1 真実は犯罪者
収穫祭が段々と迫り来るこの頃――リン・メルクーリの知名度は、小説や流行りに疎い者であっても知るところになった。
やはりヒロインのような存在ならば自分達を脅かす人物になる、と特に女性から警戒され遠まきにされているが、本人は気にもしていなさそうだ。
何故なら遠くから見られることは増えたが、実害は無いからだ。リンクス自体はまだ何もしていないのだから、当然といえば当然である。
もしリンクスに何か不都合が起きれば、全力で守ろうと決意していたシンシアは若干の肩透かしを喰らった。
リンクスは呑気にクラブの部室へ向かっていると、前方にふわふわの髪と可愛い耳が揺れているのを発見する。
「あ、やっほ〜ペトラちゃん」
そう言ってリンクスは、丁度教室に入るところだった目の前の人物に抱きつく。
抱きつかれた人物──ペトラ・エラフィは盛大にビクつき、悲鳴を上げかけたがすんでのところで止めた。
リンクスは後ろから抱きついたので、ペトラのふわふわのダークブロンドが顔に当たっている。気持ちいいのでさらに顔を寄せると、そんなリンクスに我慢できなくなったのか隣にいた男が顔を歪めて怒り始める。
「おい、メルクーリっ私を怒らせる前にペトラを離せ! この学園に通うものとして適切な距離を保てと言っているだろう!!」
実はずっとペトラの隣に居た男──ロギア・モノケロスがリンクスを睨む。
この二人は新入生オリエンテーションである対抗戦で、リンクス達に次ぐ二位という好成績を残している実力者だ。
そして、対抗戦の翌週から始まったクラブのメンバーでもある。
リンクス達が優勝を飾ったあと、学園では先輩方によるクラブ勧誘が解禁された。エレナの言う通り魔術系クラブからの勧誘は凄まじく、翌日の朝食後から声をかけられたほどだ。
クラブで良い成績を残すとクラブ費が増額するらしく、対抗戦上位者は誰であろうと狙われる定めらしい。
女性陣の方がリンクスを警戒しているせいか、声をかけてきたのが男性ばかりだったのも女性には不評の元らしく、余計にうんざりしていた。
勧誘の声が面倒に感じてきた頃、担任のイアトに誘われたのが今所属している魔術戦クラブだった。
学園一辛いクラブとされるイアトの魔術戦クラブは、実力重視で在籍する生徒もその傾向が強かった。不人気クラブだがリンクスにとってはその方が有り難い。
そんなクラブに居たのがペトラとロギアであった。
エレナともシンシアとも違うクラブを選択したリンクスにとって、二人は数少ない知り合いなのでこうして絡むようになった。
なにより、この二人はとても面白かったのだ。我の強い男と気弱な少女の組み合わせは相性が悪そうに見えるが、二人は絶妙なバランスをとっている。
それというのも、二人は幼い頃から婚約しているらしく共に居る時間が多かったという。
(何よりからかい甲斐がある!)
実はもう一人あの時の顔見知りが居たのだが、彼とはまだあまり仲良くなれてない。今後に期待だ。
「うわぁ〜男の嫉妬って見苦しいね。同性には同性の距離感があるんだよ。ねぇ〜ペトラちゃん」
「う、あう……うぅ」
ペトラはどちらに味方すれば良いのか分からず情けない声を上げている。
彼女は気弱で優しくリンクスに押され気味だが、そこまで嫌がっていないみたいなのでこうして一緒になる度にリンクスに絡まれていた。
そしてリンクスがペトラに絡むとロギアが必ず止めに来る。これが最近のお決まりの流れだ。
「嫉妬ではない! 公共の場で破廉恥な行為をするお前を叱責するのは当然の行為だ!」
「抱きついて頬擦りするくらいで、貴族社会では破廉恥扱いなの? あっ……もしかして自分が出来ないからそんな風に言うのかな〜? そうだよね、こんな可愛いペトラちゃんとイチャイチャ出来ないんだもんね? 私に嫉妬するのも当然か〜」
「嫉妬、では、ない!」
ロギアは少しラーヴァに似たタイプのようで、リンクスにとって格好のからかい相手になってしまった。
リンクスはこの手の人間はラーヴァで熟知しているので、本気では怒らせてはいない。
だが、ロギアとペトラは婚約者同士なので、リンクスは彼に怒られて当然の行いをしている。今も現在進行形でペトラの頬を指で突いている。
「ほれほれ」
「ひゃ〜」
「や め ろ」
ペトラが羞恥で頬を赤くしているが拒否はしないので、ロギアはさらに不服そうな顔になった。
開始時刻も近づいてきたので、入り口付近で話していた三人は近くの席にまとまって座る。リンクスはすぐさま雑談をし始めた。
ちなみに、リンクスは最初一応敬語混じりで話していたのだが、ロギアに『下手くそな敬語を使うぐらいなら普通に話せ』と言われたので気安く話している。
「ねぇねぇ〜、そっちは歴史で精霊の話した?」
「こっちでもしたぞ。それがどうした」
この学園の一年の歴史分野の教科は三人の教師で分担されているので、リンクスとは担当が違う二人とは内容が少し違ったりする。
授業は、最低限やらなくてはいけない項目以外は教師に一任されているので、学ぶ順番が変わるというわけだ。
「光の精霊を闇の精霊王が監禁したくだりとか、風の精霊王が友達と二日酔いした話とか面白かったんだけどさ。一つおかしいところがあってさ」
「監禁を面白いとか言うな! ただの犯罪行為だろう!」
「別に監禁の話したいんじゃないから。それから監禁における重要性はそこに愛があるかだよ。試験には出ないけど覚えといて」
「覚えるか!!」
彼は真人間なので監禁は受け入れられなかったらしい。
リンクスはシンシアから借りた本の一冊、『婚約者に監禁したいほど愛してると言われました』を読破した後だったので大丈夫だった。
ロギアの発言で話の方向が迷走しかけたのをペトラが戻す。
「おかしいところ、ってどの部分ですか?」
「魔術史の教科書の精霊編にさ、絵が載ってあるじゃん? あの絵、絶対精霊じゃなくて蟲人だよ」
「……もしかして、別大陸にて発見されたというあの?」
ペトラは分からなかったようだが、ロギアが怪訝な顔をしてリンクスに尋ねる。
蟲人とは、この大陸にはおらず発見数も少ない背中に蝶のような羽が生えた人種のこと。背中の羽は体の一部で、魔力を羽に集中させるだけで気軽に飛べるという特徴がある。
なので、移動時は常に飛行しているが、それ以外はさほど人間と変わらない。
「そうっそれだよ! よく分かったね〜知ってる人少ないのに」
「確かに情報源であるアブシンベルは遠いが、従兄弟が前回の国際会議に護衛として同行していてな。職務規定に違反しない範囲で色々聞いたんだ」
アブシンベルとは、この大陸の南に位置する国家でこの国との距離は馬車で数ヶ月は掛かるほど遠い。魔道馬車を所持していてもなかなか訪れないような国だ。
ましてや大陸共通の貿易協定以外特に関わりがなかった国なので、ペトラが知らなくても無理はない。
だが、リンクスはアブシンベルに訪れたことがある。終戦後に開かれた国際会議の時に、あちら側から協力を要請されたからだ。
その内容は、「アブシンベルで大規模な人攫いが起き、その事件は海を超えた先にある大陸が関係している。事件の解決には魔術士の協力が不可欠なので力を貸して欲しい」というものだった。
アブシンベルは魔術に関してはあまり発展しておらず、有力な魔術士を必要としていた。そんな折に国際会議が開かれて優秀な魔術士が目の前に――。
おまけに、戦争の影響で各国より優位に立っていたアルカディア王国へ新しい外交関係の開設を目論み、アプローチをかけたのだ。
リンクスがあちらの王を気に入って協力を簡単に了承したことで、会議に同行していた第一部隊の隊長に説教されたのも今となってはいい思い出だろう。
「あ、そういえば……確かに蜂蜜や綺麗なランプなど南西の品を前よりよく見かけるようになりました」
「そういう流通が増えたきっかけになったのが、うちの隊長がアブシンベル側と協力して事件を解決したからなんだよ」
「失踪事件解決に<華燭>が尽力し、アブシンベルとはとても良い交渉が出来たと聞いている。だが、それがどう繋がるんだ」
確かに色々とこちらに有利な条約もあった気がするが、リンクスは個人的なお礼としてあちらから貰ったデザートを食べていて話の内容はあまり覚えていない。
「それでね〜その失踪事件の犯人である蟲人が、教科書の絵に描かれている精霊画と瓜二つだったの! つまりあの絵は精霊の絵じゃなくて、画家がどっかで偶々見た蟲人を精霊と勘違いした絵ってこと」
「……じゃあ精霊に可愛らしい羽が生えているのは、嘘って事ですか!? 私が信じていた精霊は、精霊じゃなかったってことでっ、しかも犯罪者だった……?」
ペトラがとても悲しげな声をあげた。
彼女はどうやら熱心な精霊信者だったらしい。あの絵を元に精霊を描いている絵画や彫刻は多いらしく、リンクスはペトラの長年の幻想をぶち壊しにしたようだ。
その後、真実を知ってしまったペトラは教師が来るまでずっと心ここに在らずの状態であった。いや、来てからも顔色の青さは変わっていない。
ロギアがどうしてくれるんだ、という目で見てくる。流石のリンクスも言い訳出来ずに――
「ごめんなさい」
と、謝るしかなかった。