

 少ない息継ぎと早口で言い切ったシンシアに慄く。リンクスは落ち着く為に紅茶を一口飲んだ。うん、美味しい……


「あの時にはもう、特別な絆があると私は理解したわ……しかもね、お二人は最初の対抗戦で組んで以降ペア解消してないの! それってもうそういうことよね」


(どういうことなの、姫様!)


 リンクスの分からぬ境地にいるシンシアを見て、自分もこのくらい空気を読めないといけないのか、とリンクスは戦慄した。


「ねぇ……ペアって解消してもしなくてもいいものなの?」

「入学式で先生がおっしゃっていたでしょ。対抗戦で組む相手は毎回個人の自由に委ねると、……それに毎回タッグ戦とは限らないわ。次に私達一年がやるのは団体戦だし」


 リンクスは入学式の話を殆ど聞いていなかったので初耳だった。


「つまり、変わらない二人はとても仲良しってこと?」


「周りも察するほどね! 婚約者でもない男女がペアをずっと変えないなんて、婚約内定と言っても過言ではないわ!」


「過言ではあるんじゃない?」


 貴族の子供達は結婚相手探しも兼ねているらしいので、割とペアを変えるらしい。より魔力の相性が良いものを探して家の為に役立てるのだ。


「でも婚約してないんでしょ〜?」

「そう! そこなのよ」


 シンシアはテーブルに手を突いて勢いよく立ち上がる。


「何故お二方は婚約をしていないのか! そこが問題なのよ!!」


 熱弁するシンシアにリンクスは恐る恐る答える。


「姫様の勘違い「ではありません」……あ、はい。すみません」


 恋愛フラグマスターの言葉に逆らってしまったリンクスは、つい反射的に謝ってしまった。


「まぁあの二人もそうだけど、未成年貴族の令嬢令息達による婚約締結が少ない現状だからこそ、私は計画を進められるのよね。既に結ばれてしまった婚約に口を挟むのは、王族であれ色々と膨大な下準備が必要だもの……」


 複雑そうな顔でため息をこぼしつつ、シンシアは話を続ける。


「収穫祭は恋人達の祭りとしての意味もあるから絶好の告白日和なのよ。だからこれを機にストルギー様は動くのではないかと私は推察したわ……あぁ、それとリンさんの影響でこの機会に気になる人へアプローチをかける、という人が例年より多いらしいのも理由の一つね」

「恋人達の祭りって?」

「ちょっとなんで知らないの。一般常識よ? 貴女この国で過ごして何年? あぁもうっ、収穫祭では――」


 リンクスの不用意な発言から、話は逸れて勉強の時間になってしまった。なんでもホイホイ質問するもんじゃない、とリンクスは失敗を経て学ぶ。

 あらかた解説したシンシアは、気を取り直すように改まってリンクスに作戦を宣言する。


「さて、これで情報はあらかた見て聞いたわね? ここからが重要よ――恋愛を盛り上げるのにはハプニングが必要不可欠! 愛で障害を乗り越えゴールに辿り着くのっ……だから貴女にはその障害となってもらいます!! そして、目指すは収穫祭の夜に告白よ!」


 任務の詳細がよく分からず、リンクスはつい首を傾げながら尋ねてしまう。


「…………障害って何するの?」

「何故、私が貴女に恋愛小説を読ませたと思っているの? この時の為よ。そして、明日は出来れば対象と接触して、貴女の目でも二人の仲を確認しておいてちょうだい」

「どうして?」

「私の勘違いで恋愛感情も無いのに無理やり結婚させたら、権力者からの圧力による政略結婚じゃない! そこから生まれる愛もあるとは思うけど、恋愛初心者の私達が上手く誘導出来るわけないわ!」

「ここにきて発言が急に弱気になった! 強気な弱気! ……まぁ確かに、二人に恋愛の情が無かったらマズイか。私たちにとっても難易度爆上がりだもんね〜」


 恋愛経験ゼロの二人が立ち向かうのには、まず難易度の低そうなところで少しずつ経験を積むことが重要だろう。


「私は明日、収穫祭準備の間を縫ってモナクシア家について探るわ。申し訳ないのだけれど、今回は貴女に頑張ってもらうことが多いの。もしかしたら最終日まで私は合流出来ないかもしれないから……」


 リンクスは途端に自信がなくなった。


「一緒じゃないの? 本当に私を一人にして大丈夫?」

「私だってリンさん一人に行動させるのは不安だわ。出来る限り作戦中は共に行動した方がいいとは思っているけれど、少なくとも二日目までは予定が入っていて自由にはなかなか動けないの」


 まさか一人で行かないといけないのかと驚くリンクスに、シンシアは無情なことを告げた。


「え」


 シンシアは申し訳なさそうな顔で、続きを話す。


「明日は情報収集の一環で、学園長に子爵家で起きた事件について話を聞きに行く予定なの」


 学園長の予定が忙しく、アポイントが取れたのがその日のみらしい。いきなり訪問人数を増やしても彼女は怒らないだろうが、それならば大人しくしていよう。


(ぶっちゃけクロエちゃんに会いに行くの嫌だし)


 最近のクロエはリンクスに会うと、自分の親族達をお勧めしてくるので鬱陶しいのだ。

 流石にシンシアの前でそんなことはしないと思うが、怖いので会わないに限る。


「それで、中間報告は一日目の夜か二日目に行うわ。私、こういった行事では王族としての役割があるから、自由に動けないことが多いのよ……不確定な予定で負担をかけて申し訳ないのだけれど……」


 学園行事なので正式な公務ではないが、自国の王族が伝統ある収穫祭に顔を出さないのはよくない勘繰られ方をされてしまう可能性もある。

 よってシンシアは、終日参加し続ける。貴賓席で兄や留学中の他国の王族と共に、護衛に囲まれながら三日も過ごすのでより気が抜けない。

 どんなに苦行であっても、これはシンシアにとって数少ない自身が遂行すべき使命だ。絶対に成し遂げたい。


「良いよ〜なんとか頑張るから。それに、王族としての責務を全うすることが、姫様のやるべきことなんでしょ? この作戦だってその延長線上にある。それを助ける役が――この私」


 シンシアはリンクスの発言に純粋に驚いた。彼女はときどき、本物の占い師のように他者の心理を言い当てることがある。

 リンクスが本気を出せば、人の心を掴むことは容易いのかもしれない。彼女の性格では、そんな事はしないだろうが……。

 ただ、そんなことを考えるよりも先に、シンシアには言うべき言葉がある。


「ありがとう、リンさん」


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