表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/53

3・1 癒しの彼女たち

 魔界と通じるまであと四日。専門家による文書の読解は進み、前回の魔王退治のおおよそが分かった。

 魔物は異形の怪物で火を吹いたりはするが、物理攻撃しかしない。一方で魔王は人とあまり変わらない姿で魔の力を使う。

 魔物は聖なる力がなくても人海戦術で倒すことができるが、魔王は絶対に不可能。勇者五人の力を合わせて、ようやく対等に戦える。


 それなら女神はもう少し強い力をくれてもいいんじゃないか?


 と俺は思うが、学者たちは何かしら理由があるのだろうと言う。人間の体に耐えうる強さの力を与えられているのだ、とか。それなら勇者は五人と言わず十人でもいいじゃないかと思うが、今は議論するより実戦だ。


 エルネストは聖なる力の扱いにまだ苦戦している。初日よりちょっとマシになった程度だ。


 そして新しい勇者も選抜されていないし、女神のお告げもない。何をやっているんだ。神様はそんなに忙しいのか。エルネストの苦戦を見ていたなら、早いところ勇者を揃えようと考えるだろうに。


 ダンテは『大物を選ぼうと慎重を期しているんだろうよ』と言っている。だとしたら俺並みに即戦力になる男をふたりは選んでほしい。全員がエルネストタイプだったら……。

 考えるだけで恐ろしい。




 本部に出勤途中、廊下でバルトロに出くわした。

「おはようございます」

 と愛想の良い事務官。だが顔には疲労の色が濃い。各方面との調整や会議出席をひとりでしているのだ。それも未知の脅威に関しての。大変な業務なのだろう。


 挨拶を返し、ついでに、

「そういえばバルトロは独身ですか?」と尋ねる。

 彼のプライベートは何も聞いていない。

「妻と娘がふたりおりますよ」

「既婚者でしたか」

「それは」と彼は苦笑する。「三十を過ぎていますからね」

「エルネストはそれを越しても独り身かもしれない」

「おモテになるのに」

「住まいはどちらで?」

「城下ですよ」と彼は中流層が多く住むエリアの名前をあげた。

「四人暮らし?」

「ええ」


 足を止め周囲を見渡す。近くに人はいない。


「万が一の時の対策は?」声を抑えて尋ねる。「エルネストの苦戦ぶりを考えると、残りの勇者が来てもすぐには使い物にはならないかもしれない」


 だというのに残り四日しかないのだ。さすがにマズイと思い、昨日実状を王たちには伝えた。


「まだ何も。さすがに考えなければとは思ってはいるのですが」

「ならば今日にでも」 

「まだ日があるし、勇者様も騎士団もいるからと、つい」


 確かに王宮騎士団は対魔物用の訓練をしているし、近隣に在中する地方騎士団を召集してもいる。一見、準備は万端だ。

 だが俺は楽観はできないと思っている。


「そんなものは何の保証にもならない。母親ひとりで娘ふたりを守るのは大変ですよ」

 再び足を進める。


「分かりました。帰ったら妻と話し合います」

「それがいいでしょう」

「……エルネストはあなたを不良神官と詰りますが、真面目ですよね。女性関係さえ除けば」とバルトロ。「もっともそこが酷すぎるんでしょうけど」

「女性を好きでなにか悪いことでも? 彼女たちも私を大好きなんだから問題はないでしょう?」

「まあ、そのへんはともかく。あなたは文句ばかり言っているけど、実は細かいことまで考えていますよね」

「死にたくないですからね」

「……大丈夫ですよ。女神のご加護があります」

「だといいのですが」



 ◇◇



 例の池の端で聖なる力の訓練をしていると、エルネストが突然動きを止めた。ヤツの周りには、騎士団が訓練に使う人型の打ち込み台がたくさんある。傷だらけだが、聖なる力よりも物理的な力でできたものが多い。


 その人型の中心で堅物騎士は顔をしかめ、

「また女たちだ」と言った。

 耳を澄ますとざわめきが風に乗って聞こえてくる。複数いる。多分、目当ては俺だ。このざわめき感はよく知っている。だが気持ちはありがたいがここは危険なのだ。王宮の関係者には、そう説明されているはずなのに。


 それでも俺に会いたくなってしまうのだな。さすが俺。


「明日から森の入り口に番兵を立たせよう」

「その前に良い策がある」とエルネスト。

「なんだ?」

「諸悪の根元を切り落とせ。そうすれば女たちもお前に寄って来ない」

「彼女たちを悲しませるつもりか。切り落とすならお前のほうだろう。必要がない」

「今日を命日にしたいのか?」

「お前がふっかけてきたんだろ?」

 堅物バカが無言で剣の切っ先を俺に向ける。といっても俺たちの間には池がある。


 と、目の端に動くものが入った。女性たちだ。

「ジスランさまぁ!」

 にこやかに手を振ってくる。


 可愛い。

 だがどうして危険だと分からないんだ。華麗に訓練をする俺を見たい気持ちは理解できる。だがここは魔界と繋がっていた地だ。そして四日後、再び繋がるのはここだと目されている。

 まだ日数があると安心しているのだろうか。


「差し入れを持って参りましたわ」とタラマンカ伯爵令嬢。

「あら、汗が」

 とシヴォリ侯爵夫人がハンカチで額の汗を押さえてくれる。

「汗を浮かべているジスラン様も素敵ですけど」

 五人の女性に囲まれた。

「ありがとうございます、皆さん」

 彼女たちが大好きな慈愛に満ちた笑みを向けてやる。


「ね、ジスラン様」とひとりが俺の腕に手を掛ける。「少し休憩をなさったほうがいいわ。あちらで」

「あら。私とお散歩をしましょう」と別のひとり。

「いいえ! 私が疲れたお体を労って差し上げますわ」

「どんな風に?」と聞き返す。

 彼女は俺の耳に口を寄せてささやいた。

 なかなかに魅力的だ。今、ここでなければ。


「それは今夜にでも。それよりも、こちらに来てはいけないと聞いてらっしゃらないのですか。危険なんですよ」

「でもジスラン様にお会いしたかったのですもの」

 シヴォリ侯爵夫人の言葉に全員がうなずく。

「全てが終わったら、順に皆さんのお話を伺いますよ。じっくりと」

 きゃあきゃあと黄色い声が上がる。

「ですから今はお帰り下さい。速やかに」

 シヴォリ侯爵夫人の手を取り、指先に口づける。

「みなさんがケガをしたら悲しくなります」

 次にタラマンカ伯爵令嬢の手に。全員にキスを終えると、彼女たちは素直に帰って行った。


「殺意しか湧かん」とエルネストがうなる。

「そう言うな。差し入れを分けてやる」

 彼女たちが置いていったカゴを見る。

「酒、パン、チキン、焼き菓子、ん? 恋文もある」

「なんでお前みたいなクズがモテるんだ?」

「十人十色。こっちに来い。休憩にしよう」


 堅物騎士は盛大なため息をついたが、素直にこちらに歩いてくる。

「……こんなに上手くいかないのは久方ぶりだ」とエルネストがこぼす。

「苛つくな。ドツボにハマると進まない。昔はいつもそうだっただろ?」

「……」


 気に障ったのか、返事はない。

 カゴを差し出そうとして、ふと視線を感じた。女性たちが去ったほうを見る。木の影に若い女性がひとりいた。目が合った瞬間に背を向け駆け出す。


「なんだ、まだお前の取り巻きがいたのか」

 とエルネストが言う。不機嫌になったわけではなかったようだ。

「あれは――」

 多分、違う。俺の周りでは見たことのない令嬢だ。

「彼女の目当てはエルネストだな」

「そうなのか? あまり強そうではなかったな」

「アホか! いい加減、その性癖を捨てろ!」

「節操なしのジスランよりはまともな人間だ」


 侃々諤々と言い争っていると、かん高い悲鳴が森に響き渡った。間を置かず、ズシンと重い音が続き地面が揺れる。


 エルネストと俺は顔を見合せ、すぐに走り出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ