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第01話 断罪

 どこで間違ったんだろうか。

 いつ間違ったんだろうか。

 私にはわからない。


 だけど、切っ掛けはわかる。

 あの女だ。

 あの女のせいで、私はこんな目に遭っている。


「ぐっ……くそっ、さ、宰相! 宰相ッッ!」


 なんとか身をよじり、よく知る顔を睨み付けた。


「…………」


 佇む宰相の瞳に映るのは、哀れみの色。私を哀れむだと? ふざけるな!


「は、早くこれを外しなさい! 宰相ッ!」


 もがけばもがくほど、頭に血がのぼる。比喩ではなく、実際に全身の血液が集まってくるような、そんな気さえする。


 今の私は、吊されていた。

 荒れ果てた崖上に設置された処刑台。巨大な釣り竿のようなそれの先端から、私はぶら下がっている。両手と両足を縛られ、逆さに吊られるという屈辱。


「わ、私は、スイセン・フォン・ロキアーズだ! この国の王女だぞ!」

「……だからこそ、今でも信じられません……あの、スイセン様が……」


 宰相は本気で嘆いていた。だったら助けろ! 役立たず!


「ぐっ……」


 自力で縄を解くのは不可能。仮に解けたとしても下は断崖絶壁、落ちたら確実に死ぬ。実際、今まで私が突き落としてきた連中は、誰ひとり助かっていない。さらに空を染める重い雲が示すように、まだ数日前から続く嵐も過ぎ去っていない。波は高く、岩肌を今も削り取っている。


「さ、宰相! な、なにが欲しいの!? 言いなさい! 望みは!?」

「……これ以上、御自分を下げるようなことは、お止めください」


 ダメだ、聞く耳持たない。

 宰相がダメなら処刑人だ。今も宰相の隣で待機している鉄仮面の大男。こいつを説得できれば……。


「そ、そこの! 貴方よ!」

「…………」


 声を投げるが、反応はない。鉄仮面の男は大斧を携え、佇むだけ。


「第一王女を殺すの!? そんなこと、したくないでしょう!?」

「…………」


 醜い案山子が! 指示待ち人形に期待した私が馬鹿だった。


「……悪魔が取り憑いた、そうだったらどんなに楽か、よかったことか……あの心優しいスイセン王女が、こんな……こんな……」

「知ったような口を利くなッッ!」

「えぇ、知らなかった、誰も。貴方が被り続けた仮面の下の顔は」


 宰相は泣き出しそうだ。そんなに惜しいなら助けろよクズ。


「……貴方がこれまで私たち、いえ、民を欺き、重ねてきた悪行は許されることではありません。しかし、それを白日の下に晒すこともできません。我がアリアーテ王国にとって、貴方の存在は大きすぎる。貴方の死は、国に影を落とします」

「だから内々に処刑か!? ふざけるな!」


 今この場にいるのは、私を入れても数人。宰相と処刑人、それと私をここまで運んだ、宰相が信頼する側近だけ。


「貴方の本当の姿を知るのはごく僅か。ならばせめて民の心には、優しいスイセン様が残りますように……」


 この身が自由になるのなら、今すぐこいつを斬り殺してやりたい。

 仮面の下の顔? は? そもそも私のなにを理解していたんだ。私は私よ。ただ見抜けなかったおまえらが馬鹿なだけだ。


「王は、父上はどうしたッ!?」

「気を病み、臥せておられます」

「偽善者が! エコーネは!? なぜここにいない!?」

「エコーネ様もお部屋から出てきません。最愛の伴侶を失うこと、そして正すことができなかった無念故に」


 軟弱すぎる! どこまでも使えない男だ。


「ディーテは!?」

「妹君はオリン国へ嫁がれました。貴方がお決めになったことです」

「ぐっ、〝ニュンペ〟は――」

「彼らは、貴方の近衛達は……皆、死にました」

「役立たず共が……!」


 なんのために今まで飼ってやったと思っているんだ。


「……彼ら皆、貴方を守るために、戦い、死にました。彼らだけは貴方の本当の姿を知っていたんでしょう。しかしそれでも、貴方のために戦って死んだ。そんな彼らに、なにか言葉はないのですか……?」

「もっとマシな奴らだったなら、私がこんな目に遭わずに済んだ!」

「…………」


 宰相は黙り、目をつぶった。

 どうする、どうすればいい? 宰相は話が通じない、使える駒も死んだ。

 なにか、なにか手は……。


「……ぐっ」


 逆さに吊られていることもあり、頭が酷く痛くなってきた。それに暴れるほど不安定に揺れて、気持ちが悪い。


「……風が、出てきましたな」


 ぽつりと宰相が言った。

 そのどこか覚悟を決めたような声色に、息を呑んだ。


「さ、宰相、」

「願わくば、次に生を受けた時は、心からお優しい人に成られますように」

「や、やめろ……」


 先までとは一転して、身体が震える。やめろ、やめなさい、宰相。


「…………」


 宰相は、無言で目配せした。処刑人に。


「やめ……い、いや……」


 鉄仮面を被る処刑人はゆっくりと歩き、処刑台の側部に立った。巨大な釣り竿の根元。そこには私の両足に結ばれたロープの先端が、杭に巻き付けられている。


「や、やめて……お、お願い……」


 まるで私の声なんて聞こえてないように、処刑人は大斧を振りかぶる。


「い、嫌だ、嫌だ、嫌だぁぁ!」


 こんなの嘘だ、こんな、こんな!


「い、嫌だああああああああ!」 


 暴れても、まるで虫けらみたいに揺れるだけ。


「死にたくない! 死にたくなあああああい!」


 いつもの私はあちら側にいた。あちら側で、今の私のように足掻く者を見て笑っていた。死ぬ間際にわめく人間とは、どうしてこうも醜いのかと。


「死にたくないーーーーーーーーーーー!」


 大斧が振り下ろされた――瞬間、身体が軽くな――ちが、これは、落ちてる。


 落ちて、落ちて、これで、私は、死ぬ、死んじゃう……。


 ……あぁ、なんでこんなことに……。


 どこで、どこで、間違ったんだろう……。


 どこで……失敗したんだっけ……。 


 いや、でも、まぁ、そんなこと、今更、考えても、遅い――か……。


 ……あれ、やけに時間が……ゆっくりに……ん?


 ……花? 一輪の……白い、花……揺れて……揺れて……。 


 


……あれは……あの花は……なんだっけ――……。





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