第1章 「都市伝説好きな少女は、オカルト番組に待ったをかける」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
男子と女子の性別の差異とは無関係に小学生の心を引き付けて離さない物は色々とあるけれど、その中でもオカルトや怪談といった怖い話には、みんな多かれ少なかれ相応に興味があるんじゃないかな。
何しろ図書室に置いてある「学校百物語」のシリーズは貸出希望者が多いせいでボロボロに傷んじゃっているし、自習時間や宿泊訓練で教頭先生が語ってくれる怪談話をみんな挙って聞きたがるしさ。
だからテレビで怖い話や都市伝説をテーマにしたオカルト番組が放送されると、次の日の話題はその事で持ち切りになっちゃうんだよ。
この日だって私達は、前日の夕方に放送されていたオカルト番組の話題で大盛り上がりだったんだ。
「ねえ、池上さんも見た?昨日の『私達の知らない世界』、怖かったよね!イギリスで起きたっていう女学院の生徒の集団溺死事件なんか、震え上がっちゃった。」
「うん!見たよ、千原さん。それって確か、大戦中にナチスドイツの空襲に追われて海で死んだ人達の幽霊が海水浴に来ていた女の子達の足を引っ張ったって話でしょ?無念な思いを抱いたまま死んだ人達の執念って、怖いよね。」
同じ班の友達の話に相槌を打ちながら、私は昨日のオカルト番組の放送内容を頭の中でおさらいしていたの。
数十年前のイギリスで起きた事故なんだけど、臨海学校へ来た女学院の生徒達が海で泳いでいる時に何人も亡くなってしまったんだ。
生き残った生徒さんの話によると、ザンバラ髪の女の人に足を掴まれて、振り解くのに必死だったらしいの。
そしてよくよく調べてみたら、その海岸のある町は第二次世界大戦中にナチスドイツの空襲を受けていて、軍港や軍需工場から逃げてきた大勢の人達が海岸や海に追い詰められて亡くなったんだ。
そうして戦渦に巻き込まれて亡くなった人達は、自分達の事なんか忘れて平和な時代を過ごしている後世の人達を恨んでいて、その憎悪の気持ちから臨海学校に来た女子生徒を溺れさせたらしい。
そんな恐ろしい伝承がリアルな再現ドラマと不気味なナレーションで語られるんだから、昨日の夜はトイレに行くのが怖くなっちゃったよ。
そうして昨日のオカルト番組の恐怖の余韻に浸っていた私の脳裏に、ちょっとした閃きが生じたんだ。
こないだの席替えで隣席になったクラスメイトとの、手頃な会話の糸口になるんじゃないかってね。
「ねえ、鳳さん?鳳さんも見たでしょ、昨日の『私達の知らない世界』?」
「ちょ、ちょっと…」
千原さんがヤンワリと静止するのを尻目に、私は隣席で読書に耽っているクラスメイトへ話し掛けたんだ。
あの女子生徒が少し気難しい変わり者で、多くのクラスメイトはおろか上級生や担任の先生からも敬遠されているって事は、私も重々承知の上だよ。
だけどせっかく隣り合わせの席になったんだし、仲良くするのが筋だよね。
「ああ、昨日の『私達の知らない世界』ね。あの番組がどうかしたの、池上さん?」
「鳳さんって、こういう話って好きだよね?ほら、今だってそんな本を読んでるし。それで感想を聞いてみたくて。」
長い黒髪をポニーテールに結った同級生が広げる「カバラ数秘術の秘法」ってタイトルの文庫版を指差しながら、私は自分の心象が極力良くなるように笑みを浮かべたんだ。
この鳳飛鳥さんってクラスメイトは、小学四年生という若さの割には心霊世界や都市伝説への造詣が深くて、朝の読書時間や昼休みには怪しい本を読み漁っている風変わりな子なの。
そんなオカルトマニアの鳳さんなら、昨日の「私達の知らない世界」も楽しく見たに違いない。
そう思って話し掛けたんだけど、その後の反応は私も予期せぬ物だったの。
「新聞のラテ欄にあった『最新最恐!』の謳い文句に期待して録画はしたけど…あんまりパッとしなかったね。」
「えっ…?」
まさかの否定的な物言いに、私も千原さんも二の句が継げなかったの。
鳳さんって、オカルトマニアじゃなかったの?
「だって、目玉企画の一つだった『帝都の赤マント怪人』は手垢のついた古い話だし、心霊写真コーナーは『言われたらそうかな?』って感じのパンチが弱い写真ばっかりだもの。」
何とも歯に衣着せぬ物言いだよね、鳳さんも。
だけど、これは単なるアンチのコメントとは一味違うみたいだよ。
「そりゃ確かに、凶悪な霊の写った心霊写真なんか危なっかしくて放送出来ないけどね。去年の夏のオカルト特番で、累ヶ淵の和装女性の心霊写真を取り扱った時には大変だったんだもの。何しろ幽霊が電波ジャックをしてきて、『私を晒し者にするな!』ってクレームを入れてきたんだからさ。」
至って饒舌で熱の入った語り口には、オカルトに対する鳳さんの造詣の深さと熱意の強さが感じられたよ。
要するに鳳さんはオカルトが余りにも好き過ぎて、しっかり腰の入っていないオカルト本やオカルト番組には満足出来ないんだ。
「まあ、その辺は百歩譲って良しとするよ。一番いけないのは、イギリスで起きた集団溺死事件を心霊現象と紹介しちゃった事だね。あの溺死事件を心霊現象で説明するなんて論外だよ。楽しんで見ていた二人には申し訳ないけど。」
「えっ、それって一体どういう事?」
思わず身を乗り出した千原さんの気持ちは、私にも理解出来る物だったの。
私も千原さんも昨日の「私達の知らない世界」を食い入るように見ていたし、番組内で取り上げられていた赤マント怪人や集団溺死事件には、心の底から恐れ慄いていたからね。
それを「論外」の一言でバッサリ切り捨てられたんじゃ、熱中して見ていた私達の立場が無いじゃないの。
鳳さんに悪意が無い事は、重々分かっているけどね。
「言葉通りの意味だよ、千原さん。あの番組は心霊現象として取り上げてはいけない案件を扱っちゃったんだ。私の推理が正しければ、真犯人は幽霊なんかじゃないよ。そして『私達の知らない世界』の制作陣は、近いうちに謝罪声明を出す事になるんじゃないかな。嘘だと思うなら、放課後に図書室へついてきてよ。証拠を挙げてみせるから。」
随分と自信満々な鳳さんの口振りに、私も千原さんも一も二も無く頷いてしまったんだ。
鳳さんの言う証拠って、一体何なんだろう。