11 順調な滑り出し
「――閃光」
一瞬にして完成した魔術は、思わず目を瞑ってしまうほどの眩しさで生徒達に襲い掛かった。
発動までのスピードについていけなかった生徒が体勢を崩す。動揺が広がり、まるで人間でドミノ倒しをしたような光景が出来上がった。
リンクスはすぐさま飛行魔術を起動させて生徒達の中から離脱し、塔がある方向へシンシアを抱えたまま低空飛行で飛んだ。
一人での飛行ではなく二人での飛行、かつ補助になる杖がないことでさらにバランスが取りにくくなっているが、リンクスにはまだ余裕がありそうだ。
「姫様、もう目を開けて大丈夫だよ。作戦上手く行ったね〜」
リンクスは、木々で自分たちの姿が見えなくなる所まで飛んでから速度を落とし、シンシアに声をかけた。
「き、緊張した……飛行魔術ってこのような感覚なのね」
「もしかして、初めてだった?」
昼の間は接触なしと決めていた二人。
つまり練習無しでこの作戦を実行したわけだが……まさか作戦立案者のシンシアが、飛行魔術に関して完全な素人だったとは。
意外な度胸にリンクスは内心感嘆した。
「ええ、私は少し浮く程度しか出来ないもの。というよりも、ここまで自由に飛べる一年生なんていないわ。第四部隊では普通なの?」
「いや〜案外居るかもよ」
言及され続けると口を滑らして余計なことを言う気がしたリンクスは、曖昧に答え話を逸らす。
「みんな、今頃なにやってるのかな〜?」
* * *
その頃、スタート地点の生徒達は――
リンクスによる被害で、大半の生徒が視界を奪われ動くことが出来ないでいた。まさかの行動に出たリンクスに目を奪われていたことで、直撃を受けたからだ。
勘の鋭い者は回避しているが、ペアまで守れた上で回避できた者となるととてつもなく少ない。
回避した者達は、序盤でのリンクスとの遭遇を避ける為に彼女達とは違う方向へと向かったようだ。
そんな惨状の中、スタートの号令をしたイアト・セルペンスは、当然のように魔術を回避しリンクス達の行方を探し始めた。
コインの在処が描かれた魔道地図と照らし合わせながら気配を確認すると、どうやら既にコインの近くにいるようだ。
この地図は魔道具の一種で、地図と対象物を魔力で繋ぎ連動させることで、地図中に常時対象物の在処を写し出す。学園附属の専門機関である院で作られた傑作の一つ。
今回は多めにコインを用意したのでなかなかに骨が折れたものだ。
(面白い奴の予感はしてたが、まさか初手に光の魔術と飛行魔術を駆使して単独トップに出るとは。術式は実戦用に改造しているな。闇の属性を術式に転用して自身への被害を抑えたのか?)
リンクスの使った<閃光>は、威力はないが数秒から酷い時は数分レベルで視界が奪われる効果を与えるもの。
眩しいほどの光というだけなので簡易な魔術式だが、相手だけでなく自分にも効果が出るので使い勝手が悪い。そんな魔術でこの場にいる生徒達を出し抜いてみせた。
そして、光の属性に連なる者は戦闘は不得手なことが多い傾向にある中、ここまで好戦的な動きをする魔術士は珍しい。
これが個人勝ち抜き線であったならば、リンクスはあのまま半数は倒していたことだろう、とイアトは推測する。
(それに、見た目からは女性を軽々と横抱きに出来る筋力があるとは思えない。強化系統の魔術も仕込んだか、あるいは飛行魔術の方に……流石は<華燭>の率いる第四の魔術士か)
歴代の中でも、無類の強さを誇るとされる第四部隊の若き魔術士に期待を寄せる。
たがしかし、イアトは余計な記憶まで掘り起こしてしまった。第四に所属する知り合いを思い出して、うんざりとした気分になった。
「……もし施設が爆破された場合、修理費は第四に請求するか」
* * *
「あっ、見えたよ。案外早かったね」
「……っ、まさかこんなに早く着くなんて……」
息を飲んだシンシアが、リンクスの首に回していた手に力をこめてしまい二人の距離はさらに近づいたが、お互い気にすることもなく進んでいく。
周辺の木々よりも高く聳え立つ宝の在処に辿り着くと、シンシアをそっと優しく下ろす。二人は少し年季が入った目の前の塔を見回した。
年月を感じる建築物だが、汚れや埃などはあまり見当たらない。管理が行き届いているようだ。
「外側にはなさそう。どうやら宝は中にあるみたいだね〜早速入ろう?」
塔の内側には大きな螺旋階段がついており目を引くが、それ以外には大したものはない。ごちゃごちゃと木箱が置かれており、まるで物置のようだ。
「やっぱこの階段の先かな」
「そのようね、登りましょう」
二人で螺旋階段を登っていくと、最後に展望スペースのようになっている部分に辿り着く。そこには木箱の上に鎮座する小さな宝箱があった。
「これだわ! コインは宝箱に入っているらしいから」
リンクスは、宝箱に罠がないか確認してから宝箱を手に取る。中にはコインが三つ入っており、手に取って確認してからシンシアに手渡す。
「よっし! まず三個獲得ぅ〜。姫様、次はどこに行く?」
「とても順調にここまで来れたから、予定通り少し南にある泉の方に行きましょう。そこも宝箱の出現回数は多いから期待できるわ」
「りょーかいっ……また抱っこしようか?」
「いっいえ! ここからは自分の足で歩きますっ」
先程までは全然気にしていないようだったシンシアが、突然恥ずかしそうにしだす。
抱っこどころではなく緊張してたのかも、とリンクスは思い、シンシアにバレないように笑った。
その後もリンクスとシンシアは、順調に宝という名の偽コインを集めて行った。
スタート地点から真逆の方を重点的に探索した影響か、まだ誰とも遭遇せずにコインの数は二十を超えた。
「いや〜私達絶対一番だよ! 探知の魔術を使わなくたって、こんなに集まってるし!」
上機嫌なリンクスに、シンシアは苦笑を漏らすが否定はしない。シンシアですら余裕を持てるほど、トラブルもなく二人は進んでいた。
(罠は割と古典的な物が多かったな〜あの足掛けは女子が引っかかったらひっくり返ってスカートの中が見えちゃうな。気をつけるんだよ、女の子達)
そんな余計なことを考えながら歩くリンクスは、大分余裕そうだ。足止めの為にも、罠は解除せずに素通りして残す。
引っかかったら愉快なので。
「姫様次は〜?」
「今いるのが恐らく森の南西地点、そこから次は北へ移動するわ。道中も取り逃がさず慎重に行きましょう」
「はぁい」
リンクスが気の抜けた声で返答する。
もう他の人達も森を探索しているはず……誰かと遭遇する前に西側の宝は取り尽くしたい、とシンシアは言う。
西回りの北上ルートを決めた二人はその後、雑談を交えながら快調な歩みで森を探索していた。
結界の仕様か、それとも最初から居ないのか、森の生き物の気配を感じない。
――ゆえに、人の気配が分かりやすい。
「姫様、東方向ちょい先に二人いるよ。気付いてないみたいだしこっちから奇襲掛ける?」
「こちらに向かっていないならスルーしてちょうだいっ。好戦的にならない!」
「はぁい了解で〜す」
リンクスが好戦的な目で奇襲を問うと、シンシアは慌てて制止させる。
まるでペットと飼い主のようになっているが、ペットの方の力が強すぎていまいち制御しきれていない。
「じゃあ、ちょっと距離取ろっか」
「え? ちょっ、まっ!!」
こうしてシンシアは他の生徒と遭遇しかける度に、今日初体験だった飛行魔術を何度も体験する羽目になったのだった。