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第2章 「女子生徒達を溺れさせた真犯人とは?」

 穏やかな陽光の差し込む放課後の図書室で、鳳さんは不敵な笑みを浮かべながら私達を待ち受けていたの。

「この本なら、分かり易くて良いだろうね。」

 そうして手に取ったのは、小中学生向けの自然科学図鑑だったんだ。

 台風の発生するメカニズムや潮の満干期など、自然現象に関連する事象が分かり易くまとめられた優れ物で、児童書の図鑑部門で受賞歴もあるんだって。

「えっと、確か…うん、あった!」

 そして鳳さんは勿体付けた様子でページを繰り、海流を解説する章を広げて示したんだ。

「えっ、『離岸流』?これがどうしたの、鳳さん?」

「どうもこうもないよ、池上さん。この離岸流こそ、女子生徒達を溺れさせた真犯人だよ。」

 指し示された箇所を読み上げる私に、狂信的なオカルトマニアは得意気に笑いかけたんだ。

 鳳さんの説明と図鑑の記述によると、打ち寄せた波が海岸から沖へ戻ろうとする時に起きる離岸流ってのは、秒速二メートル以上にも達する流れなんだって。

 流れは強いから逆らって泳ぐと疲れちゃうし、「沖に流されてしまう」という焦りでパニックになる人も多いから、慣れてないと危ないらしいの。

「離岸流で沢山の女子生徒が溺れたって事は分かったよ。でも、それなら普通に海難事故として扱われるんじゃない?」

「そうだよ、鳳さん。助かった女の子は、『空襲で死んだザンバラ髪の女の人を見た』って言ってたんだよ。」

 私の質問内容は千原さんとしても気になっていた事みたいで、すぐさま口添えしてくれたんだ。

 だけど鳳さんは動じるどころか、「我が意を得たり」とばかりに満足そうな笑みを浮かべたの。

「それこそが、この海難事故をややこしくしている原因なんだよ。確か生存者の女子生徒は、『溺れている最中に足を掴まれた』と言ってたね。ところで千原さんは、自分が海で溺れている時に手すりみたいな物を見かけたら、どうするかな?」

「とりあえず掴まって、よじ登ろうとするけど…あっ!」

 千原さんが浮かべる愕然とした表情に、私も恐ろしい事実に思い至ったんだ。

 集団溺死事件なら、溺れていたのは生存者の女子生徒だけじゃないよね…

「その通り。生還した女子生徒の足を掴んだのは、一緒に溺れていた彼女の級友だったんだ。何とか助かろうとして、自分と同じように溺れる級友の足を掴んでしまったんだよ。」

 人の生死に関わる出来事なのに、鳳さんは普段と同様に底知れない微笑を浮かべていた。

 私には鳳さんの方が、空襲で死んだ人達の霊より恐ろしく感じられるよ。

「必死になって取り縋って来るんだもの、髪もザンバラに振り乱した恐ろしい形相になっていただろうね。溺れてパニック状態になった女子生徒には、きっと亡者みたいに見えたはずだよ。だけど溺れている最中に足を掴まれては、そのまま二人とも溺れてしまうよね。だから無我夢中で振り解いたんだけど、振り解かれた方は限界が来て溺死しちゃったんだ。」

 鳳さんの冷静な語り口に、私は何とも居た堪れない気持ちになってきたよ。

 溺れた者同士で掴み合って沈んだり、振り解いて相手を死なせてしまったり。

 なんて恐ろしくて悲しい事件なんだろうね。


 だけど本当に恐ろしかったのは、鳳さんの主張する仮説だったんだ。

「漸く助かって我に返った時、女子生徒は気付いてしまったんだ。無我夢中で自分が振り解いた級友が、その後どうなってしまったのかを。」

 鳳さんが言うには、危険から逃れるために他人の生命や財産を犠牲にしても、それが止むを得ない事情だと判断されたら罪には問われないらしいの。

 それを法律の世界では、「緊急避難」って言うんだって。

 とはいえ「我が身可愛さに級友を振り解いて死なせてしまった」なんて、未成年の女子生徒としては受け入れ難いよね。

 幾ら情状酌量で無罪放免になるとしても。

「そこで生還した女子生徒は、あくまでも『空襲で死んだ人達の亡霊に足を掴まれた』と主張を続けたんだろうね。そうする事で、女子生徒は罪悪感から本能的に逃れたんだろうな。級友を見殺しにして自分だけ生き残った罪悪感から。」

 大きな事故や災害で沢山の人が犠牲になった時、生き残った人達は「自分だけ生き残ってしまった」という自責の念に駆られちゃうんだって。

 鳳さんは海難事故で生き延びた女子生徒の主張を、「サバイバーズ・ギルト」で説明付けようとしていたんだ。

「その意図が本人にあったかまでは分からないけど、事情聴取を行った警察は生存者の女子生徒を『溺死の恐怖からパニックになっている』と判断するだろうし、溺死者の遺族や周囲の人達だって、彼女に同情的な目を向けるだろうね。少なくとも、『うちの子は溺れ死んだというのに、あの子は生き残って!』っていう見当外れな憎悪の感情を向けられる心配はないはずだよ。」

 そう説明付ければ、確かに辻褄が合うだろうね。

「そうして断固として幽霊に足を引っ張られたと主張するのを面白がったタブロイド新聞の記者が、第二次世界大戦中の空襲と関連付けて三面記事に仕立て上げた。そしてその三面記事を、様々なオカルト本やオカルト番組が参考にしたんだね。真偽はともかく、何度も繰り返せば事実として認識されちゃうんだよ。」

 自信満々な鳳さんの主張は、同じ小学生とは思えない程に論理的で筋が通っていたの。

 無邪気にオカルト番組を怖がっていた私達より、よっぽど真摯に番組に向き合っていたんだね。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんという悲しい因果(;゜Д゜) 確かに幽霊の仕業にすれば……ねぇ?(;'∀')
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