第06話 魔石
翌日。
朝食を済ませた私は、荷車の荷台で揺られていた。
ガタガタと衝撃が響き、すごくお尻が痛い。
「っ、あと、どれくらいなの?」
歩きよりはマシとは言え、あまり長時間これに乗るのも勘弁して欲しい。
「二十分ほどだ」
荷車を引いているニアスが答えた。
「二十分……」
それくらいなら、なんとか我慢……するか。……お尻、痛。
私たちが向かっているのは、海だ。
ニアスが仕事のために出向く必要があるとのことなので、同行した。
聞けば私が打ち上げられた場所もそこらしいので、一度見ておきたくなったのだ。
……今は後悔しているが。……お尻、痛い。
海は村の広場を越え、さらに南下するとある。そこそこの距離があり、今の私が徒歩で行くのは骨が折れる。それに比べれば、まだこのお尻の痛みの方が幾分かマシか……。……マシか?
途中、ニアスに休憩を挟ませながら、私たちは海辺に着いた。
ニアスは到着するなり膝まで海に浸かり、〝ざる〟で海砂を掬っては振るい始める。私は荷台で休んでいたが、お尻の痛みが和らぐと立ち上がった。
ニアスに聞いた私が倒れていた場所。
あれから日が経っているし、なにがあるわけでもない。
……しかし、よくもここまで流されたものだと感心する。おそらく通常の潮の流れでは運ばれないだろう。嵐で海が荒れていたからこそだ。
そう考えると、我ながら悪運の強さに笑えてくるわ。
「…………」
私は王都では、どういう扱いになっているんだろうか。
宰相の話を信じれば、処刑は内密で行ったとのことだった。私の裏の顔も、公表などはしていないだろう。宰相も言っていたが、それは民にとって不利益しか生まない。それほどに、私は上手く立ち回ってきたのだ。
なら……病死か、事故か……いや、死を伏せている可能性もある。
どのみち、あの女……カスミ・ヒカリがいれば、どうとでもなるだろう。
ただ、隣国の一部、特に友好国だった〝シトゥラ〟の王には伝わっている可能性がある。私の本性はともかく、なんらかの理由で死んだことは。
となると、やはりこの国を出るのは得策ではない、か。
いやそれ以前に、今の私では国境どころか関所すら越えられないだろう。
……今は身を潜め、力を蓄えるしかない。
好都合にも、ムーサ村はその点では適している。低級の衣食住にさえ目を瞑れば。
どいつもこいつも甘ったれで、まるで利用してくれと言わんばかりの性根だ。
掌握するのに時間は掛らないだろう。
それにしても、そもそもムーサ村がこうして在るのは、私が各地で起こした騒動の結果なのだから、世の中とは奇妙に回っている。
そう思うと、これからも上手くいく気がしてきた。
「…………」
私はこれから懐柔すべき男に視線を移す。
「…………」
ニアスは〝ざる〟を振り、目を凝らし、時折なにかをつまみ、腰から下げた革袋に入れている。
「……なにを探しているの?」
水で濡れたくはないので、砂浜から声を掛けた。
ニアスはちらりと私を見ると、そのままこちらへやって来た。
「……わかるか?」
腰の革袋に手を入れ、取り出した物を私に見せる。
「……魔石?」
「やはり君は優秀だな」
「でも、どうして海に?」
魔石とはその名のとおり、魔力を含んだ鉱石だ。魔力そのものが結晶化したものと、相性のいい別の物質と混ざった物がある。ニアスが拾っていたのは、おそらく前者だ。ひとつひとつは小指の先ほどしかないが、それなりに純度の高い魔石には違いない。
「大昔、ここで大きな魔力災害があったという伝説がある。なんでもドラゴンが暴れたとかなんとかな」
「おとぎ話?」
「誰もが信じちゃいなかった。だが、こうしてその片鱗を見るとな」
もちろん、その魔石がくだんのドラゴンに由来しているのかはわからない。だが、現にこうして魔石が取れているのならば、なにか理由があるんだろう。王都で〝魔力学〟を学んだ者としては興味深い話だが、あまり深掘りもできない。
忘れてしまいそうになるが、今の私は記憶喪失という設定なのだ。
「……それで、魔石を集めてどうする――あぁ、貴方の家は魔工房で、それに魔具師だったわね、貴方」
「記憶力がいいな、君は」
「…………」
含みがあるように聞こえたのは、気のせいよね。
「俺はこの魔石を集めて魔具を作り、それを村に来る行商や街で売って生計を立てている、ということだ。……謎は解けたか?」
「えぇ、でも貴方、魔力学をどこで――んッ」
その時、右足に違和感が。
「どうした? 足が痛むのか?」
「足……そうね、足というか、義足の間に砂が入り込んで、不快だわ」
細かい砂が器具と肌の間で擦れて、とても気持ち悪くて、痛い。
「……考えが至らなかった、すまない。荷車まで運ぼう」
「結構よ、大丈夫」
殊勝な心掛けだが、立場をわきまえろ下民。
本来なら文字通り、触れることのできない存在だぞ、私は。
結局その後の私は、ずっと荷車で休んでいた。
ニアスも魔石探しを続けているし、無駄な時間だけが流れていった。
今の私にはやることがないし、できることもない。
なのでただ呆然と、ニアスを眺めていた。
「……『今日は早く切り上げて帰ろう』、くらい言えないのかしら、あの男」
期待などしていないが、女の扱いすらも満足にできないのか。
まったく、素材は良さそうなのに、有効に使えていない。
これだから下民は嫌いなんだ。
……まぁ、海風は気持ち良いし、今日のところは許してあげるけど。