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2・1 〔幕間〕ダンテと巫女長

ジスランの同期であるダンテのお話です 



「ジスランはカロンを大切にしているのですね」


 巫女長の言葉に彼女を見る。さきほどまで寝台のそばにひざまずき、眠り続ける巫女見習いを見つめながら祈っていたはずだが。

 つい今しがた遠くから不気味な獣の咆哮が聞こえたから、彼女の耳にも入って中断したのだろう。


 城に借りた一室。外に警護の騎士たちがいるが、部屋にいるのはカロンと巫女長と俺だけ。


「そうですね」と俺は素直に答えた。

「彼女の様子を見ていれば、手を出されてはいないとわかってはおりましたが――」

 思わず苦笑する。

「治療だというのに、彼があれほど気を使うとは。驚きました」


 巫女長が言っているのは、ジスランがカロンの熱を下げたときのことだろう。あいつはいちいち『触るぞ』と彼女に声をかけ、治癒のためでも服をめくることをためらった。

 ヤツの『女好き』という一面しかしらない人間からしたら、確かに驚くことだろう。


「大切な『唯一の世話係』ですからね」

 そう言って、規則正しい寝息を立てているカロンを見る。


 見習いが正規の神官や巫女の下につくのはフーシュ教の規則だ。ジスランはそれなりの階級にいるから、『ひとりでは足りない。増やしてほしい』と申請すれば手配されるし、任命された見習いに拒否権はない。


 元々世話係をたいして必要としないヤツではある。だが最近は違う理由でカロンだけでいいと考えている――と俺は感じていた。

 正面切って尋ねたことはない。

 ジスランはへらへらして愛想はいいが、自分の領域を他人に絶対に侵させない男だ。だから俺も余計なことは言わない。


 だがここ数日のあいだで、俺の予想は確信に変わった。


「……魔王だか魔物だか知りませんが、カロンとはいい目のつけどころですよ。ジスランはだいぶ取り乱しています」

 カロン高熱の知らせに駆けつけたジスランは、自分を『俺』と言った。あいつは親しい俺と話していても『私』と言うのに。しかも失言に気づいてさえいなかった。

 それどころか心配が高じて震えてもいた。あんな様子を見るのは初めてだ。


「新しい護符を与えていましたね」と巫女長が言う。

 そう。時間がないだろうにジスランは、神殿を出る前に急いでそれを用意して、カロンの夜着の隙間に入れていた。

「もちろん加護があると信じていますが――」と巫女長は言葉を切った。


 獣の咆哮は止むどころか増している。

 巫女長といえども不安なのだろう。

 もしカロンに、ジスランが恐れているように魔物が入りこんでいたら。それが彼女を食い破りでもしたら、と。


「カロンが食べたヤツはあんな簡易なものではないですよ」


 ジスランが神殿に最後に帰ってきた晩、思うところがあってヤツの僧坊を訪ねたが留守だった。もしかしてと思い礼拝所を見に行ってみたら、ジスランはアマーレ像の前で熱心に祈りを捧げていた。その前にあったのは盆に載せられた紙と香炉と香油。


 きっとあいつは、一晩という短い時間の中で可能なかぎり最高位の護符を用意したのだ。翌朝の顔は寝不足がはっきり表れた、ひどいものだった。見目を気にするあいつらしくないことだ。


「我らの女神がみつけた勇者が、真剣な祈りを込めて作った護符です。それを身中に取り込んだのですから、彼女には強力なご加護があるでしょう」


 遠くに聞こえる咆哮は、回数こそ増えているが近づいている気配はない。

 あいつは頑張っているのだ。理不尽なことなど起きるはずがない。でなければなんのために神はいるんだ。


 巫女長のとなりで俺もまた、祈り始めた。


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