12 対抗戦が終わらない!
時刻も大分過ぎた頃、木の枝に紐で括り付けられた宝箱を取りながらリンクスは尋ねた。
「ふ〜強制終了時刻まであとどれくらいかな?」
「まだ定刻の鐘が鳴っていないから半分は過ぎていないと思うわ」
リンクスは太めの枝に跨って座りながら、意外にも器用に紐を外していく。
「午後の授業の時間に合わせてやってるんだもんね。じゃあ次鐘が鳴ったら半分の合図か。戦闘の音が絶え間なく聞こえるし、結構人数減ってるかもね」
「今年は好戦的な人が多いのかしらね。特に先ほどの爆発……場所はここから遠かったようだけど、音が大きくて煙が高く立ち昇っていて凄かったわ」
森の北東辺りで起きた爆発とそれに伴うカラフルな煙は大分大きく、西側にいるリンクス達からもよく見えた。
リンクスは今も微かに煙が上がっている方へ体を向け、魔術を発動する。
「あの煙は火と氷と水と風の魔術が混ざった時の奴だと思うよ〜。どうやら割と混戦状態だったみたい」
魔術で少しだけ拾えた情報からリンクスは推測を立てる。
ここまで確信を持って推測出来たのは、隊員達と遊んでた時に同じような爆発を起こしたからだ。
爆発が連鎖してしまい備品と試験中の戦闘魔道具にぶつかって壁を壊した。
慌てて修復しようとしたが、何故か丁度よくその場に居合わせるラーヴァ……。
(説教と復旧作業が終わるまで、夕食も食べさせて貰えず大変だった……)
ラーヴァにこってり怒られた後、関係者全員で夜まで復旧作業を行なった苦い記憶を思い出し、リンクスはお腹を押さえた。
「魔術が失敗したって事?」
「ううん、ただの失敗とは言い切れないかな。この手の煙は魔術同士が混じり合ってしまったから生まれた物で、魔術単体の失敗だったら何も起きないだけだからね」
今回は混戦の中で魔術が混ざってしまったのだろう。複合魔術の開発中でもよく起こるので、魔術研究が主な第七では日常茶飯事のレベルでよく起こってる。
「まあ見た目ほどは威力もないから安心して」
部下の一人が防御結界が間に合わずもろに喰らっていたが、本人はあっけらかんとしていた。そう答えたリンクスにシンシアはほんの少し安心したような顔をした。
「あ、やっと取れた! 無駄に複雑な結び方してて時間掛かっちゃった〜」
リンクスは結び方の文句を言いながら、足場にしていた木の枝から降り始めた。
「もう大分集めたし、結構早く終わりそうじゃない?」
「それは分からないわ。今までで一番コインの多かった年は三百ほどだったそうよ」
シンシアの発言を聞いたリンクスは、彼女の頭辺りの高さから一気に飛び降りて「先の見えない労働は辛いよ〜!」と握りしめた拳を振って嘆き始める。
そんなリンクスをシンシアは嗜めた。
「こら、淑女が赤子のように駄々をこねないの。ちなみに一番少なかった年は、五十個よ。だからすぐ終わる可能性もあるわ」
もう既にシンシアの手元には三十以上のコインが集まり、事前に小袋を持ってきていて正解だったと言える数だ。
「とはいえ、私達はまだ四分の一程の探索しか終えられてないわ。コインがこの辺りに集中してるとは考えにくいわ」
「つまり、まだまだあるってことね。うへぇ……がんばりまーす」
そうして二人は、教師陣の仕掛けた罠を警戒しながら財宝を探し続けた。
少しずつ、取り逃がさないように慎重に進む。
途中で遭遇したトラブルは大抵リンクスが片付けていく。シンシアが気づく前に。
だが……
「終わらな〜〜〜い!!」
森にリンクスの叫びが響き渡る。
大声で喚くリンクスに、いつもならシンシアが注意するお決まりの場面だが、彼女の方も疲労が激しく何も言えなかった。
北に移動して暫くは、人と遭遇することもなく悠々自適に探索できていたが、だんだんと人影が増え戦闘が始まる。
リンクス達の場合財宝を持っているのはシンシアなので本来シンシアの方が狙われやすいが、そこはやはり王女。王族は狙いづらいので皆リンクスに仕掛ける。
――実際はリンクスを狙わない方が勝率は高いのだが。
そしてシンシアは、基本的に戦闘では自分の身を守ることだけに集中すると事前に決めていたので取り決め通りの行動をしていたが、ペアにだけ戦闘を任せるこの状況と連続する遭遇に疲労を滲ませていた。
リンクスに関しては、戦闘が出来ることに最初は喜んでいたが、実力的に劣る相手を手加減しながら戦い続けることにストレスが溜まりつつあった。
「なんかこっち来てからいきなり人増えた〜しかも雑魚ばっか!」
「同級生を雑魚と呼ばないの! でも、確かにいきなり増えたわね。何故かしら?」
「……あ、爆発だ! あれは北東の方角で起きた。弱い奴がこっちに逃れてきたんだよ。スタンピードと理屈は一緒」
つまり、リンクス達は暴れながら逃げる魔獣達の大群に襲われる村人ということだ。
魔獣達も可哀想に。まさか逃げた先にとんでもなく強い村人がいるなんて思わなかったことだろう。
仮説通りならば、爆発に関わった強者は南の方角にいるらしい。リンクスは会いたい気持ちを押し留めシンシアを優先した。
「姫様、大丈夫? 疲れてるみたいだけど」
「防御結界の貼り直しを繰り返すのは少し疲れるけど、貴女よりは大変ではないわ。貴女こそ大丈夫?」
「ん、平気だよ〜」
リンクスは小さく頷きながら答える。実際、戦闘による疲労は感じていない。
「毎日防御結界の訓練してたから、少しはマシ?」
「えぇ、ここ一週間の成果が出ているわ。詠唱も短縮して発動出来るようになったし、前より魔術の起動も早くなっている気がするの」
「それは良かった。……あれ? あの石が積まれてあるやつ怪しくない?」
「……貴女は本当に強かったのね。私とは比べ物にもならないほどに」
とても小さな声でシンシアは何事か言葉を発した。
聞こえなかったリンクスが聞き返すと「何でもない」と言い財宝探しに戻る。
するとそこで、魔術による放送が流れた。
『現在残りのコインは十枚。これらを全て二位のペアが拾い集めても一位は変わらない……では、健闘を祈る』
同刻、学園長室では一組の男女がある少女について話していた。
二人の間には幾つもの鏡が浮かんでおり、その鏡には対抗戦の会場である広大な森が魔術により映されている。鏡は女性の意思に応じて場面を映しているようで、指を動かすと映像が切り替わった。
高度な魔術を扱う女の方は、青年よりも少し年上の金髪碧眼の一目で高貴な人と分かる美しい人物だ。
彼女は微笑みながら目の前に座っている青年に話しかける。
「うふふ、リンクスちゃんは暴れ足りないでしょうね。そう思わない? ロティオンくん」
その鏡に指示を与えるように動かす手は軽やかで、笑い声はとても楽しげである。全身から機嫌の良い様子が伺えた。
「光属性の女性に暴れ足りないなんて発言……リンクスじゃなかったらどうかしてると思いますね」
「まあ、補助系筆頭の魔術属性だものね。性格も穏やかな人が多いし……まあ、たまに勘違いさんも現れるけど」
魔術は治癒や補助のものが大半で、医療部門の隊である魔術師団第五部隊所属になる者が多い。
光型の魔術士は他の属性型の魔術士と比べ、基本的に穏健な人物ばかりだ。そんな中リンクスという物騒な比較対象がいるせいで、人格者である第五隊長は余計光属性の正統な見本の様だと称賛されている。
「あの子、別に補助系だってそこらの魔術士よりも上手に使うでしょ? 強化術式だって二重に掛けているし、なんで破壊魔や狂戦士みたいなあだ名ばっか付くのかしら?」
完成した魔術に対し後から魔術による強化を施すことは大変難しく、補助系魔術士の最難関と言われている。
それをさらに二重強化することが可能な者など、この国では片手の数程しか存在しない。
「その強化した魔術で破壊してるからそういうあだ名が付くんです。全ての原因はリンクスです」
あっけらかんと答えるロティオンは、呆れた顔を隠しもせず正面の女性に逆に問いかける。
「貴女の城だってリンクスに壊されたでしょう――学園長」
「ええ、まさか片っ端から壊して攻めるなんて荒技をするとは思わなかったわ!」