"白銀"
「"白銀"だ……」
何かを見つけたレンチの手から薪がぼろりとこぼれ落ちる。
「なんだって!?」
ボルトが素早くレンチをひきずり倒し、身を隠し、潜望鏡を伸ばす。
「どっちにいた」
「3時方向。距離は70か100」
ボルトはそちらにレンズを向ける。木々の間に、森にはそぐわない白い輝きが見える。
「マジかっ! "白銀"だ」
ボルトとレンチに「白銀」と呼ばれたそれは、オーガと同じぐらいの身長の、重装甲の騎士であった。
全身を白く輝く装甲板で覆い、右手に騎士を馬ごと半分にすると言われる大剣を持ち、反対の手にはドラゴンブレスすらも防ぐというこれも巨大な盾も携えている。
この騎士は、王国に十数周期前に現れ、瞬く間に並みいる騎士を破り、騎士団の頂点に昇りつめたという実力の持ち主であった。しかし、その顔を見た者はおらず、侍従もつけずにいつも自室で独りで過ごすという変わり者と言われていた。
その白銀がたった一人、北の森にやってきたのはどういうわけだろうか? いつものような王国の厄介ごとをどうにかして欲しいという嘆願に来たわけではないということは二人もわかった。明らかに、魔女を殺しに来たに違いなかった。
二人は薪を投げ捨てて、森の秘密の道を通って魔女の家に走った。
「メム、"白銀"が来ました」
「なに? 白銀が?」
テラスで午後のコーヒーを楽しんでいた魔女はすぐに立ち上がると、小屋の中に入っていった。
「戦力は?」
「1」
「1だって? 従卒は?」
「無しです。騎馬も歩兵も、誰も連れていません」
魔女はしばし考えていた。
「歓迎の準備だ。ありったけの武器を用意しろ。私の予想ではただでは済まないと思う」
「相手はあの"白銀"ですからね。しかし、ビーストやキャバリエはありません。一番デカいので、ハンヴィーのTOWです」
「すべてに火を入れろ。レンチ、重機関銃の準備。ナットはATGMをそろえろ。ボルトは偵察だ」
「了解」
3人がそれぞれの持ち場に走る。魔女は愛銃であるM14を一瞥したが、それを手に取ることなく武器庫へ向かった。
ボルトは森の小道を走り、白銀の姿を探す。
「居た」
白銀は魔女の家に向かう、何人もの依頼人が行き来したためにできた小道をゆっくりと進んでいた。ボルトは木々の下に身を隠し、測距鏡で白銀を観察する。
ボルトが白銀をこんな間近で見るのははじめてであった。鳥を思わせる優美な兜の眼の部分は細いスリットになっている。その奥に見えるはずの瞳は見えない。何らかの構造があり、矢や礫から目を護るようになっているのだろう。肩からはこれまた純白のサーコートが身体を隠している。しかし、胸部から腹部にかけてはオーガどころではなく、トロールを思わせる、分厚いラインが見て取れた。装甲に覆われた脚は腿が異様に太く、逆に脛部分が細くなっていた。それでも倒木を踏み壊すだけのパワーを発揮していた。
「ボルトからHQ。白銀を捕捉。家に向かっています」
『HQ了解。そのまま接触を続けろ。交戦は不可だ』
「了解」
白銀がボルトを見つけているというそぶりはなかった。しかし、ボルトは白銀が自分を捉えているという確信があった。飛び道具を持たないために、ただ攻撃してこない、というだけかもしれない。
白銀はゆっくりと歩みを進め、ついに魔女の小屋の前の広場に姿を現した。
魔女は小屋の入口に立ち、手にショットガンを持っている。テラスにはレンチが.50を用意し、小屋の横ではナットがAT-4を用意している。
白銀はそれらの様子を頭をゆっくりと左右に動かして確認するような動作を見せると、剣を持ち上げ、身体の前に構えた。
「王の命により、北の魔女。そなたの命を絶ちに来た」
軽やかなテナーの声が響く。
「そりゃ、あんだけの殺戮劇を見せたら、王もビビるだろうね」
魔女はたった一輌の戦車で、敵国の攻勢を叩き潰した事を暗に言った。
「王国最強の騎士を差し向けるとは、ここは教育せねばならないね」
魔女は片手を挙げた。ボルトがHK416を構える。
すっと手を下ろすと同時にボルトが発砲する。放たれた十数発の弾丸は白銀に命中し、サーコートを引き裂く。しかし、その鎧には傷一つついていなかった。
「効果なし」
「様子を見る」
魔女はショットガンを構え、ドアの豆腐のように貫通するスラッグ弾を連続して撃ち込んだ。しかし、それも白銀の鎧の表面で火花を散らしただけだった。
「レンチ!」
「ら、ラジャー」
レンチは安全装置を外すと、.50の引き金を押し込んだ。50口径の弾丸が次々と吐き出され、白銀に命中する。白銀は命中の衝撃で数歩後ずさったが、まったく効いていないようだった。左手の盾を持ち上げ、50口径弾を防ぐ。
「ナット!」
ナットがAT-4を構え、発射する。420㎜の鋼板を貫通する能力があるという成形炸薬弾頭が飛び、白銀の胴体に命中する。
爆炎がおさまると、そこには無傷の白銀が立っていた。それまでの攻撃を意にも介していないという風で、剣を目の前に立て、盾を構える。
「それで終わりか?」
「ん?」
その言葉に魔女は何かの違和感を感じた。おそらく、この違和感は魔女だけしか感じられなかったものだろう。
「レンチ。撃ちまくれ。ナットはジャベリンの用意。ダイレクトモードで撃ち込め。ボルトはこっちに来い」
レンチが重機関銃を撃ち始めた。薬莢とバラバラになったベルトリンクが次々と地面に落ちていく。しかし、白銀はピクリとも動かない。剣と盾が銃弾を弾いているのだ。
レンチが再装填を行おうと弾薬箱に手を伸ばした瞬間、白銀の剣撃が走った。
レンチはその剣の動きを全く見えなかった。思わず頭を下げた上を剣が通過した。レンチは失禁しそうになりながら後ずさった。目の前の重機関銃の銃身がきれいに斜めに切り裂かれている。
白銀が迫る。そこにナットが放ったジャベリンが命中する。戦車すらも一撃で破壊する威力があるジャベリンの二度の爆発が白銀を後ずらせる。
「効いてない!」
レンチはごろごろと転がってその場を離れると、予備として用意していた重機関銃に取り付いて射撃をはじめた。
魔女はボルトにハンヴィーのTOWを用意するように命じると、M200という槍のようなでかい狙撃銃を用意した。
「レンチ、ナット。とにかく撃ち続けろ」
魔女はM200を乱暴に上のものをどけたテーブルの上にすえつけると、構えた。
レンチは無駄だと理解しながらも射弾を送り続けた。左からのレンチの射撃がうざったいのか、白銀は盾を左に高々と持ち上げると身体は右に向けた。ジャベリンの攻撃を剣で受け止めようというのだ。
そこに魔女が1発を放った。2000m以上先の目標をぶち抜く能力がある.408口径の弾頭が、わずか10mの距離で白銀の左の肘に命中した。
「やはりな」
ガクンっと、白銀の左腕が下がった。魔女はもう一発を同じところに撃ち込むと、銃口を下げ、白銀の膝を狙った。放たれた銃弾は膝装甲の隙間にめり込んだ。白銀はガクリと右ひざをつく。
「ボルト!」
「あいよ」
HMMWVの天井銃座に据え付けられたTOWを起動させ、ボルトは白銀の頭に照準を合わせた。
「地獄に落ちろっ!」
発射されたTOWは、歩兵用の対戦車ミサイルとは桁違いの威力を見せた。白銀の頭が爆炎に包まれた。
「ざまぁみろ!」
爆煙が消えると、白銀の頭がゆっくりと転がり落ちた。同時に右腕が力を失い、剣がガランと落ちる。
「へ?」
ボルトが変な声を出す。白銀の兜には中身が無かった。いや、中身はあったのだが、あるはずの柔らかい部分が無かったのだ。
魔女はM14を手にすると、動きを止めた白銀に近づいた。
「ここまでだね。白銀とやら。正体を見せる時が来たようだ」
レンチとナット、ボルトが手にそれぞれの得物を構えて恐る恐る包囲陣を布く。
「こっちはあんたが出てくるまで、弾を撃ちこんでもいいんだが。それはお互いのためにならないだろ?」
白銀は右腕を挙げて手を開いて見せた。降伏の印だ。
一瞬の間があり、白銀の胸部と胴部の装甲板が開いた。ボルトたちの眼が丸くなる。
そこにいたのは、少女とも言えるほど細い身体の褐色の肌の人物だった。眼帯で右眼を隠し、細長い耳が左右に伸びている。
「ダークエルフかよ」
ダークエルフとは、いわゆる「魔族」に連なる、魔導と近接戦闘に長けた種族であった。元は白い肌だったのだが、魔族となる際に黒い肌に染まったと言われている。
「いや、色が薄い。おそらくハーフエルフだね」
ボルトが大きなため息をついた。目の前の少女は、この世界での禁忌の二つを持っているのだ。一つはダークエルフであること。もう一つは、エルフと足長との間に生まれた存在であること。
少女は魔女に銃を向けられたまま、鎧から腕と足を引き抜き、白銀であった鎧から降り立った。降伏を表すように、両手を前に差し出している。
「パワードスーツ……これは面白い!」
魔女は破顔した。M14を下ろし、少女を抱きしめる。いきなり抱きしめられたハーフエルフの少女は眼を白黒させた。
「これは誰が作ったんだ? 動力源は? 手足の制御機構は? 装甲板の材質は?」
魔女は今までボルトたちには見せなかった歓喜の表情で少女の肩をつかんで揺さぶった。
「メム。死んじゃいますよ」
「あ、そうだな」
手を離し、白銀に近づく。3人はハーフエルフに銃口を向け続ける。
白銀は、胴体内に人が乗り込むようになっている動甲冑であった。見たこともない素材の管やフレームがあちこちに見えた。さらに開いた胸装甲の裏側にはこの世界ではあるはずのない「モニター」に似た構造が取り付けられていた。
「娘。おまえの名前は?」
ハーフエルフは魔女の方を振り返って叫んだ。
「それを知ってどうするんだ? 殺すんだろ!?」
敗北し、白銀の秘密も知られてしまった。彼女には「死」しか道が見えなかった。
「いや、私たちの仲間になれ」
その言葉に、ボルトたちがあっけにとられる。
「おそらく、おまえはこの鎧を直せるか、少々の故障程度はどうにかできる知識があるはずだ。そうでなければ、十数年も"白銀"でいられなかったはずだ。私は、この機体が欲しい。だから、おまえを仲間にしたい」
「メム、こいつはダークエルフの、しかもあいの子ですよ」
「それがどうした。私なんぞは魔女と呼ばれる女だぞ」
魔女はあたりを見回し、反対意見が無いのを確認して言った。
「まぁ、前の名前はいいや。娘、お前の名前は、今からラチェットだ。わかったら、言ってみろ」
ハーフエルフは、周りを見回した後、小声で言った。
「ら、ラチェット……」
魔女は満足げに微笑むと、3人に銃を下げるように合図した。
「"白銀"は死んだ。ボルト、それを王国に伝えてこい」
「オレがですかっ?」
「その辺の村に行って噂を流してくるだけでいい」
ラチェットと名付けられた少女は、混乱して自分の立ち位置を見失っていた。そこにレンチが肩に手を置く。
「混乱しているのはわかるわ。わたしもそうだったし。わたしはレンチ。あっちのキタナイのがボルト、大きいのがナット」
「汚いというのはどういうことだ!?」
「3日もお風呂に入らないじゃない!」
「風呂に入る習慣はオレらの種族にはないんだよ!」
魔女はラチェットに手を伸ばして言った。
「マリンコにようこそ」
ラチェットは何が何だかわからないなりに、魔女の手を握った。