8 計画は聞いてもネタバレは聞かないでください
「…………っ本当!? はぁ〜良かったわ……断られたらどうやって頷かせようかと……」
「それって要は最初から断らせるつもりないんじゃん! ……で、これからの予定とか決まってる? というか、私は何をすればいいの?」
「そうね、とりあえず貴女にはさらに目立ってもらうわ」
「なんで?」
さらに、という言い方だとリンクスが既に注目を浴びているみたいではないか?
それに目立つのは自分の本来の任務的には良くないのでは……とリンクスは思い、シンシアの発言の詳細を問う。
「貴女という存在が私達に影響を与える可能性があることを、婚約破棄の件を知る貴族の息女達は察しているわ。まるで物語のヒロインそのものな貴女を警戒している者は少なくないの」
だからエレナ以外の人は話しかけてこないのか……。
リンクスが若干遠巻きにされてるのは、師団の者だからだと思っていたが、違っていたようだ。……流行とは恐ろしい。
「リン・メルクーリという存在。そして貴女が対抗戦をどう切り抜けるか、皆とても気にしていたわ。入学初日に開かれた晩餐会でも持ちきりだったのよ?」
「晩餐会なんてしてたんだ。氷菓子あった?」
「食べ物ではなく話自体の方に興味を持って頂戴。それから氷菓子は無かったわ」
残念だ。王国の瑞々しく美味しい果実によって作られる氷菓子は、リンクスの大好物なのである。
「そうよ、対抗戦までは周りを焦らし続けるわ。そして私達も昼間は接触せずに関心を引き続ければ、みんな真実が気になってしょうがないでしょうね……そして注目の最高潮、対抗戦で好成績を出す。これが最初の計画よ!」
「その作戦の真意は?」
リンクスが尋ねると、シンシアは意気揚々と返す。
「いい? イオリーティス先生の最初のヒット作である魔術学園シリーズ一作目、『幸薄令嬢はその溺愛に気付けない』を知らない生徒はほとんどおりません! こちら、不幸な境遇でありながら前向きな令嬢が、学園に入り男女問わず何人もの人間を虜にしていく逆ハー要素のある長編作品でしてね! 最終巻までお相手が誰になるか分からなくてハラハラドキドキでしたの!」
「ぎゃ、逆ハー?」
シンシアは、近くの棚に置いておいたのだろう本を手に取るとリンクスに見せながら力強く解説する。
なんだか話が逸れているが、面白そうなので聞いておく。
「逆ハーレムのことですわ。様々なシチュエーションがありますが、ここでの意味は一人の女性が男性達に好意を向けられ囲われている、の意です。イオリーティス先生の作品では逆ハー要素のある物語はあっても最終的にお一人を選びますし健全よ! ちなみにこちらの作品は叔母である学園長が広めたの。私に教えてくれたのも叔母よ」
リンクスは、好きな作家の話になると早口で喋るの面白いな〜と思っていると、身近な存在が戦犯だったと暴露された。
(クロエちゃん何やってんの!?)
クロエはいつも、リンクスに多大な驚きをもたらしてくれる人だが、今回の衝撃は歴代でも上位の愉快なものであった。姪に何を教えているんだ。
「それって、生徒達にも広まってるの?」
「少なくともこの学園の図書室に入ったことがある人は知っているわ。入ってすぐの一番目立つ場所に置かれているから」
「何それ面白すぎるでしょ」
リンクスはとうとう大笑いしそうになり顔を手で覆った。下を向いて耐えているリンクスに、シンシアは一旦本を閉じながら話を続ける。
「社交場でも宣伝していたみたいで、その年のベストセラー上位はイオリーティス先生の作品で占められていたし、それ以降小説ブームが到来したわ」
「ふはっ」
リンクスはしばらく顔を上げられない状態になってしまったが、途中であることに気づく。
(ん? ……そういえば、私もクロエちゃんに本読まされた気がするな)
リンクスは慌ててシンシアに確認する。
「姫様姫様、その先生の作品に魔術士の女の子と男の子が家の対立を乗り越えて結婚する話なかった?」
「ええ、あるわよ。よく知ってたわね、貴女も読者だったの?」
「ううん、友達に一回だけでも読んでって、渡されて読んだことがあるだけ」
リンクスは気付かぬうちに、既に自身が布教され済みだったことに肝が冷えた。先程までの笑いはどこかへいった。
リンクスはこれ以上クロエの話を続けたくないので、話を元に戻す。
「…………話、戻って貰っても?」
「ごめんなさい、話を戻すわ……それで、そのヒット作の主人公が対抗戦で好成績を残すことで、周りの人達の興味を引くのが全ての始まりよ。貴女を目立たせる為にその流れを真似るの」
シンシアは、手元の本をまた開きながら小説の流れを解説する。
「魔術学園の舞台はこの学園をモデルにしたとされているの。だから最初の対抗戦はもちろんタッグ戦で、親しい友人がいない主人公はペアを組めなくて先生に決められて、とある令息と組むことになる。そして数多の貴族を差し置いて二位という成績を収めるわ」
「へぇ〜、その男と結ばれるの?」
「結末を聞くのはやめなさい。本を貸してあげるからちゃんと読むのよ」
「えぇ……」