幕間2 結局音読はした
今回は日常回です。
対抗戦も無事終わり、一年生は本格的に授業が始まった。
この一学期に受ける授業は卒業単位に必須な基礎科目ばかりだ。その為、授業はクラスで受けることが多く、合同授業以外顔ぶれは基本変わらない。
まだ始まったばかりの生活は、生徒達に適度な緊張と刺激を与え続けている。……既に緊張感のかけらもない者も居るようだが。
「――この世の全ての生き物は精霊が創り出した生物であり、人もまたその中の一つに過ぎない。魔術も精霊によって伝授されたものとされている。自然物以外に人間を生み出す権能が認められた精霊を大精霊と呼称するが――」
(シアちゃんがくれた飴、うんま〜)
リンクスは現在、歴史の授業を受けている真っ最中であったが、こっそり飴を舐めていた。
午後一番の授業への眠気防止として舐めたリンクスだったが、あまりの飴の美味しさに授業そっちのけで味わっている。
この飴は王国魔術師団第五部隊の隊長アタナシア・オフィウクスの自家製蜂蜜飴で、入学のお祝いとして貰ったものだった。
今日まで未開封だったそれを魔術対抗戦優勝のご褒美として開けたわけだが……リンクスにとって最高のご褒美となった。リンクス好みに作られた大きさや味にアタナシアの優しさを感じる。
そんな上機嫌に飴を舐めているリンクスを置いて、授業は進んでいく。
「――このようにヤマト国以外の国でも、暗黒期時代前の人類と精霊の距離はとても近かったことが古代遺跡の調査で年々分かってきた」
どうやらリンクスが蜂蜜飴に夢中になっている間に、精霊の話になったようだ。
リンクスは手元の教科書の精霊と人間に纏わる逸話が載っている頁を開くと、そこには様々な精霊と人との話が簡単にまとめられていた。
「今ではあり得ない事であるが、精霊が人を妻にしたように、人と精霊が結ばれる事もあった。獣人種や長命種が生まれる家系は精霊との混血であるとも言われているな」
(まぁ教科書なんて……人間に都合の良い話ばかり載せるよね〜)
現在精霊と人間の繋がりは希薄であり、精霊の悪戯現象程度でしか現代人は精霊の存在を知覚出来ない。その精霊の悪戯だって、人が精霊に偽装した事件ばかりだという。
暗黒期時代の影響もあり綺麗に現存する書物や遺跡も少ない為、精霊の研究は進展が全くと言っていいほどないらしい。
精霊に会うまたは精霊界に渡るなど、雲を掴むような話になっている。
「それじゃあ、まず精霊王についての説明を……ウェヌスさん読んでください」
「はい。……精霊達は人のような社会を築いているわけではないが、それぞれが人に助言をし世界を豊かにしてきた。その中でも特に偉大な大精霊をまとめる存在を精霊王と言う。昨今まで精霊との関わりが強かったとされるヤマト国においての証言は――」
リンクスは時々教科書にある図や絵に集中を奪われながら、授業についていく。
歴史の担当教師ペーレは、ランダムで生徒に教科書を読ませたり質問したりするので寝られないからだ。
なのでリンクスは当たらぬように願っていたのだが、品行方正を心掛ける貴族が多くいる学園で、授業中に飴を舐め始める不良生徒はとても目立つ。
結果は分かりきっていた。
「メルクーリさん……授業の最中に飴を舐めるとは、どうやら私の授業は退屈なようだ。次の頁を読むように」
「え、バレないように舐めてたんですけど……」
「蜂蜜のいい香りがこちらまで届いているよ」
「あ、匂いもいいですよね〜これ。アタナシア隊長の手作りなんですよ! とっても美味しいんですっ」
「な!! 治癒の巫女の手作りだと!? どういうことだ!!」
教室が一気に騒がしくなった。教師は目を精一杯見開き、鬼気迫る表情で説明を求めてくる。
「え? いや第五の隊長様に入学祝い的な感じで貰っただけですよ……説明も何も」
「そんな大事なものをこんなところで食べるな!! というか巫女様と親交があるのか!?」
「お、同じ光属性ですし? 部隊は違いますけどっ」
教師が教室をこんなところと言うのは、いかがなものだろうか。生徒達はそう思ったが口に出すのを我慢した。
「ふむ、他部隊の者にまで心配りを忘れないのだな」
「……はい、そうです」
「王国魔術師団第五部隊を率いる巫女様は現在の師団の隊長方の中でも一番の人格者だ。彼女の魔術の腕前もそして魔法も、治癒系統の最高峰と言っても過言ではない。治癒の巫女と呼ばれる所以もそこにある。ゆえに多事多端な日々を過ごしているそうだ」
歴史の話はどこに行ってしまったのだろうか?
ペーレの話がだんだんとアタナシアの方へ逸れていく。リンクスとしては、あまり長々と話すとボロが出そうなのでありがたい。
話を聞くにペーレは以前、妻が死にかけたところを第五部隊隊長アタナシア・オフィウクスの治癒魔術で助けられたことがあるらしい。
それ以来、夫婦揃ってアタナシアを一部の信者による呼称である巫女様と呼んでいるそうだ。そして、アタナシアにはファンクラブがありそちらにも既に加入済みである。
確かにそこらの人間より優れた存在ではあるが……。
話には聞いていたが、この目で実際に厄介なファンが外部にもいることを理解したリンクスは、アタナシアが心配になった。
(シアちゃんが結婚出来ないのは、絶対これのせいだよな〜)
彼女がこの国の結婚適齢期を過ぎても結婚できないのは、ファンクラブが邪魔しているからではないか、とリンクスは前から常々思っていた。
厄介な信者が落ち着かない限り、結婚などしようものなら伴侶の身が危なそうだ。
そして授業が少しの間、アタナシアの功績を讃える方向へ逸れた事は言うまでもない。