第4章 「隣席の女子生徒に秘められた謎」
それから一週間もしないうちに、事態は一変してしまったの。
驚いた事に、ナチスの空襲で犠牲になった人の子孫が本当に日本に住んでいて、あの放送を運悪く見ちゃったんだ。
大阪市の駅前英会話教室で働くイギリス人講師はスッカリ憤慨しちゃって、本国に住む高校時代の友人にチャットで愚痴りまくったんだけど、この英会話講師の友達が面白半分にネットで拡散したら大炎上してしまったの。
それで遺族を名乗る人達が何人も現れて「御先祖様を悪者にするな!」って書き込みしまくるわ、事故の原因を離岸流と証明するために大学の研究室が様々な物証を挙げるわで、この話題で日英のネット界隈は持ち切りだったみたい。
この炎上騒動は当時の海難事故で生き延びた元女子生徒の耳にも飛び込んだらしく、子供時代の自分の発言に責任を感じて記者会見を開く事を決意したんだって。
そして「溺れた友達に必死でしがみつかれたのを、無我夢中で振り解いた」という真実を、涙交じりの震える声で語ったの。
バッシングを恐れて事故直後から今日まで沈黙を守り通してきたらしいんだけど、世間の人々は元女子生徒の勇気ある告白を寛大に評価したんだ。
法的には緊急避難が適用されるし、「分別の無い子供時代の話だから」というのが、一般的な見解だね。
こうして元女子生徒が記者会見の席で謝罪と真実の告白を行った事はネットを通して日本にも伝わり、「一個人でさえキチンと誠意を示したのに、マスコミは何をしているんだ。」という世論の厳しい目に促された番組プロデューサーや放送局は、「私達の知らない世界」の放送枠を使って謝罪会見を行う羽目になっちゃったの。
そして番組に出ていた霊能力者の男性も、効果の無い御祓いや開運グッズに法外な値段をつけていた事が明るみに出てしまい、業界から追放されたばかりか警察のお世話になってしまったんだって。
要するに、鳳さんが推理した事は全て当たってしまったんだ。
こうして見事に推理を的中させた鳳さんだけど、それを殊更に吹聴したり誇ったりする事はなかったの。
それどころか、普段よりテンションは低いし顔色も悪いし、目の下には隈まで出来ちゃっていたんだ。
どうやら前の日に夜更かししていたらしく、あんまり元気がないんだって。
だけどオカルト関連の話題を振れば途端に生き生きとするんだから、本当にブレないよね。
「オカルトは確かに楽しいけど、その過程で誰かを傷付けるのは感心しないよ。大戦中に亡くなった人達の魂だって、無関係な女子生徒よりも自分達の家名を興味本位で傷付ける連中の方に腹を立てるだろうね。心霊だって元を正せば人間なんだから、『相手がどう思うか』を考えてあげなくちゃ。」
「えっ…『亡くなった人の魂』?」
そんな鳳さんの言葉には、引っ掛かる所があったんだ。
海難事故に幽霊が関与している事は否定したけど、幽霊その物は否定していなかった。
もしかしたら、鳳さんは…
「何が起きても決して動じない。そんな覚悟が出来て、初めてオカルトを楽しむスタートラインに立てるんだ。あのテレビスタッフみたいに、生半可な気持ちで近付いたら火傷じゃ済まないよ。」
そう言って笑う鳳さんの襟元や袖口から覗く素肌には、赤黒い手の痕が幾つも確認出来たんだ。
それも赤ちゃんか幼児の物としか思えない、小さな手型ばかりがね。
「どうしたの、それ?昨日は何もなかったじゃない。そう言えば、鳳さんの影だけ少し色が薄いような…」
「気にしないで、よくある事だし。どうせ三日もあれば治るから。だけど今日の体育は見学するから、池上さんは他の人と組んでよ。」
私が問い掛けても、鳳さんは笑ってはぐらかすばかりだった…
あの手型はきっと、何らかの霊障に違いない。
もしかしたら鳳さんは、オカルトへの好奇心が行き着く所まで行ったせいで、何度も心霊現象に遭遇する事になったのかも知れない。
そうする事で霊障にも慣れっこになり、オカルト現象にも詳しくなったんだ。
イギリスの海難事故が心霊絡みの案件じゃない事に直感で気付けたのも、霊障への耐性がもたらした直感と卓越したオカルト知識の賜物なのかもね。
もっとも、真相を知るのは鳳さんだけなんだけど。
私には鳳さんの方が、幽霊よりも怪しくて得体の知れない存在に思えてきたよ…