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第05話 仮面

 教会から帰った私は部屋で休んでいた。

 やはり往復すると足に鈍痛が響く。帰り道、ニアスは『背負うか?』なんて言っていたがふざけないで欲しい。場所が場所なら打ち首にしてやるところだ。


「ニアスの懐柔……気は進まないけど、あの男を知ることが先決、か」


 人を懐柔するには〝その人間が理解して欲しいように、その人間を理解してやる〟ことが大事だ。なので、まずはその人間の根幹を知る必要がある。

 

 なにで笑い、なにで泣き、なにで怒って、なにで喜ぶのか。

 それを頭に叩き込む。

 そうやって私はこれまでに、圧倒的な信者を作ってきた。

 それをここでもやるだけだ。

 

 夕暮れどき、ニアス兄妹は夕食の準備を始めていた。

 また〝あれ〟を食べさせられるのかと思うと溜め息しか出ない。


「……なにか、手伝おうかしら?」


 私は部屋を出て言った。もちろん本意ではない。そんなことは使用人の仕事だ。


「君は休んでいていい。それに病み上がりだろう」

「お兄ちゃんとやるから大丈夫だよ!」


 ニアスとアメイは予想通りの返答をした。しかし、手伝いを申し出ると出ないでは相手に与える心証が違う。さらに〝形だけ〟にしないことも重要だ。


「皮剥きくらいならできるわ」


 私は椅子に腰掛けながら、包丁で芋の皮を剥く。料理自体は苦手ではない。普段から糞みたいな〝お茶会〟という付き合いで、菓子作りなどはしていた。

 だったが、


「――ッ」


 指先に鋭い痛み。そして、滴る赤い血。


「お、お姉ちゃん! 大丈夫!?」

「え、えぇ……」


 ……片目の弊害か。ただでさえ、明るいとは言いがたい室内だ。遠近感が思った以上に掴めなくなっていた。咄嗟に『ノゲシを呼んで治療させろ』と出そうになったが、堪えたのは我ながらよくやったと褒めてやりたい。


「慣れるまでは、時間が掛るだろう」


 ニアスはそう言うが、これは慣れるんだろうか。


「……余計に貴方たちの仕事を増やしそうね。大人しくしているわ」

「えへへ、美味しいの作るから待っててね!」


 アメイは私に不格好な止血処置をし、料理に戻った。

 夕食は昼食とほぼ同じ品目だった。嘘でしょと声を上げたくなったが、ニアスもアメイも気にしている様子はない。これが下民の食生活、か。


 夕食という名のただ栄養源を胃に運ぶ行為をする中、私はムーサ村やニアス兄妹について色々と聞いてみた。


 それによるとニアスとアメイも他の村人と同じく、故郷を追われてこの村に辿り着いたようだ。東にある農村に住んでいたが、大規模な人攫いの集団に襲われ、村が焼かれてしまったとか。騒動で両親は死に、命からがら兄妹だけで逃げ延びた。


「もう五年も前の話だ。だが、一度として忘れたことはない。村が火に包まれる、親しかった人が冷たくなっていく、あの光景は」

「……そんなことが」


 もしも、


「せめて、攫われた方々が、無事だといいわね」


 もしも、


「あぁ、そう願うばかりだ」


 もしも、その人攫いの集団が、私が作った組織(・・・・・・・)だと知ったら、このふたりはどんな表情をするんだろうか。


 国内外の輸送ルートを確立し、迅速に〝品物〟を運べるようにした。もちろん直接指示を出すような真似はしない。間には必ずニュンペを挟んだ。

 私が設立した犯罪組織(シンジケート)は、見る見るうちに巨大化していった。

 それもそのはずだ。国防軍や騎士隊の動きを把握どころか、決めていたのは私なのだから。


 人攫い、危険薬物の流通、違法な魔具の研究、製造、売買。およそ国が〝悪〟だと認定することは全てやった。だけど、ただ犯罪組織をのさばらせるだけじゃない。時にはあえて国軍に捕らえさせることもあった。その際の指揮は私が執った。

 

 するとどうだ、皆は私に喝采を浴びせる。どれだけの感謝と尊敬をされたことか。

 末端の人攫い組織を捕らえ、解放した子供たちを、私が作った孤児院に招き入れる。値が付かない安物の子供は、そうやって回収する。


『もう大丈夫』だと『なにも心配ない』と、痩せ細って震える子供を優しく抱き締め、温かい食事を与え、お休みのキスを頬にして、その足でニュンペの元へ行き、本命の子供の国外への移送準備の指示を飛ばす。

 

 金が欲しかったわけじゃない。そんなものは掃いて捨てるほどある。

 民が羨望の眼差しを向ける相手がこんな人間(・・・・・)だと思うと、得も言われぬ感情が湧いてくるのだ。


 城の中にも、外にも、私を疑う者はいない。

 毎日が楽しかった。

 だけど、あの女(・・・)が現れてから、全てが変わってしまった。

 

 切っ掛けは、アリアーテ王国お抱えの、大魔法師による研究。

 彼は失われし古代の魔法を復元させた。

〝国を災いから救う者を喚び出す〟とされる、召喚魔法だ。

 

 正体不明のモノを喚び出す以上、大魔法師といえど勝手にはできない。

 そしてその許可を出したのは、他ならぬ私だった。

 単純な好奇心からだ。しかし、それが失敗だった。

 

 召喚されたのは、ひとりの少女。

 カスミ・ヒカリ。

 ここではない、別の世界からやって来た存在。


 優しく、明るく、頭の回転が速く、さらに膨大な魔力量を持った少女。

 こいつは使えると思った。こいつがいれば、アリアーテ王国はより大国としての地位を盤石にできると。


 だから私はヒカリを重用し、好きに動けるだけの権力を与えた。

 これが最大の失敗だった。

 僅か一年後、私はこれまでの行いを、誰が見ても明白な証拠と共に突き付けられ、処刑台に送られた。

 

 国を災いから救う存在……まさにそのとおりになったわけだ。

 王国の中枢に巣くう悪い悪い王女さまは死に、真の平和が訪れましたとさ。

 

 だけど、残念ながら私はこうして生きている。

 間違いなく、これは私を貶めた奴らにとっての誤算だ。

 ならまだ活路はある。

 

 なんとかヒカリさえ殺せれば、いくらでもやり直せる。

 他のボンクラ共なんて、いくらでもまた騙せる。

 あの女さえ、あの女さえ、いなくなれば……。







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