3 リンクスとシンシアのわくわく作戦会議
ある日の夕食後、シンシアの部屋の前に来たリンクスはもはや慣れた手つきでドアをノックする。
侍女のマイラがリンクスを確認すると、すぐドアを開け迎えてくれた。物静かな彼女に挨拶をしてから、部屋にあがる。
本日の集会は、久しぶりの真面目な作戦会議となるだろう。
「ついにこの日が来てしまったわね……ここ数週間の予習は完璧かしら?」
「恋愛小説読むのって勉強だったの!? 私は知らぬ間に猛勉強してたってこと!?」
知らない間にリンクスは苦手な勉強をしていたらしい。ラーヴァのスパルタ特訓のせいで、すっかり勉強嫌いと化していたリンクスは慄然とした。
「ふふ、さっそく本題に入りましょう? ……明日から祭りの準備期間ということで、作戦も本格的に始動するわ」
二人は部屋の中央にある丸テーブルに向かい合って座る。このテーブルを囲うのが、最近の定番になりつつあった。
シンシアは手元に置いてあった収穫祭の資料を取り出しながら説明する。
「一般的な収穫祭については貴女も知っているでしょうから説明を省くとして、学園内での説明だけすれば良いわね?」
シンシアの問いにリンクスはこくこくと首を縦に振り応じる。
「学園での収穫祭も外と同じく三日間行われるの。一日目はまず作物の収穫を祝い、<豊穣>の加護を持つ三体の精霊に祈りを捧げた後葡萄酒を飲む。二日目は、いくつかのクラブが競技大会が開催される。そして三日目は、劇を行うの」
「王都の収穫祭でやることとあんまり変わらないんだね?」
「やること自体はね、でも内容が違うのよ。全く変わらないのは一日目だけ」
シンシアが収穫祭のパンフレットを広げ、二日目以降の頁を開く。
「まず、学園で行われる競技は事前に抽選を勝ち抜いた五つのクラブのみ行うことができるの」
「じゃあ魔術とは関係のないクラブのみになる可能性もあるんだ」
「そうよ。本来なら魔術競技が開かれるけれど、学園では二日目は殆どクラブ発表会になってて魔術に拘っていないの」
面白い競技が選ばれれば良いが、地味な競技や出し物が選ばれてしまったら退屈しそうだ。
「そして劇というのは、この国の初代八法士の一人であるカーニバル卿の伝説を演じるの」
それはこの国の創始に関わる物語だ。
かつてこの地は魔獣が徘徊し、不毛の地に等しかった。そんな地に様々な事情を持つ九人の魔術士が集い、力を合わせて魔獣を征伐し建国する。
この九人の魔術士達はその後、王と八法士として国を治めたのだった。
とても簡単なあらすじはこんなものだが、実際には討伐までに様々なエピソードがあり、多くの仲間が増えている。
そしてカーニバル卿の物語の一つに、「呪詛祓」と呼ばれるものがある。彼は西の国で聖職者として働いていたが、同僚に騙され僻地に追放された。
そのとある辺境の小さな村で、悪魔による不可解な事件が起きていることを知ると悪魔を討伐しに向かう。
だが、悪魔の正体は呪いに侵食された精霊だったのだ。カーニバル卿は呪いによって正気を失った精霊を助け、村を滅亡の運命から救った。
その行いに精霊はとても感謝をし、自分を救った恩人と契約を交わした。
この精霊が<豊穣>の権能を持つ精霊の一体――<酒のディオニュソス>である。
「普通の収穫祭は、三日間のうちに愛と魔術と酒を味わい、祈りを捧げることが重要なの。元は分かれていた祭りが一つになった。場所によってはさらに縮小化されて、開催期間は一日になってワインを飲みながら魔術で演出をした愛の劇を見る日という扱いになっているところもあるわ」
シンシアはマイラが入れてくれた紅茶を飲みながら、王国の収穫祭の様子を答える。
「たしか<魔術のヘカテー>と<愛のアプロディテ>、<酒のディオニュソス>が主霊だから……だっけ」
「そう、本来劇は自由だけども学園においては、ディオニュソスとカーニバル卿の出会いの話を演じるの。といっても演技をするのは一部の生徒だけよ」
そう言ってシンシアは、三日目について書かれた頁をリンクスに見せる。
「その他大勢は威力のない魔術のみを使い、精霊が呪われた影響で生み出された魔獣とカーニバル卿の二つの役割に分かれて戦うの。どちらかというと戦闘の混じった鬼ごっこね」
「へぇ……じゃあ勝ち負けとかは気にせず撃ち合って遊ぶだけってことだね」
シンシアは頷くと、また別の紙を取り出しリンクスに見せた。
「今回は初めての本格的な作戦ということで、ターゲットを絞ることにしたわ。二兎を追う者は一兎をも得ずというでしょ?」
それは、二人の人物についての簡単な調査書だった。
「まず私は、去年の入学オリエンテーション時に男女でペアだった者たちを名簿から選出し、兄すらも使って彼らの情報を獲得したわ」
「姫様すっご〜い、探偵みたい!」
リンクスに恋愛小説を読ませている間に、そんな調査をしていたとは想定外だった。面倒そうな作業を行っていたシンシアを純粋に凄いと思ったリンクスは、拍手をしながら褒める。
「ふふ、基本的にあの時期に男女でペアを組んだ人というのは婚約者か、先生に魔力の相性で決められた人なのよ」
シンシアは「魔力の相性が良いというのは重要よ?」と得意げに続けた。
「何故ですかシンシア先生!」
リンクスの悪ノリに、シンシアも先生っぽい回答で乗ってくる。
「良い質問ですね、メルクーリさん。実は、魔力の相性と出生率の関連性が最新の研究で示唆されてきたの。これは貴族にとって重大な事なのよ」
そのままシンシアは魔力相性の研究論文を簡潔に解説してくれた。
どうやら主観による魔力審査であるリンクスの判断とは多少違うようだが、魔力相性についての研究は既にされていたらしい。
あとで読んでみようとリンクスは心に決める。
「なるほど、貴族や王族の結婚とかってす〜ぐ後継ぎ問題云々が出てくるもんね。相手が嫌いなやつでも魔力の相性が良くてさっさと子供作れれば、周囲の圧から解放されるし」
「ええ、それに魔力の相性が良い人は、波長が合うらしく良好な夫婦関係を築きやすいの!」
「それはたしかに」
シンシアの目標の実現に都合がいい。心も体も相性が良いというのは、確かに好意を抱きやすいかも、とリンクスは思った。
実際リンクスは、魔力で人を判断することが多いので納得である。つい先日も好みの魔力を持った女性を見つけてはしゃいだばかりだ。
「そう考えると、不幸せな政略結婚を幸せな結婚生活に導く為相性の良い人をくっつけるってのが恋も芽生えやすいんじゃない? でもそこに持っていくのが難しそうだ」
「えぇ、でも私達は恋愛上級者ではないのだから、最初は可能性のあるところに一押しするくらいが良いと思ったの」
「それで見つけたのがこの二人か〜」
この二人であれば、政治的に見ても無難な落とし所になるらしい。
リンクスは改めて渡された紙を読んだ。調査書には、『ヴィオレット・モナクシアとミルト・ストルギーに関する調査結果』と書かれてある。
まずは女性のプロフィールから読んだリンクスだが、気になるところを発見した。
「姫様、彼女の双子の弟が精霊隠しに遭ったってあるけど?」
精霊隠しとは、七歳までの子供に起きるとされている精霊の悪戯の一つだ。気に入った子供を自分の子にしてしまうという傍迷惑なものである。
ここ数年人間界への精霊の出現は観測されていないが、精霊隠しを恐れて玄関に精霊避けの魔術をかけ、七歳まで外に子供を出さない家もまだあるくらいだ。
「……多くの場合、下級精霊の短期間の悪戯で終わるけど、帰ってこない子供もいる」
「それで彼女が後継ぎって事か」
彼女のプロフィールの理由は、なんとも悲しいものだった。
子爵家の跡取りで、婿入り先としては下級貴族の格好の狙い目だが、婚約の話は一切ないらしい。
(訳ありの匂いがする……)
「えっと、クールな成績優秀者ってところかな? ヴィオレット・モナクシア先輩は」
「実技も中々の腕らしいけど、どちらかというと頭脳の方が評価されている人ね」
「へぇ……ありゃ? 薄紫の髪に濃い紫の瞳って……」
「知り合い?」
「いや、見たことある人かもって思っただけだよ。さてさて男の方は、っと」
リンクスはもう一枚の調査書を取り出す。
「へぇー、こっちは逆に子沢山の家で育ったんだね……ていうか、ストルギーって聞いたことある、ような?……あっ、父親知り合いだ…………え!? こんなに子供いたの!?」
リンクスはここ最近でいちばんの驚きを味わった。父親は魔術師団第一部隊副隊長の真面目な男だ。
魔法騎士と聞いて、貴族の実に八割以上の人間がストルギー家の名前を出すほど知られた名称。
この国では魔術士であることこそ重要なので、外国から渡ってきた概念である騎士はあまり浸透しなかった。それゆえに騎士とは、魔術が使えない者がなる不人気職業という扱いになる。
そんな中、とある一人の人間が魔法を使える騎士として活躍し始めた。騎士でもあり、魔法士でもある彼に敬意を込めて魔法騎士という呼称が生まれ爵位を得るまでに。
その人物こそ、初代ストルギー家当主である。
現当主であるターゲットの父親も、魔法を会得し騎士としての教えも武術の腕も申し分ない優秀な人物だ。
(こんなに子供居たんかい)
だがリンクスは腕前を知ったときよりも、子供が大勢いたことを知った今の方が仰天していた。
「魔術士の平均出産率は四人ほどだけど、伯爵は十人って凄いわよね。夫人とは今でも熱々よ」
「いや絶対この人が平均上げてるよ」
なんか同僚のこういうこと考えるの嫌すぎるな、とリンクスは思いこれ以上考えないようにした。