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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
一章
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9 貴女という特異点


 なぜ私は王族に恋愛小説を勧められているのだろうか……とリンクスは考えたが、不毛だったのでやめた。

 シンシアが少し離れたところで待機していた侍女に何事か指示すると、侍女は隣の部屋に下がる。


「でも〜、その主人公と同じ事をすると過剰に警戒されるんじゃない?」

「そうね、でもあくまで真似るのは最初の流れだけ。一度主人公に近づけることによって、危機感を与えることこそが目的なの。恋の進展には刺激が必要なのよ!」


 得意げに話すシンシアであるが、実践的な経験値は一切皆無である。


「それに、主人公と貴女には最大の違いがある――パートナーよ」

「私のペアが姫様な時点で、私と物語には相違点があるってことか」

「そうよ。逆に対抗戦以降は、ヒロインの行動からは逸れていきたいわね。緊張感の与え過ぎは良くないもの」


 恋愛がどういうものか分からないリンクスは適当に相槌を打つ。


「ちなみに、対抗戦は何位が目当て? 真似して二位がいい?」

「…………先に言っておくと、私は魔術が得意というわけではないわ。兄とは違って優勝出来るほどの腕はない……それでも、一位になりたいの」


 そこで言葉を途切らせシンシアは深呼吸をする。胸に手を当て勇気を振り絞るように声を出した。


「私は貴女に負担をかけると思う。それでも、……協力して、共に一位を目指してくれないかしら」


 もしかして彼女は、兄か魔術にコンプレックスを抱いているのだろうか、とリンクスは気になった。

 他人の機微に疎いリンクスにさえ分かるほどに、シンシアの怯えのような負の感情を感じ取る。

 だが、彼女の過去を聞くよりも先に返事をしないといけない。


「……うん、私が貴女を勝たせる……いや、一緒に勝とう」


 リンクスのその言葉に、シンシアは心底安心したかのような微笑みを見せた。


「あ、そうだ! 報酬のことだけど、別に金銭は要らないから」

「……どういうこと?」


 シンシアにはリンクスに特別渡せるものなど何もない。意味の分からない言葉にシンシアは首を傾げる。


「師団の給料で特に困ってないし、今特に欲しい物ないしさ。だから――私の前では、そのままでいて。いつものお上品なつまらない笑顔じゃなくて、大好きな本の話をする時みたいな自然な表情で話して?」


「本当に、――不思議な人ね。そんなことでいいの?」


「そんなこと()いいの」


「……分かったわ。貴女の前では、ありのままでいる」


 リンクスの要求に、シンシアは不可解な顔をしながらもゆっくりと頷いた。


「よ〜しっ、政略恋愛結婚作戦開始だ〜!」

「ふふっ……そのまま過ぎるネーミングね」

「こういうのは名前を忘れないシンプルさが一番大事なんだよ〜姫様もつけてみなね」


 二人がふざけたやり取りを続ける中、隣室に行っていた侍女が帰ってきた。その手にはなにやら見覚えのある本が……。


「お待たせいたしました」


 ――侍女から渡されたこの本は!


「先程貸すと言ったでしょ? 『幸薄令嬢はその溺愛に気付けない』の一冊目よ」


「うん? 今持ってるのは?」


「これは鑑賞用で、そっちは布教用よ。もちろん保存用も持っているわ。あまり公表していないけれど私の一番の趣味だもの、嗜みよ」


(公表しなくて正解だと思う……)


 ここ数日のシンシアの様子と比べて、リンクスはこちらの方が断然好ましいと思うが、周りはガッカリするかもしれない。

 俗物とは一切関わりのないような麗しの姫君の本性が、ガチの恋愛小説愛好家と知ったら、びっくりするだろう。……いや、案外親しみを覚えるかもしれない。

 こうして、第一回作戦会議は無事に閉幕した。



 * * *



 シンシアは王位継承権のある第一王女ではあるが、自分には絶対にその座は回ってこないことは分かっている。

 現在の王子や王女は全員王と王妃の子供であり、何事も優秀で魔術の才もある第一王子が後継の第一候補。それに次ぐ候補者は、次に生まれた私ではなく王弟達なのだ。

 シンシアは王になりたいわけではなかったが、王位に性別は関係ないこの国で、競争相手として見られなかったことは心に小さな傷を残した。


 自分という存在は、きょうだい達に比べ埋もれているとシンシアは思っている。

 特異な才能も無く、あるのは美貌のみ。でもそれは他の家族も持っているものだ。

 だから実際には、シンシアは優れたものなど何一つ持ってはいない。だから認めるしかない。

 ――シンシア・アルカディアは、落ちこぼれの王女だと。


 優れたところもないが劣るところもなく、下の弟妹に比べて大人しく手のかからない長女は、放って置かれがちだった。

 もちろん家族から爪弾きになんてされたことはない。手が掛からないからこそ、気にかけて貰っているところもある。

 だが、……シンシアは常に飢えのような何かを抱えていた。


 そんなシンシアの心の隙間を埋めてくれたのが、叔母がくれた恋愛小説だ。

 立場上、政略結婚の可能性が高いシンシアにとってその物語は、甘く優しい夢のようだった。

 誰かにとって一等愛される存在が羨ましく思い、そこで初めて、自分は誰かの一番に、特別になりたいのだと気付いたのだ。

 本を読んで以降シンシアは、自分の国の民達が互いを最も愛し愛される関係性となり幸せになってほしい、少しでもその結婚がうまくいってほしい、と願うようになった。

 そして誓ったのだ。


 ――お祖父様……私はこの国の民達が幸せな日々を過ごせるように、この国の王族として誠心誠意努めます。


 だから今回、リン・メルクーリに計画を持ちかけた。私とはどこか違う少女に可能性を感じたからだ。

 銀色がかった亜麻色の髪に、紫色と水色が混ざった独特な色彩を持つ瞳。どこか異国情緒のある顔立ちも相まって、不思議と他者の視線を集めていた。

 

 まさに、特異点となる素養を秘めている逸材。

 御伽話に出てくる魔法使い。


 彼女はいつも自然体で、取り繕うということを知らないのだと思う。良くも悪くも素直だ。

 ――そんな彼女が、兄と比べ魔術の才を持たず、お荷物になるだろう私に協力してくれた。あんな風に言ってくれた。


『うん、私が貴女を勝たせる……いや、一緒に勝とう』


(わたくしは少しでも負担にならないように頑張ろう)


 そんな決意を固めてベッドに入るシンシアだったが、ふとある事に気づく。


「そういえばあの子、いつから敬語も態度もくだけたようになったのかしら? 私はその方が信頼されているようで、嬉しいけれど……」


 慣れていないのだろうぎこちない敬語混じりの話し方だった最初の頃と、話し合い終盤のリンクスは明らかに違った。

 そして、ついでに自分の今日の痴態を思い出してしまいシンシアは今更悶絶する。いつもより興奮して話してしまったので、正確に思い出せないのがまた、恥を上乗せしてつらい。

 シンシアは、火照った顔をどうにか冷ましてから明日に備えてベッドへ潜った。


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