2 好みの魔力
部室から移動した後、魔術戦仕様の競技場で本日の魔術戦クラブは行われた。
「リン殿!」
「先輩パス!」
箒に乗りながら風を切るように飛ぶリンクスは、左後方からの呼び声に反応し、自分の手元にあったボールを素早くパスする。ボールは風の魔術で的確にコントロールされ声の主へ渡った。
そのタイミングで暴風に襲われ吹き飛ばされそうになる。どうやら敵チームからの魔術が当たったようだ。
この的確な妨害にボールを持ったまま遭えば、不意を突かれて奪われるか落としていたかもしれない。
「あとは任せよ!」
リンクスからのパスを受け取った男子生徒――ツチミカド・シラミネが、そのまま相手の生徒を振り切りボールをゴールへと投げた。魔術で加速した豪速球でゴールを決めた瞬間終了の笛が吹き、試合は終了。
試合はリンクス側の地上に降りて味方の先輩と勝利を喜び合う。
「いっえ〜い!」
ハイタッチの音が広い競技場に響き渡る。
イアト・セルペンスの授業は並の人間にはキツイ内容が多いが、このクラブに集まった者は魔術分野に関して優秀な者ばかり。
そして、ただ戦うだけでなく遊びが入るところがリンクス好みであり、学園でも強い魔術士ばかりが集い楽しめるこのクラブの時間をリンクスは案外気に入っている。
本日アウラの気力を根こそぎ奪ってから始まったのは、魔術競技の一つであるフェリッシでの対決。
フェリッシのルールは至って簡単。飛行魔術を使いながらボールを追いかけて、捕まえたら後はゴールに入れるだけ。
するべきことは至ってシンプルだが、存外難しい。ボールは魔術が掛かっていてプレイヤー達から逃げるし、対戦相手を魔術で妨害することも出来る。
本来のルールでは八対八で行うところを三対三で行ったため、本日出席した総勢九人の生徒達は審判役も自分達で行った。交代要員がおらず実質休憩がない。
そして、勝負に諸々の後片付けを賭けていたせいか、相手からの容赦のない妨害はリンクスすらふらつくレベルの魔術を使用する本気度だ。後輩だからと手加減する気が全くない。
そんな白熱した試合ばかりだったので、観戦に徹していたイアトが「いいぞいいぞ、研究が捗るもっとやれ!」と盛大に喜んでいて、リンクスは観戦料を取ってやろうか、と何回も思った。
そもそも生徒が必死こいてボールを追いかけるなか、研究データを取るな。何に使うのだ。
リンクス達はそんな思いを抱きながら、時には教師へのブーイングを吐きつつ競技場を駆け抜けていたのだった。
「ふうぅ〜終わった終わったぁ!」
待機室になっている部屋の椅子に勢いよく座り、足をぶらぶらとさせるリンクスに声が掛かる。
「相変わらず風属性型の人間並みに飛行魔術が上手いね。最後の風に当たったときは流石に落ちるかと心配したが、杞憂だったな」
「そうであるな。風型の某について来れるほどの速さを持つ女人はなかなかいない。飛行術への慣れを感じた」
「へっへん! まあこのくらい飛べないと、第四の名折れだからね〜」
リンクスの得意げな顔に、今日のクラブでチームを組んだ男子生徒達は笑う。
「どちらかというと、シラミネ先輩が飛ぶのめっちゃ上手い方が驚き! 一年そこらで身に付けた技術じゃなさそうだけど、飛行魔術を学園入学前から習得するのって大変なんでしょ? どこで習ったんです?」
「あぁ、某の故郷では飛行魔術等のいわゆる――習得に上級魔術士の監督が必要な魔術、は無いのだ。国の違いであろうな」
「そもそも魔術士の階級を決めていた魔術協会が潰れたからね。この国でも飛行魔術の習得は緩くなったよ、メルクーリ嬢」
「うっわあ……もしかして、私の知識って古すぎ?」
「魔術協会が潰れた分の皺寄せが、魔術師団にいったことは分かっているさ。学びの機会を奪われていても仕方ない。まあ、確かに知識不足は否めないが」
もう一人のチームメンバーであるメラノ・キグヌスに指摘される。彼は成績の良い生徒しか選ばれない学園の生徒会副会長を務めているほど成績優秀なので、彼と比べるのは酷というものだ。
そして知識不足の指摘は、つい先週リンクスが言ってしまった珍回答のことだろう。揶揄われたリンクスは顔を背けてわかりやすく拗ねた。
「うむ、某の名前の発音は正確に言えるのに、あの有名な初代八法士の名前を間違えるなんて……ふふっ実に愉快な回答であったな」
「シラミネ先輩まで意地悪してくるぅぅ、早く戻ってきてペトラちゃん!」
リンクスは癒しの存在を求めた。だが、ペトラ達は箒の片付けの真っ最中でまだまだ戻る様子はなく願いは叶わなかったが……。
拗ねて顔を背けた先にあった窓に顔を向けると、生徒の集団が通り過ぎるところだった。集団のとある人物が気になったリンクスは、メラノに問いかける。
「副会長、あの人達は?」
「ん? あれは魔術研究クラブの二年生達だね……野外実験でもしてたのか、珍しい。メルクーリ嬢が苦手な座学をメインに魔術式の研究を行うクラブだよ」
「うわっ、やだ〜」
魔術を感覚で扱う癖のあるリンクスには、絶対に向かないクラブだろう。
せっかく目を引く人物に出会えたが、関わることはなさそうだ。
「はぁ、残念。あの紫色の髪の先輩、美味しそうな魔力だったのに関わることは無さそうだな〜」
「お、美味しそう?」
「うん、私魔力の感じ方が少し普通の人とは違うんです。さっきの人の魔力は、今まで見てきた魔力の中でも好みランキング上位に位置します!」
「ほぉ、独特な感性であるな」
好みの魔力を感知するなんて芸当……出来ない方が普通なのだから、気にしたこともない。興味の出たシラミネが話を促す。
「魔力の相性が悪い相手って気が合わないことが多いんですよ。たくさんの人間を見て検証しましたし、なかなか侮れない審美眼を持っていると自負します!」
この世には反発するほど魔力の相性が悪い相手も存在するのだ。そういう人間は、大抵リンクス好みの魔力をしていないのが常だった。
「へぇ……手頃な占術みたいな感じだね。今度婚約者との相性でも占って貰おうかな」
「ふふん、いつでも占いますよっ」
まだ他のメンバーは帰って来ないようなので、調子に乗ってきたリンクスは魔力について詳しく説明する。
「まず、魔力には本人の性質が割と反映されます! ペトラちゃんの魔力は暖かなそよ風が吹いているって感じで和むから好き〜あとあと、ペトラちゃんとロギアくんとの相性もピッタリなんだよ。例えるなら、温暖で気持ちいい風が吹いているところでお昼寝するって感じ。これって最高だよね」
「魔力型の面での相性とかはあるのかい?」
メラノがリンクスの物言いに不思議そうに尋ねた。
「一応あるけどそっちはバランスの問題。この属性とこの属性はダメ、とかじゃないんだ。さっきの例えで言うならば、日差しが強すぎる場所とか、風が強すぎる場所では昼寝なんて落ち着いて出来ないでしょう?」
「なるほど、確かに」
「だからこそ、よくピッタリな相性の相手を見つけて婚約者にしちゃえたよね〜ロギアくんすごく運が良い! 二人の子供とかとんでもなく期待しちゃうよ〜」
「ははっ気が早いな」
「まぁ子供はとにかく、ラブラブな未来がペトラちゃんとロギアくんには待ってるぜってこと!」
シンシアが望むような未来が二人に訪れるだろう、と宣言したタイミングで現れたのは渦中の人物達。
「っな、なななんの話をしている! ら、ララっラブ、ラブなど! 馬鹿なことを言うな!!」
「めっちゃ動揺してるじゃん」
動揺しすぎてカミカミだ。
どうやら、他のメンバー達は片付けを終え帰ってきていたらしい。リンクスは解説に夢中になりすぎて気づかなかった。
顔を真っ赤にしながら怒鳴るロギアと、その隣で真っ赤な顔をして「あうあう……」と動揺して言葉を話せなくなっているペトラが開きっぱなしにしていた出入り口に立っている。
また別の意味でペトラを刺激してしまったようだが、先ほどよりも顔色が良い。
「あっペトラちゃん元気になった?」
「ぷっ……リンちゃんそこじゃないでしょ」
被害者二人の後ろに佇んで居た先輩からのツッコミを貰いつつ、リンクスがロギアにくどくどと説教されるまで、あと数秒……
イアトの開発した魔道具の中に魔術対抗戦で用いるレベルの結界が簡単に貼れる、という優れた物がありまして、これにより事前準備は少なく済む上危険な事故も防げます。
研究データを取っていたのも改良の為です。