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1・2 治ってくれ

 神殿に戻るとダンテが話をつけておいてくれたらしく、カロンの僧房に案内された。

 俺に気づいたダンテが、

「来れたか、よかった!」

 と安堵の顔になる。狭い室内に巫女見習いひとりと巫女長がいて、カロンの枕元にすわり汗を拭いたり手を握りしめたりしている。

 当のカロンは真っ赤な顔をで、ひどくうなされていた。俺が来たこともわかっていない。

「医師は」

「帰った。いてもできることがなくてな」とダンテ。「流行り病のたぐいでもないし、原因がわからない。解熱剤を処方してくれたが今のところ効果なしだ」


 巫女長が俺を見る。

「ダンテがジスランなら治せるかもしれないと言うので、特別に入室を許可したのですからね」

 ありがとうございます、と頭を下げる。病はまだ試したことがないが、絶対になんとかする。


「この前カロンが死にかけたんだろ?」とダンテが訊く。「なにか関係があるか?」

「俺にわかるか」

 ダンテは眉をひそめた。肩口に手を置かれる。

「落ち着け。いつでも胡散臭く微笑んでいるのがジスランだろう?」


 巫女見習いが『ジスラン神官が来たわよ』とカロンに話しかけているが、反応がない。彼女に退いてもらい、枕元に立ち顔を近づける。

「カロン。私だ、ジスランだ。わかるか」

 やっぱり反応はない。

 くそっ。なんでなんだよ。

 不安でたまらない。


「カロン。力を使うから触れるぞ」

 そっと頬に掌をつける。火傷しそうに熱い。今朝かすった指先は驚くほど冷たかったのに。

 俺の心臓がバクバクと激しく鳴っている。彼女のこの状態は魔王と関係があるのかないのか……。


 見つめていたら、ゆっくりとカロンの目が開いた。

「……先輩?」

「そうだ私だ!」

「……すみません、迷惑かけて」

 彼女の目に涙が滲んでいる。

「バカなことを言うな。どこが一番辛いかわかるか? ケガをしたところか?」

 カロンがかすかに首を横に振る。


「……怖くて……」

「大丈夫だ。私が――私たちが魔物を森から出さない」


 カロンがまたかすかに首を振る。

「……ごめんなさい、先輩……私、怖くて。先輩がくれた護符を食べました……」

「は!?」

 食べた? あの紙を?

「……小さくちぎって、少しずつ……」

「ごくたまに、そのような信者の方がいますね。不安が高じたときなどに、神のお力を取り込みたいと思うようです」と巫女長が言った。

「……失くしたくなくて……」とカロン。

 弱々しい声で言い、目を閉じる。


「カロン?」

 呼びかけても反応がない。


 あの、と巫女見習いが声を上げた。

「今朝、カロンはそれを紛失して慌てていたんです。そこの窓の外にあったから開け締めのときに落としたんだろうってことになったんですけど、彼女は取り乱したままで。『ジスラン神官は失くしたことを怒るような人じゃないでしょ』ってなだめたんですけど、そんなことはカロンが一番よく知っていますよね。最近体調が悪いせいで精神が弱っているのかな、ってみんなで話していたんですよ」


 巫女長がため息をついた。


「巫女たるもの、いついかなるときも平静でいなければなりません」と巫女長。「でも今は説教は後回しです。護符を食して高熱を出したというのは聞いたことがありませんが、まずはお腹を診てもらえばいいのかしら」

 その言葉に巫女見習いがカロンの上掛けを大きくめくった。


 ――彼女の夜着姿は初めて見る。


 が、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。胃のあたりに手を伸ばし、戸惑う。


「どうした」とダンテ。

じかにしかやったことがない。――だが服をめくるわけにもいかないものな」


 効果がなかったら、また試せばいいのだ。

「カロン、触れるからな」

 と意識のない彼女に声をかけ、腹に手を置く。アマーレを讃えながら治ってくれと念じたその瞬間、ビクンとカロンの体が大きく跳ねた。


「カロン!」

 はぁはぁと荒い息をしながら彼女が目を開く。

「すまない、痛かったか!」

「……お腹が『ばくん』て動いて……」彼女は戸惑い気味に首をかしげた。「あれ、なんだかラクになってます」

 ほっと息を吐く。

「もう一度やるぞ」

 そっと腹に触れ、聖なる力が静かに効力がでることを念じる。


「……ぽわぽわします。温かい」

 カロン派目を閉じ、心地良さそうな顔をしている。

 しばらく様子を見てから手を離した。

「どうだ」

「痛みが引いてます」

 微笑むカロン。だが顔はまだ赤い。

「熱も見る」といって頬に手を伸ばしかけてから、額に変更した。頬じゃキスするみたいじゃないか。


 ふたたび目を閉じるカロン。

 治れと念じ、腹よりは短い時間で終わりにした。


「寝ていますね」と巫女長が言う。

 確かにすやすやとした寝息が聞こえた。見習いが彼女の額に触り、

「熱が下がっています」と驚いた声を出す。

「辛さが消えて安心したのかしら。眠らせてあげましょう」と巫女長。

 見習いが上掛けを戻し、カロンの顔の汗を拭く。


 ぽんと肩を叩かれた。ダンテだ。

「呼んでよかった」

 返答しようとしたとき、

「ジスランに話があります」と、唐突に巫女長が言った。


 ダンテと見習いを部屋の外に出すと彼女は立ち上がり、クローゼットを開ける。振り向いたとき手には巫女見習いの祭服があった。


「着替えを取ろうとして、偶然みつけたのです」と巫女長。


 差し出された服の裾には、まだ新しい泥と草切れがついていた。

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