第3章 「都市伝説好きな少女が予知した未来図」
離岸流という自然現象への知識と、生存者である女子生徒への心理分析。
この二つを武器にして、鳳さんは集団溺死事故の謎を解き明かし、亡霊の関与を鮮やかに否定したんだ。
日本に居ながらにしてイギリスの集団溺死事故の謎に迫るだなんて、まるで安楽椅子探偵だよ。
だけどイギリスの集団溺死事故について鳳さんが主張していた事は、まだ他にもあったよね…
「そう言えば鳳さんは、番組の制作陣が近いうちに謝罪声明を出すって言ったけど…あれってどういう事なの?」
そう!それだよ、千原さん!
私が何となく引っ掛かっていた事は。
昨日に放送されたオカルト系バライティ番組の「私達の知らない世界」は、確かに人騒がせな話題と虚仮威しな演出は気になったけど、特定の誰かを悪く言うような悪質さは感じられなかったよ。
流石に謝罪声明までは言い過ぎな気もするんだよなぁ…
そんな千原さんの問い掛けも予想していたのか、鳳さんは口元へ自信満々な微笑を閃かせたんだ。
「第二次世界大戦中にナチスの空襲で海に追い込まれて死んだ人達の亡霊が、自分達の犠牲を忘れて平和に生きている戦後の人達を恨んで、臨海学校に来ていた女子生徒達を溺死させた。昨日の『私達の知らない世界』では、大体こんな事を言っていたね。だけど今の内容だと、空襲で亡くなった人達を化け物呼ばわりする事にならないかな?」
「あっ…」
「そ、それは…」
私も千原さんも、この鳳さんの主張にはグウの音も出なかったよ。
「これが海坊主や船幽霊みたいな妖怪の仕業だったら、他愛もない与太話で済んだかも知れない。だけど空襲の犠牲者だと、話は変わってくるよ。幾ら本名を出していなくても、遺族や子孫からすれば『自分の身内の話かも知れない』って分かっちゃうんだよ。二人とも考えてみてよ。テレビや雑誌とかで、『あなたの亡くなった家族は、赤の他人へ八つ当たり紛いに祟る悪霊になりました。』なんて言われたら。キチンと仏壇やお墓に祀っているにも関わらずだよ。」
そう言われると、返す言葉もなかったよ。
私の母方の御先祖様にも第一次大戦で亡くなった方がいらっしゃるけど、その人を悪霊呼ばわりされたら嫌な気分になるだろうね。
「仮に空襲で亡くなった人の幽霊が海に出るとしたら、事故のあった海岸で再現ドラマを撮影した時に何か起きても良いはずだよね。何も知らずに海水浴を楽しんでいた女子生徒には祟ったのに、自分達が空襲の犠牲になった出来事を面白おかしく放送しようとするバライティ番組のスタッフには祟らなかった。それって無理があるよね。」
この指摘には、私も驚かされたね。
本当に亡霊がいるなら、どうして再現ドラマを撮影している時に現れなかったんだろう。
「それに祟りや霊障が本物だとしたら、再現ドラマを撮る前に除霊や浄化をすべきじゃないの?取材に協力した霊能力者の日本人男性も、『ここに霊の気配があります。』なんて騒いでないで、空襲の犠牲者や女子生徒の霊に語り掛けて成仏を促した方が良いんじゃないの。その方が遥かに筋が通っているし、自分の霊能力を見せつけられるんじゃないかな。」
オカルト番組の矛盾点を指摘する鳳さんの主張は、留まる所を知らなかったの。
諺で言うなら、「立て板に水」って感じかな。
だけど今のまま放っておいたら、鳳さんは明日の朝まで続けていそうだね。
そろそろ帰らないと家族が心配するから、話をまとめさせて頂こうかな。
夢中になっている鳳さんには悪いけど。
「成る程ねえ…要するに鳳さんは、空襲で亡くなった方の遺族が抗議してくるって言いたいんだね。」
「だけどさ、池上さん。『私達の知らない世界』は日本の番組だよ。イギリスにいる遺族の人達は、見てないんじゃないかな?」
あーあ、千原さんったら困るなあ。
このタイミングで新しい質問なんかしちゃったら、また鳳さんが捲し立ててきちゃうじゃない。
せっかく話に終わりが見えてきたのに…
「良い質問だよ、千原さん。そこに気付いたのは良い目の付け所だね。」
ほら、言わんこっちゃない。
まるで暇を持て余していたボランティアガイドが観光客を見つけた時みたいに、急に目を輝かせちゃってさ。
「事故発生当時みたいにインターネットが未発達だった頃なら、その考えでも良かったかも知れないね。だけどネットやSNSが隆盛を極めた現代に、そんな風に情報リテラシーの認識が甘っちょろかったら大問題だよ。番組の公式配信動画とか、放送を見た人がSNSに上げた感想とか…そういった情報が日本からイギリスに届いて、空襲の犠牲になった人達の遺族が知ったら、どうなっちゃうかな?」
それは確かに、良い気分はしないだろうね。
「それに遺族の人達がイギリスから出国していないと思ったら、大きな間違いだよ。観光や仕事で来日されているかも知れないし、日本人の伴侶を見つけて定住しているかも知れないよ。それで放送を見てしまったら…おお、怖い!クワバラ、クワバラ!」
喋っている内容とは対照的に、鳳さんは遠からず起きるであろう騒動を楽しみにしているようだった。
化け物呼ばわりされた空襲の犠牲者に共感しているのか、或いは単なる面白がりなのか。
私には分からなくなっちゃったよ。